17
ニコラとジャンが、ダンジューロを訪れてから、数週間後。
ニコラは、ジャンと一緒に、フワン第四魔法騎士団団長から呼び出されて、正式なお礼をいただいている最中だ。
不健康そうだったフワンのその青い顔はニッコニコでなんだか赤みも増してる。
第四で預かっていた難事件が解決となった事が、相当胃に良かったらしい。
あの変な苦いお茶でもてなされるかと、身構えていたのだが、フワンがおもてなしに出してくれたのは、普通の、胃に悪そうな、あっつあつの美味しそうなお茶。
「いや、マシェント伯爵令嬢、貴方様の慧眼によって、また難事件が一つ解決になりました。これはほんのお礼の印です」
そう言ってフワンがニコラとジャンに渡したのは、立派な額に入った、立派な感謝状。
ニコラは紙なんぞに興味はないので、腹の足しにもならんものをもらう為に呼び出された事にお冠だが、実はこの感謝状は、滅多な事では与えられない。
この感謝状によって、いわば、第四は、ジャンの第一に一つ大きな恩があると対外的に示すものであるし、ニコラの身やその家族に何かが起こったら、第四は真っ先にニコラを助けるという、暗黙の補償である。
騎士団は名誉を非常に重んじる。
今後、どんな犯罪にニコラが巻き込まれる事があっても、第四が徹底的に相手になる、という大変な安全の保証だ。
(そこまでの感謝を、示してくれるとは・・)
ニコラは興味なさげではあるが、ジャンはフワンからの深い敬意に、深く感じ入る。
「それでフワン様、その後司祭はどうなったわけです?」
熱々のお茶をすすりながら、ニコラは感謝状には興味がないにせよ、事件のその後は気になっていたらしい。
天敵・アーネスト司祭が、フォレストの魔法縄でふんじばられて王都に連れて行かれたところまでは知っているが、その後は、知らない。
知っているのは、どういう訳だか、違法黒魔石が合法になった上に、値段が高騰して、今や本物の黒魔石より高価になった事。ニコラは違法黒魔石が合法になった瞬間に、満月の魔女のガラクタ入れに入っていた黒魔石を売りに出したのだが、大した値段で捌けずに、地団駄踏んで悔しがっていたのだ。
「あの方は、ただいま北の塔にて幽閉されておられます。罪を償い、また貧しき人々と共に生きてゆきたいと、そうおっしゃって、祈りの日々だと聞いています」
うっとりとフワンはそう教えてくれた。
フワンもあまり騎士に似合わず体が弱かったこともあり、聖職者を目指していた過去があったとか。
そして、フォレストやらフワンやら、その界隈の男たちにとって、アーネストは憧れの存在らしい。
「あの方の犯した罪は、深いものですが、全ては貧民のためであり、そして、アーネスト司祭の発見によって、炭鉱病の患者の治療法が確立されようとしています。あと数年で、北の塔から出られるように、嘆願運動が始まっています」
そう、魔力で処理された、緑銀石が、どういう訳だか炭鉱病患者には毒にならないという部分に、宮廷薬師の家系であるフォレストが、反応したのだ。
そうそうたる薬学界の顔ぶれを誇るフォレストの一族が、フォレストのもたらした情報から、炭鉱病の原因を突き止めて、発症した患者に、進行を止める薬品を開発した。
薬学界の一大発見をもたらせたフォレストは、一族の栄誉であると、今年中に伯爵の位を継承するらしい。
発症を止めることはできないが、それ以上進行しないのであれば、実質炭鉱病は無害も同じ。
違法黒魔石の作成は、ニコラのもたらした、八角蜂の蜜で固めるという方法で、緑銀石を攪拌凝固し、無害化する事に成功した。
それをガラスに閉じ込めて出荷できるのは、炭鉱病を発症した患者のみ。炭鉱病の病人の特権事業と化した偽黒魔石の作成によって、貧民街であったダンジューロの街は今、潤い、上下水道も整った街へと、急激に発展を遂げているとか。
ちなみに、八角蜂の蜂蜜は、普通の蜜より固くてまずいので、誰も欲しがらない、貧民の食い物だ。
「すべて、神のお導き」
そう、北の塔で幽閉されているというアーネストの言葉に、ニコラは非常に腹が立つ。アーネストの日々は、神への祈りで始まり神への祈りで終わる生活だという。
非常に信仰篤い、尊い生活を送っている風に一般的には見えるらしい。
だが、銭ゲバニコラの銭視点では、別の感想だ。
(あいつ、手柄を全部、自分のおかげにして、朝に晩に、神様とやらに大きめに報告してるに違いないわ)