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「・・ニコラ・・」
司祭はかける言葉もない。
犯罪被害者であるニコラが、なんとか命を存えたのは、忌み嫌われる魔女の保護があったから。
今でもニコラの額に輝く魔女の呪いは、ニコラの身をこの世の危険から守ってくれているのだ。
ニコラにしてみたら、両親を奪って行って、言うこと聞かなけりゃ勝手に地獄に送りそうな神の存在よりも、実際にニコラを愛し、慈しんで守ってくれて、死ねばただの塵芥に戻る魔女達の方が、よほど有難い。
シャリシャリと、遠慮なくマカロンを食うニコラの咀嚼音だけが響き渡る。
そんな時だ。
「だから、銭なんだよね、ニコラちゃん」
パタン、と扉が開く音がした。
司祭が驚いて振り返ると、牢の扉が開いて、黒い髪の美麗な貴族の貴公子が入ってきている所だ。
正式な手続きをとっているらしく、牢番はお茶まで用意している。
「ジャン様!」
どうやら先ほどから、ニコラの話を聞いていたらしい。ジャンはニコニコと、ニコラに笑顔だ。
口いっぱいのマカロンを飲み込むのももどかしく、ニコラはジャンの元に飛んでいった。
「ジャン様!ここにきてたのどうして知ってたの?」
大喜びで、大好きなジャンの腕に纏わりつく。
ジャンはニコラが可愛くて仕方ないのか、髪を撫でてやったり、頬にひっついたままになってるお菓子のカスをとってやったり、子犬の面倒をみる母犬の如しだ。
「これはこれは、ドワール隊長」
司祭は、丁寧に体を曲げて、ジャンに貴族への挨拶をする。
「お会いできる栄誉を神に感謝します」
ジャンも、聖職者への正式な挨拶を捧げる。
ニコラのように、ただ退屈しのぎにこの北の塔までやってきたのではなく、どうやら用事で来たらしい。
だが、司祭はこの名高い美貌の魔法騎士団の第一隊長が、何を言わんとしているのか、年老いた聖職者として、聞きたいのだ。
「隊長。銭、ですか」
ドワール隊長には、銭への悪い噂は特にない。豊かな伯爵家の後継だし、隊長は「影」の任務についているという噂の方が、もっぱら有名であるが、「影」は実力主義の危険な業務。特に銭がどうだこうだ、という話のある職務ではない。この名高い貴公子は、一体何を言わんとしているのだろう。
「ええ、司祭。ニコラちゃんにとっての神は、銭なんですよ」
「そうよジャン様!やっぱりジャン様は大好きよ!」
ニコラは嬉しくて仕方がない。この優しい恋人は、何も言わなくても、ニコラの考えを口づけ一つで完璧に理解してくれるのだ。そして、ニコラはあまり口が上手ではないし、言いたい事は銭の例え以外にはうまく言えない。
ニコラは頭をヨシヨシと撫でてもらって満足したのか、今度は差し入れの山から、勝手に王都で有名なクッキーの店の箱を見つけて、開けて一口食っている。
やっとジャンは椅子に腰を下ろすと、静かに語り出した。
ニコラはもう司祭との会話に興味がなくなったらしい。部屋をうろうろと歩いて、貢物の山を勝手に開けて、楽しんでいる様子。もう、お腹いっぱいなのだろう。
「私が思考過敏症である事はご存知だと思いますが」
ご存じも何も、自分の犯罪捜査にその能力を利用した所をガッツリ、アーネストは見ている。
噂に違わぬその能力には、アーネストも嘆息したものだ。