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今日は城下町で、市が立つ日だ。
ニコラは、普段は城の外れの深い森の、魔の森と呼ばれる暗い森の外れの小さな緑の屋根の一軒家に一人で住んでいるが、市の立つ日は、作りためたポーションや薬草を持って、城下町まで売りに来る。
庇護欲をそそる、妖精の様な、ほっそりとした折れそうな体と、消えてしまいそうな美しいはかない銀色の髪をお下げにした、可憐な容姿とは裏腹の、今は亡き祖母譲りのストロングスタイルのちょっとえぐい商売で、城下町では、ちょっとした有名人だ。
「あ、これは朝取りの薬草だから、大銅貨1枚と、小銅貨2枚よ!こっちは満月の夜にとってきたやつ使ったポーションだから、大銅貨2枚。まとめて買ってくれるなら、おまけするけど、お兄さんどうする?」
「ち、ニコラちゃんはいっつも商売うまいなあ。うちの息子にも見習わせないといけないよ。」
顔なじみの、城の兵士がニコラのポーションと、薬草を買いに来る。
城下町に市が立つ日は、噴水前の広場は、いろんな店がひしめき合って、いつもとても活気づく。
ニコラはの特等席は、いつも広場から少しだけ外れた、楠の下の、小さな場所だ。
ここでなかなかガメツイ商品の値段交渉をするのは、ニコニコと虫も殺せなさそうな笑顔を浮かべる少女だが、実際のニコラは、この場所で商売を始めてから、実はもう十年は経つ結構な中堅どころの商売人だ。
魔女としてはそこそこ名を馳せた祖母と一緒に市に立って、ほんのよちよち歩きの頃から商売を手伝ってきたのだ。
ニコラは魔女になるには魔力が少なすぎるらしく、魔女の作る呪符などは作ることができないが、祖母の手伝いで学んだ薬草の目利きや、ポーションの作成に関しては、魔女である祖母の作成するものと、遜色のないと定評だ。
城下町には、王室認定の免許を拝領した、宮廷薬師の経営する薬局もあるが、宮廷薬師は皆、高いお金を出して、王都の市場で材料を集めたり、国の経営する薬草園に高い入場料を払って入場して採取したりするので、効き目は良いが、結果出来上がるポーションは、庶民にはかなりお高めの価格設定で、自然貴族御用達となる。
他の一般の薬師のポーションは、ニコラのポーションの値段よりは、良心的な値段だが、使われる材料が古いものだったりするのか、どうも効き目がニコラのものほどは、優れていなかったりする。
そういったわけで、城の兵士達は、遠征に行くなら、他の店よりも、ほんの少し値段に色がついていても、ニコラのポーションを好んで購入する。ポーションの効きで生死が左右されるような遠征には、信用のおける良いポーションが欠かせない。
(こんな小さいのに、たいしたもんだね。)
「お兄さん」とニコルに呼ばれた、どこからどう見てもお兄さんではない、思いきり中年の兵士は、いつまで経っても外でフラフラ遊んできては、勉強もしない息子達のことを思い出す。大体ニコラと同じ年くらいのはずだ。
毎度!とご機嫌のニコラに、いくつかの傷薬を包んでもらっているうちに、兵士は、ふと、商品の一つに目を留めた。
「えーとニコラちゃん、あれは。。どこからどう見ても、エリンの花だけど・・・」
さも高級そうな美しい絹の手提げに、ちょろっとだけ干された桃色の花が、茶葉に混ぜられて、売られていた。商品には「女神の美容茶」と書かれて、お値段は強気の銀貨一枚。
・・・エリンの花は、そこらへんのどこにでもある、子供がママごとに拾ってくるような、ただの雑草だ。
「そうよ!エリンの花のお茶は、心が落ち着く効果があるのよ」
すまして、ニヤリとニコラは答える。
「お忍びで変装して、庶民の市にやってくるような貴婦人達には、めちゃくちゃ売れるのよ。エリンなんてお庭で見たことなさそうなご婦人に、お肌が美しくなる、娼婦達が秘密で使っている美容茶って言ってね!。値段が高ければ、高いほど売れるって、面白いわね」
