誰がために
超弩級シリーズ。
本編でほんのちょろっと書いていたミトス爵位継承がどうなっていたのか。
特に本編を読まなくても読めるとは思いますが、本編を読んだ後だと何となく話は繋がりやすいかと思います。
自室にて、ミトスは父より与えられた剣を、じっと見つめる。
アストリア公爵家長男にしてひとりっ子、幼馴染として共に育ち学んだのは現・筆頭公爵家当主ルナリア。勉学、魔導学、剣術、体術、ありとあらゆるものを学び、騎士としての生き方に恥じないよう、そちらは父より徹底的に鍛えられたと思っている。
魔導学に関してはソルフェージュ家令嬢、ルナリアと共に学んだ。学ぶ環境としてはとんでもなく良いもので、正直なところ、他家子息よりも知識、体術、諸々において秀でているとは思っているし、学んだものは生かさねば、とも思っている。
そして、家督の相続については現当主である父に何かあったときで良いか、と軽く考えていた節があった。
ファリトゥスに聞いたら、『わたしはある日いきなりでしたよ。心の準備なんかはする暇など無かったですね』と返されたし、アリシアからは『あたくし、別に父様や母様から当主の座を奪おうなどとは思っておりませんでしたわ。ただ…その、おじい様からの試験をあたくしがクリアしてしまった、それだけですわ』と、何やら企んでいるような笑みと共に告げられた。
家によって特殊というか、様々なんだなぁ…と思っていたが、ルナリアは二人と全く違っていた。
父や兄が義母、義妹に籠絡されてしまい、古くから仕えてくれている使用人達は居るものの、一人ぼっちになってしまった。元に戻らない人間を当にしていも仕方ないが、それでもルナリアはギリギリまで耐えた。耐え続けた結果、公爵家乗っ取りに近しい状態に陥りかけたため、爵位を継承した後、恐ろしく手早く彼らを処理した。父やアリシア、ファリトゥスから祝いの言葉をかけられていた幼馴染の目は、もう令嬢のそれではなかった。
そして、彼女が爵位を継承して少し後の話し合いの場にて、本来の『ルナリア』に起こってしまった惨劇を知った。
そこまで追い詰められていたのか、そんなにも彼らを信じ大切にしていたのか。追い詰められながらも可能性を信じ、賭けたが、結果は惨敗。自死を選んだ彼女に起こったのはある意味の『奇跡』。
今いる『彼女』が、ルナリアの中に入り、死んだことが無かったことになって、見事な手際で家族への徹底的な復讐を成し遂げた。
ルナリアが変わってしまったのか、と囁く貴族も少なからずいたものの、『あそこまで変わった兄と父を見ていれば、さすがの彼女も堪忍袋の緒が切れたのだろう』とこちらが軽く言うだけで、噂もすぐさま小さなものとなり、消えていった。当主となり、考え方もこれまでのご令嬢としてのものではいけないと、そういうことで落ち着いたらしい。
「俺は…」
助けになりたくて、けれどどうしたら良いのか分からなくて、そうしている間に幼馴染は自死という道を選んでしまい、助けられなかった。残るのはただ、その事実のみ。だが、それを気付かせないような奇跡が起こり、現状、『ソルフェージュ公爵家当主』として存在するルナリアはかつてのルナリアとほぼ変わらない。
聖女マナが何やら『悪役令嬢』やら『悪者』、『悪女』とヒステリーのごとく叫んでいる場面に遭遇したが、冷ややかな視線を送れば何故か向こうは真っ青な顔で怯んで走り去っていった。ルナリアに念の為にと報告すると『ミトスはあの子に気に入られてるから、悪いイメージを持たれたくなかったんでしょ。遅いけれど』と、あっさり言われたが、あちこちに色目をつかい、しなだれかかり、はしたない真似をする令嬢に関わりたくなどない。
そんなものに気に入られて隣に立つより、四大公爵家当主として、次こそは大切なものを守れるよう、力が欲しい。
きつく、手を握り締めて大きく深呼吸をする。
「…よし」
決意して、騎士団の練習場へと歩いていく。この時間ならば団長の父もいるだろうし、まだまだ練習している団員もいる。彼らがいるならば、証人になってもらえる。
現当主である父から、印である『ブラックローズ』を奪うと決意した。譲ってくれ、と言ったところであの父は譲らない。この薔薇の継承権の与奪は純然たる力。すべてを守れるだけの力を持っているのか、それが試される。心·技·体、全てにおいて現当主よりも強くないとこちらに引き継がれることはないだろう。
