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「それで、私は高潔なお父様とお母様の娘だから、私が死んだら、二人のいる、あんたが必死で貯金してる先の、天国とやらに生まれ変わるんでしょ?それで、お婆ちゃんには、もう二度と会えないのよね」
ニコラは、今度は果物に飽きたらしい。
綺麗な箱の中にぎっしり入っていた、どこかの貴族の娘の差し入れらしき、美しいマカロンに手を伸ばす。
メッセージカードが入っていた。
(心清き司祭様の行いを、神様がお認めにならないわけもございません。どうぞ心安くお過ごしください)
そこで、司祭は思い当たる。
「…そうか。お前は満月の魔女に会いたいのだな」
司祭は、ため息をついた。
ニコラの身の上は、最近司祭も知るようになったばかりである。
この銭ゲバ娘が、魔女の手による育ちの、人間の娘だと知ってはいたが、司祭の耳にも届くほどの王都の大事件の犯罪被害者であった事、その後運よく、満月の魔女のところに身を寄せて、大切に育てられていた事。
ろくに顔も覚えていない両親のいる天国よりも、自分を慈しんでくれた、魔女に、会いたいのだろう。
「魔女は、人とは違う理の中で生きている。お前は人だ。魔女は死ねば無に戻るが、お前は違う。今から行いを正せば、天の国に生まれ変わって、両親にまた会えるだろう。だが、心を改めなくては、お前は地獄に生まれ変わる。神を恐れ、神の心に叶った生き方をするのに、まだ遅すぎはしないぞ、ニコラ」
ニコラは、生まれて変わっても、死んでも、どうあってももう、塵に帰った魔女に会うことはない。
それが魔女と、人との違いだ。
ならば、神の良き遣いとして、人として正しい道に、ニコラを戻してやるのが務めだ。
司祭はそう思う。
ニコラは、マカロンを行儀悪くいくつか選んで口の中に放り込むと、
「私は、神様とやらが大好きな、高潔で清廉で、銭に清い人間ではないわ。魔女に育てられたもの。銭は大好きよ。人を騙すのは得意なのよ。魔女達はそうやって生きてるもの。あんたの話では、私きっと、地獄にいくのね」
アーネストは笑ってしまった。
ここ数年、ニコラとはずっと、そうやって会えばいつも喧嘩してきたのだ。
ニコラの銭への汚さも、もう痛いほど良く知っている。すぐにアーネストをだまくらかして、商売されたりと、この銭ゲバに、それはそれは、手こずってきたのだ。
「まだ間に合うと言っておるだろう。今から行いを正せば、お前の事も、神は天国に呼んでくださるしお前の父君とも母君とも、会えるだろう」
「きちんと神様とやらの、神様のお眼鏡に敵うように、あんたみたいに天国にきちんと貯金できるように生きてないと、私から勝手に連れて行ったお父様にもお母様にも合わせてくれずに、魔女でなくて、私は人だからって、地獄に落とすなんて、随分アコギな商売するのね、神様とやらは」
ニコラは、淡々と、そう思う。
ニコラは魔女の生き方を愛しているし、尊敬している。
その生き方では天国に行くだけの天国貯金が足らんと言われても、魔女育ちのニコラには、よくわからん話だ。
だというのに、死んだら、満月の魔女のように、塵芥に還る事も許されずに、天国なり地獄なりに行かなくては行けない契約を、勝手に結ばれているらしい。
ニコラはそんな一方的な契約した覚えはない。
「ニコラ、お前失礼な事を言うな。天国は、永遠の命と、永遠の幸福のある場所だ。その場所に行くために、我々はこの生を、清廉に過ごさねばならん。たかだか100年にも満たない命と、永遠とでは、お前の得意な計算をしてみたら、どちらが得だか、すぐわかりそうなものだ」
アーネストの計算によると、神と人との間の契約は、ずいぶんオイシイ契約らしいが、ニコラにはこの契約は美味しいとは、どうも、そう思えない。
一つ、ニコラが知っている事は、どうやらニコラが死んでも、誰にも大切な人には、会えなさそうだという事だけ。
「そしたら、大好きなお婆ちゃんにも会えないし、お父様にもお母様にも会えない上に、地獄行きなんて、私、随分損ばかりね」