16
フォレストは憂鬱気に溜息を吐いて、司祭を縛っていく。
今まで「そう」だと思い込んでいたものが、「そう」ではなかった。
信じる、信じない。悪、正義、金。
(私は、一体何を見ているのだろう)
フォレストは、実に世界の一面を、一面的にしか見ていない自分の姿に悲しみを覚えたのだ。問題児だと思っていた魔女育ちのニコラの方が、よほど箱入り息子の、高い教育を受けたはずである貴族の自分よりも、正確に現実を把握している。銭目線のなんと頼りのある事か。
フォレストが、人生観についてゆっくり考えてしまっているそんな中、ニコラはしれっと言い放つ。
「そこじゃないわよ!誰が偽物作りに文句言った?私が怒ってるのはなんで防毒作業しなかったのよ!って言う一点よ!お陰でで偽物が違法になって、上手に売れなくなっちゃったでしょ!本物もついでに売るのがが難しくなっちゃって、私の商売のいい迷惑なのよ!」
ジャンも、フォレストも目が点になる。
ジャンは、やはりこの美少女が、正義感で怒り狂っているのだと、この後に及んで、そう考えていたのだ。
やはりガワが美しいと、ニコラの中身など死ぬほどよく知っているはずのジャンですら、そう感じてしまう。
「えっと、病人働かせて違法なものを作って、って言う部分は・・?」
ニコラは、意外な事を聞いたかのように、びっくりした顔をしてジャンに口を尖らせる。
口を尖らせたニコラの顔は、小鳥の様に可愛く、思わず和んだ。やはり、ニコラの内面はどうであれ、ガワだけは、まるで清廉な、妖精のごとく。びっくりした顔は小鳥のごとく、笑った顔は大輪の百合のごとく。
一級品の銭ゲバである、その中身さえ、おそらく間違えなく美しいものであると、疑いなく思わせるほどの、中々のパワーだ。
「悔しいけどこいつは正しいわ。どうせ死ぬような病気なら、病気も精一杯利用してゼニ稼がないと、子供のパンは出てこないんだったら働かせるべきよ。でもやり方がこいつはいつも不味いのよ!」
そこで司祭はハッとした。
「ニコラ、お前・・お前、まさか緑銀石の、防毒の仕方を知ってるのか?」
辺境伯家の三男として、高い魔力と高い教育をあたえられてきたこの男、もちろん緑銀石の防毒法がない事は、よく知っている。だからこそ、炭鉱病の患者に緑銀石の毒が効かない事を発見した時に、神の思し召しだと、偽の黒魔石を作成する事を思い立ったのだ。
だが魔女は、魔女のやり方がある。
魔女のやり方は、一般の魔法学からかけ離れた方法で、ほとんど呪術の範疇での魔術の発達を遂げてきた。
魔女の魔術は忌み嫌われているものばかりだが、魔法学とは違った観点で、何か突破口があるのかもしれない。
もしも緑銀石の防毒の方法があるのであれば、アーネストだって、もちろん無辜な人々を危険に晒すつもりはないのだ。
一同が、ゴクリ、と喉を鳴らす。
ニコラは、非常に面倒くさそうに、そんな事も知らないのかと、呆れたように言った。
「八角蜂の蜂蜜に混ぜたらいいのよ。混ぜるっていう作業が危ないけど、そこは、病人にお願いすれば、いいんじゃないの?私は緑銀石入れてた壺には、蜂蜜一瓶全部流し込んでから、土に埋めるのよ。それをガラスで硬化して、出荷したら、もう危なくないわ。違法に商売しなくとも、普通に売れるんじゃない?一杯作って銭稼いで、おばさんたちにちゃんとお金払ってよね!」