ミトスの父、ダニエルは歴代最高と言われる王立騎士団団長だ。その父からブラックローズを奪うことは並大抵のことではないが、無ければ自分はまだまだ蚊帳の外のままなのだ。そんな状況を是としたくなかった。
「(子供じみた想いだとは分かっている、けれど)」
中庭に出て、練習しているところに向かうと馴染みの騎士や訓練生が手を挙げたり、頭を下げたりしてくれる。それに応じながら、真っ直ぐ、ダニエルの元へと歩いていった。
「何だ、珍しく早いな。学院の授業が早く終わったのか」
「それもある。だが、父上にお譲りいただきたいものがあり、今こうして来た」
「ほぅ?」
すぃ、と目が細められると同時、空気がずしりと重くなり、じわりと冷や汗が滲む。
「何を望む、我が息子」
「ブラックローズを」
ミトスの声がよく通り、団員たちがざわめいた。
ダニエルは現役バリバリの騎士団長でもあり、新たな当主となったソルフェージュ公爵の学業の合間を縫い、時間を無理にでも作り出してもらい共に魔物討伐へも向かったりしている。勿論、訓練担当も彼だ。まだ引退するような歳などでははないのに何故、と。ミトスに対して訝しげな眼差しが向けられた。
「無力だと、守れない」
「何を」
「大切なものを」
「それは、ソルフェージュ女公爵閣下か?」
「それもある」
「……阿呆めが」
「……あ?」
バチ、と空気に微かに火花が走り、双方の眼光がいっそう鋭くなった。
「あの方を『お守りする』だと?…だから駄目なのだ貴様は」
それまで座っていたダニエルが、ゆらりと立ち上がり、練習用の木刀の切っ先をミトスへと向けた。
「守る、などとんでもない。我らがあのお方に守られることもあるというのに、何を勘違いしている」
「…何も分かってねぇのは、テメェだろうがクソ親父!」
向けられた木刀の先を腰にさした鞘付きの剣で弾き、父にされたように切っ先を真っ直ぐ、鼻先へと向けた。
「テメェ、そこまで言うならルナリアがあそこまで追い詰められてるのに何で助けなかった!」
「そうせよ、との前公爵閣下の遺言が、ご遺志があったからだ」
「自殺未遂を起こすまでに追い詰められていてもか。周りから、『見捨てられた後継』と言われようともか!」
ぎ、と歯を食いしばり一歩距離を詰め、剣先を鼻先から喉元へと移動させる。それでもなお、ダニエルは微動だにしない。
「そうだ。ソルフェージュ前公爵が『あの子は立ち上がる、だから手助けはしてはならん』と仰られた。そのご遺志を、我らは尊重していたまでだ」
「んなもん知るか。俺は、アイツを、助ける」
一言一言区切って、周りに、父に聞かせるようにしてはっきりと告げた。迷いのない瞳に、ダニエルの口端がつり上がる。『やれるものならやってみろ』と、そう言うように鼻で笑い、ミトスが突きつけていた剣先を何事もなかったかのように自然に別方向にやり、木刀を投げ捨て側近から愛用の大剣を受け取った。
「ならば、その意志を貫き通せ。それが我が意思を貫いたその時、それが強さだと認められれば、ブラックローズはお前を主と選ぶだろう。だがな…」
ぶん、と空気を切る音と、それに伴い空気を切り裂いた時の少しの衝撃がミトスの頬をかすめた。
「……舐めるなよ、小僧」
はじめ、の合図はいらなかった。
ミトスが大きく振りかぶり、思い切り打ち付ける。と同時にそれをダニエルは刀身で受けた。防がれただけなのに、と衝撃の強さに思わずミトスは目を見張るが、軽々と大剣を振り回して横に一閃。そのまま食らっては胴を真っ二つにされかねない一撃を回避して互いの距離を取った。
ち、と舌打ちをして鞘から剣を抜き、片手用のそれを構える。
得意な剣はそれぞれによって異なる。ダニエルは大剣、ミトスは片手剣を得意としている。理由は人によるが、ミトスは手数の多さで相手に反撃させることなく打ちのめしたいから、ダニエルは『一撃必殺』で打ちのめしたい、というものだ。
ミトスは意識を集中して左手の甲に大きくは無いが魔力で編み出したシールドを展開する。父相手にシールド無しで勝てるとも思えない。
「貴様のその思いも立派ではある。だがな、あのお方は守られることを是とするか?」
挑発的に、ミトスの考えを否定するような問いかけをしてから開けられた距離の分を一気に詰め、足を踏ん張って下からすくい上げるような剣撃を見舞う。シールドで防ぐのではなく、受け流してギリギリでミトスは避けつつ、剣の表面に魔力を纏わせ、大剣目掛けて打ち込んだ。
