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「ねえこれ、もらっていい?」
こてん、と今度はアーネストに可愛く首を傾げるニコラを、アーネストはまじまじと、見てみた。
伯爵令嬢だと知ってから、改めてこの銭ゲバの顔を見てみると、実に品の良い、貴族令嬢のごとく、美しい顔をしている。
ニコラは長年の、布教活動の大敵であった。
満月の魔女がまだ生きている頃から、なんだかんだでダンジューロの街の救いようのない貧しい人々に、アーネストは救いの手を、ニコラは銭がらみの魔女の手を、与え続けていた。
いつも会えばいがみあいだった。
今も、ニコラのやり方は神の心には叶っていないと、そう信じている。
だが、
「お前は、いつでもダンジューロの人々を、人として扱っては、きていたな」
ニコラは、アーネストだろうが、ジャンだろうが、死にそうに道端に這いつくばっている名も知らないダンジューロの民だろうが、同じように、接してきた。銭を介して、平等に、人として。
そこには施しの精神も、蔑みの精神もなかった。
銭と、人。
道端に這いつくばっている家なき者からも、銭を踏んだくるニコラ。
だが、誰もが見捨てた病人にだって、銭を介して、平等に、そして、優しかったニコラ。
普通は、そうではない。貴族の施しは時々受ける。ありがたいが、そこにあるのは、自分とは異なる、恵まれないものへの憐憫そして、自己への満足の心だ。
「当たり前じゃない。人は人よ。人と、魔女と、それ以外にこの世に一体、何があるのかしら」
ニコラはぬいぐるみの首に抱きついて、当たり前の事のように、そう返事をした。
人には、上下がある。貴族がいて、平民がいて、富めるものがいて、教養の高いもの、愚かなもの、健康なもの、病人、若いもの、年老いたもの。聖者、そして、忌み嫌われるもの。
ニコラには、何も関係がない。
銭があるか、ないか。それだけだ。
銭がある者からは多く、銭のない者からは、少なく、だが、平等に、踏んだくる。
ダンジューロに、薬を持ってくるのはニコラだけだ。
わずかな金をふんだくって、だが、ニコラは薬を持ってくる。
「私はね、司祭」
ジャンの美しいその顔には、涙の跡は、消え去って、晴れやかな笑顔が広がっていた。
この美麗な魔法機動隊の若き隊長は、花が一斉に開いたかのごとく、美しい笑顔でアーネストに振り返り、こう言ったのだ。
「ニコラちゃんが、神によって、地獄に落とされるのであれば、喜んでその地獄への共をするほどには、彼女の魂を、愛しているのですよ」
ジャンの宣言は、衝撃的なものだ。
信仰こそ、貴族の最大の責務とされているこの国において、ジャンの言葉が世間に知られたら、ジャンは貴族籍を迫害され、国をも追われるだろう。
そんな大きな宣言を、こともあろうに、聖職者としてこの北の塔に幽閉されている、アーネストに宣言をしたのだ。
その意味がわからぬような、ジャンではないはずだ。
「ねえ、くれるの?」
ニコラは、無邪気にぬいぐるみをねだる。
この銭ゲバは、案外乙女な部分があったのを、アーネストは思い出した、そして、思い返す。
(そうだ、この娘は、まだうら若き乙女だった)
ニコラはまごうことなき、うら若き伯爵令嬢だ。
銭ゲバだが、心優しく、そして、まだ、とても、とても、若い娘だ。
「・・ああ、好きなものを、なんでも持っていくがいい」
アーネストは、上擦る声を、なんとか落ち着かせて、そう告げた。
ニコラは飛び上がって喜んで、銭ゲバらしく、ぬいぐるみと、後、手に持てないほどの高級なお菓子から順番に持って帰ろうとして、ジャンにたしなめられているのが見えた。
「司祭、ではこの王からの手紙をお渡ししましたら、我々は退散いたします。どうぞご機嫌よろしくお過ごしを」
ぬいぐるみをもらって大喜びのニコラのホクホク顔と、そんなニコラをそれは愛おしそうに見つめるジャンを見送ると、アーネストは、どっと疲れて、ソファに座り込んだ。
そして、ジャンに手渡してもらった手紙を開封して、非常に複雑な気分で、その手紙を読む。
「この国の誰よりも、神の愛を知るもの、神の最も愛する人の子、アーネスト司祭に、その功績を讃え、神の名において、北の塔より開放する。天の国は、アーネスト司祭のものである」