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「一度、魔力に触れると、魔力の持ち主の思考がわかってしまうのです。犯罪捜査には非常に便利な能力なのですがね」
ジャンは、部屋のすみでウロウロして、どうやらぬいぐるみを見つけたらしいニコラに、甘い甘い視線を送る。
(あんな銭ゲバのどこに、この高名なる貴公子が・・)
アーネストには理解が及ばない。
確かにニコラは美しいが、ジャンであれば、ニコラほどには美しい、高貴な、銭にも清い、姫君のごとく貴婦人と結ばれるなど造作もない事だろう。わざわざ魔女絡みの、銭ゲバと関わらなくても。
「この能力のおかげで、口づけを交わした女性の、心の奥底の考えというのが、いやほど分かってしまいましてね」
アーネストの疑問を見透かしたように、ジャンは悪戯っぽく笑って、説明した。
そういえば、この恋の入り口にしか立たない事で有名な男には、「キス人形」という不名誉な二つ名があったはず。
アーネストほど浮世離れしている人間であっても、耳にするほどにはこの男は社交界でその名を馳せているのだ。
「・・なるほど、貴婦人はその外面ほどには、美しい内面ではない、という事ですな」
アーネストは、辺境伯家に生を受けた貴族だ。美しく優雅な貴族達も、その内面はそうではない事は、よく知っている。
ジャンは笑って、ぬいぐるみを持ってきたニコラの額に口づけを落とす。ぬいぐるみについていた、メッセージカードをつけていた紐がうまく外れなかったらしい。ジャンに紐を外してもらって、またニコラは部屋の奥に引っ込んだ。どこかのご令嬢からの贈り物なのだろう。このぬいぐるみがいたくニコラは気に入ったらしい。
「ニコラちゃんの心には、甘いもの、魔術、それから多少の小銭しかない。あの子は私が口づけを交わしたその誰よりも、美しく、透明で、そして気高い心を持っています」
そして、ジャンはそっとアーネストの方に向き直った。
「あの娘にとって、銭は、目に見える愛の形なんですよ。おそらくは、貴方のいう所の、神の愛と同じ」
「・・ジャン様、私は、神の愛にその身を捧げて、今この北の塔におります身。神の愛と、銭が同じとな」
は、とアーネストは苛立ちを隠しきれず、吐き捨てるように言った。
ジャンは気分を害した様子もなく、ニコラに外してあげた、ぬいぐるみについていた紐をぐるぐると回して、そして、ははは、と笑って、淡々と続けた。
「ええ、同じです」
流石に不愉快だ。
そうアーネストが口にしようとした時だ。
「人の気持ちなど、目に見えない。人の愛など、目に見えない。だが、銭は目に見える。銭を媒介にしか、ニコラは愛など信じられない。ただ確かで、確実なもの」
「銭なら、みんな喜ぶ。使えば、欲しいものが手に入る。みんなが愛しているもので、みんなが欲しがるもの。銭を使えば、欲しいものが手に入る。銭は、温かい。銭は、優しい。銭は、彼女にとって、目に見える、神の愛なのですよ」
アーネストは、はっとした。
ジャンの美しいその瞳から、真っ直ぐに涙が落ちていたのだ。
「ニコラは」
ジャンは、涙を拭う事もなく、話を続けた。
「ニコラはたった五歳で、家族を奪われ、生死の境を彷徨い、忌み嫌われる、魔女の元に身を寄せてきています。ニコラは自分で考えてきた。全て自分の心と魂で、考えてきたんだ。何が正しく、何が正しくないか。愛とは何か。銭とは何か」
「我々は、両親から、師から、世間から、この世の理を学びます。ですが、魔女の元にいたニコラが学んだ事、全てを自分の魂と心で考えて、出したその答えが、ニコラの理です」
「ニコラの、誰よりも美しいその心の中にあるのは、銭です。それがニコラの出した、結論でした。銭は、ニコラにとって、愛そのものなのです。愛であり、そして恵みであり、そして、人と魔女の間を生きる、ニコラにとって、この世とつながる、たった一つの、確かなよすがなのですよ」
「それに」
「ニコラは銭が大好きなだけで、後はただの、可愛い、賢い、若い娘です」
「ジャン様!私この子が欲しいわ!もらって帰っていい?」
ぬいぐるみの首にしがみついて、ニコラは離そうとしない。許可を取るべきはアーネストなのだが、ジャンに許可を求めるあたり、ジャンに全幅の信頼を寄せているのだろう。
「ああ、司祭様がいいと言ったらね」
くしゃ、とジャンはニコラの頭を撫でた。