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「なんだって、みんな紙ばっかりくれるのかしら」
アナベル女史の渾身の作である、美しい空色のドレスを身に纏ったニコラは、プリプリお冠である。
今日のニコラは、銀細工の乙女のように儚く、美しい。ガワだけだが。
ニコラは、魔獣の一件での王への拝謁を終え、王からの感謝を示す「神の恩寵賞」が与えられた。
この賞はいわば、王国の安寧に尽力をした人物に与えられて、大変な名誉となる。
賞のほかに王家の印の入ったタバコが一箱と、銀細工の砂糖菓子入れである、ボンボニエールが副賞として与えられる。
ボンボニエールは毎年形が変わるので、今年与えられたボンボニエールの形は王家の繁栄を言祝ぐ、柘榴の形であったのが、可愛いもの好きのニコラには気に入らない。
昨年は、王妃の大切にしているという、美しい薔薇の細工だったというのに、今年はなんだがブツブツだらけの、酸っぱい果物。可愛くない。
ニコラはタバコは吸わないので、王家の紋が入っていようが、関係ない。
ちゃっちゃと売っ払おうとジャンに提案したところ、大慌てのジャンに止められて、ジャンの父であるライオネル伯爵にあげる事にした。あのおじさんは、ニコラにおやつだのなんだとのいつもくれて、そりゃ可愛がってくれているので、ニコラも異存はない。
「貴族という人間はね、ニコラちゃん。銭よりも、名誉を大切にすると思われているんだよ。だから、そのボンボニエールも寝かしておけば、いい価値になるから、ね、ちょっと売るのを待とうか」
銭ももらえなかったし、銭の代わりにもらった好みでない銀細工なども、たったと売っ払おうとして、やんわりとこれもジャンに阻止されてしまう。
人の世で生きていくのには、色々と目に見えない規則があるらしい。
まあ、寝かしておけばそのうちいい値段になるなら、別にニコラは構わないのだが、銭が欲しいだけのニコラにとって、貴族社会のなんと面倒なことか。
可愛いけれども歩きにくい靴で、ゆっくりと王宮の廊下をジャンと歩いていく。
もらったものには不満だが、こうやって可愛いドレスを着て、ジャンと時間を過ごせて、それなりに今日のニコラはご機嫌だ。
遠くにフォレストが歩み寄ってくるのが見える。そうだ、今日はフォレストも、公爵の爵位を継承するのだかなんだかで、王宮に挨拶に来ていたのだ。
ジャンが、上位の貴族に対する礼を、フォレストにとった。
伯爵家の跡取りのジャンと、公爵の爵位を継承したフォレストでは、フォレストの方が人間の価値が上がるそうだ。
よくわからんが、ニコラもフォレストごときに、淑女の礼をとる。
「隊長、ニコラちゃんまで。やめてくださいよ」
心底嫌そうな顔をして、フォレストは顔を顰めた。
「おめでとう、フォレスト」
ジャンは、握手を求めた。
「フォレスト、今じゃあんたの方が私やジャン様より偉いって聞いたわ」
ニコラのジャンの後ろからの、感情の伴わない声に、フォレストは苦笑いだ。ニコラは、別に嫌味でも、媚びでもなく、そう聞いたから、貴族の間ではそういうもんなのか、聞いたことを情報として、フォレストに伝えているだけだ。
「ああ、そうらしいね。おかしな話だ。俺なんかが隊長より偉くて、こんなに心の優しいニコラちゃんは、司祭によると地獄に行く。一体、貴族ってなんなんだろうね」
フォレストは、ずっと考えていたのだ。
生粋の大貴族の嫡男として、正しく国内最高峰の教育を受けてきた。何の疑いもなく、フォレストは舗装された大貴族の嫡男の道を、正しく努力して、歩み続けていたのだ。そして、今日、その公爵の位を継ぐものとして、認められた。尊敬するジャンよりも、上の存在として。フォレストよりも、心に曇りのないニコラより、神に近い、尊いものとして。
胸を飾る、徽章が重い。