うしし、世間知らず相手は商売しやすいのよ、とニコラは悪い顔をするが、実際にエリンの花のお茶は、ものすごく安いので、娼婦も、それからニコラも、市井の人々は普通に飲んでいる。
美容には、まあいいらしいので、値段がぼったくりである以外は、詐欺では、ない。が・・・
(あ、相変わらずすごいな・・)
兵士は、このたおやかな少女の商魂に、ちょっとたじろぐ。
「あ、そっちは笑いダケよ。私も滅多にお目にかかったことないのよ。今なら銀貨一枚で売ってあげるけど、明日になったら銀貨二枚になってるかも!」
「ニコラちゃんには叶わないな、そっちの毒消しをサービスしてくれるなら、もらおうか」
「毎度!」
・・・・・・・・
(今日は幻覚解毒剤に、赤夜花の朝露。なかなか売れないものばかり売れてくれたわ。今日はずっしり重いわ・・・)
チャリンチャリン!と銅貨や銀貨でいっぱいになった皮袋を片手に、ニコラはホクホクと、ご機嫌だ。
グフグフと含み笑いでお金がチャリチャリと奏る音をうっとりと聞いているこの娘、どこからどう見ても立派な銭ゲバ。
(ちょっと奮発して美味しいお菓子を買っちゃおう。うふふ、それとも全部床下に埋めて、月明かりの夜に掘り出して、一枚一枚、数を数えちゃおうかしら、グフフフフ)
一見すると、小さな銀の三つ編みをゆらゆらさせて、機嫌よく鼻歌なんぞ歌っている華奢な娘は、とても清楚に見えるがその頭の中は、月夜にチャリチャリ小銭を数えてうっとりしながら、小さなテーブル一杯に蜂蜜で作った甘いお菓子を載せて、デヘデヘとなっている、えげつない姿だ。
なまじ庇護欲をそそるような可憐な外見をしている分、始末が悪い。
ニコラの小さな家のある、城の外れの魔の森は、魔獣が出て、昼も薄暗く誰も近づきたがらない、魔女達の居住区にある。
ニコラからすれば、少し気の荒い魔獣と、他の面倒臭い魔女達のテリトリーに入らないようにだけ気をつけさえすれば、可愛い小さな動物や、素敵な薬草が生茂る素晴らしい森だ。
だがここを根城にする魔女と、そしてニコラ以外の誰にとっても、この森は、昼も暗くて危険な、気味の悪い魔の森だ。
(・・まあ、そのおかげでお商売の仇がいなくて、良いのだけれど)
魔の森に住む魔女たちは、ニコラの作るようなポーションや、薬草を作ってわざわざ市に売りに出したりしない。
呪符や、魔法陣や、媚薬やらなんやらの方が圧倒的に儲かる上に、魔女は怠惰で強欲だ。
市に出て、商売なんて面倒くさいのだ。
ニコラの祖母も他に漏れず、怠惰で大変強欲だったが、ニコラの祖母は、腕を見込まれて城主様直々に定期的に魔道具のメンテナンスを依頼されており、メンテ帰りについでにガッツリ稼いで帰ろうと、色々作りためていた魔道具やらポーションやらを市で売り出したのが、城下町での商売の始まりだ。
ニコラは特に魔力が高いわけでも、祖母以外からの魔術の訓練も受けたわけではないが、筋が良いらしい。
どのポーションもニコラの作ったものは、評判がいい。
このリンデンバーグの城下町で、遠征の兵士の御用達となったニコラのポーションは、このところ、城の兵の遠征が増えているらしく売れ行きが順調で、この銭ゲバ娘はホックホクだ。
(どっちにしようかな、ケーキもいいけど、クッキーも良いわよね。ああ、チョコレートは流石に贅沢かしら・・で、でも全部貯金して、溜め込みたい・・ああどうしましょう)
村に次の市が立つのは、次の月が満ちる日。
その日まで、できるだけたくさんのポーションを完成させて、美味しい物を買っちゃうか、床下の壺に全部売り上げを入れて、月明かりの日は夜な夜な数えるか、どちらにするか考えておこう。
ニコラはたった一人の肉親である祖母を亡くし、一人で暗い森の片隅に暮らしていたけれど、幸せだった。
甘いものと小銭があれば、ニコラの世界は、満ち足りていたはず、だった。