ガギャ!という金属同士がぶつかり合う鈍い音と、打ち込んだ衝撃の強さが柄を握る手のひらにダイレクトに伝わる。
「っ…!」
「たかがその程度の重さか!その程度で揺らぐ想いか!」
右から、左から、下から斜め上にすくい上げるように、幾度も方向を変え、容赦なく繰り出される斬撃を、時に受け流し、衝撃の度にビリビリと痺れそうになる手に即時治療魔法をかける。衝撃と同時に軽い擦り傷のような傷も増えてきており、それも馬鹿に出来ないから同時に消す意味もこめて最小の魔力で並列処理を次々にしていく。
「う、る…っ、せぇ!筋肉馬鹿なクソジジイと一緒にするな!雑なんだよ剣筋が!」
「それは関係なかろう!ちょこまか動くな!」
「動かねぇと殺されるだろうがアホオヤジ!」
罵り合いながらの壮絶な斬撃の応酬に、周りにいる団員たちの背中に冷や汗が伝う。あれだけ声を張り上げながら、同時に斬撃を繰り出し、隙あらば打撃、魔力刃による傷までも与え、双方地味ではあるがダメージがどんどんと蓄積されていく。
痛みの軽減、軽い怪我がない、という意味では治癒魔法をかけているミトスに利があるが、それを行っているために魔力がじわじわ減ってきている。互いにバテ切った時に、ダニエルの渾身の一撃がミトスに入れば間違いなく死ぬ一歩手前の大ダメージを食らうことだろう。
「アンタの掲げる強さは!独り善がりにしか思えねぇ!守られる側の身にもなれ!」
「その言葉、そっくりそのまま返してやろう我が愚息!ならば問おう!誰が貴様に守ってほしいと、そう乞うた!ソルフェージュ女公爵閣下が、貴様にそのように乞うたとでも言うのか!」
「誰にも言われてねぇ!」
「ならば、何故ソルフェージュ女公爵を守るなどとほざいたァ!!」
ミトスの腹部に思い切り蹴りが入る。みし、と体内が軋むような音がした、ように感じた。内臓が抉られるような衝撃と痛みが襲い来ると同時に吐き気にも襲われる。
鍛えているとはいえ、ダニエルはミトスよりも筋肉量が多く、体重と魔力をのせた一撃の衝撃は相当なものだっただろう。
父よりも少し軽い体は勢いよく吹き飛ばされ、練習場の壁まで飛び、そのまま背を叩きつけられる。魔力を練り、致命傷は何とか避けた。
げほごほと咳き込みながらも、震える体に鞭打って上半身を起こし、ふらつきつつ立ち上がる。ミトスの目からは未だ、闘志は消えていない。
「…………………じゃあ、あいつは…誰に頼れば、良い」
「……何?」
「…ルナリアは、…アイツは、……相談できなかったんだよ。…テメェにも…アリシアにも、…ファリトゥス様、にも…。……ゲホ、っ……。……あいつ、は、…誰の手も借りれねぇのか、…」
よろよろと、それでも真っ直ぐとダニエルの元に歩いていく。そして、真っ直ぐ瞳を見据え、息を大きく吐いてから剣を構えた。
「……っ、……あー……いてぇ…。……独りで、…ひたすら耐えた結果が、…あれだろうがよ…」
治癒魔法をかけて、傷口を簡単に治す。応急処置でしかないが、無いよりはマシだ。
「何が信頼し、…互いに支え合う、だよ…。…出来てねぇ癖に………大したもんだ、なぁ!!!!」
吼え、構えた剣は振りかざすこともなく、主に額部分に魔力を集中させて強化し、思い切り反動をつけて頭突きを食らわせた。
「が、…っ…!?……お、お前……!」
「誰が剣で決着着けるって言ったか言ってみろや!!」
ざわめく団員など気にせず、シールドを展開している方の手に魔力を込め、身体強化をした。無論、拳に。
剣を下ろし一瞬そちらに視線がいったのを見つつも動きは止めず、足を引き重心を低く、そして抉り込むように父の頬へと打撃を放つ。
鈍い感覚がして仰け反ったところに、すかさず足払いをかけて転ばせると膝を胸へと叩き込み、首筋ギリギリへと剣を突き立てた。
「…っ…!?………お、……ぉ、…まえ…!…っ、………っ、クソ……!……ガハ……ッ…!」
「ただ言いつけ通りに見守って、ただ力を振るうことが、それが強さか?!父上よ、問おう!」
ダニエルに蹴り飛ばされた痛みはまだあるはずだが、ミトスは真っ直ぐ見据え、問うた。
「弱音を吐きたい相手を受け入れることは強さでないというならば…ただ力を振るうことが強さだと言うか。遺志だからと、見捨てるのと同じような見守りは、強さなのか」
決して、ダニエルも、ファリトゥスも、年長者としてルナリアを見捨てたわけではない。そこに残っていた先代女公爵の遺志はあまりに強く、娘を信じていたからこそ『手助けをしてはならぬ』と言い残したのだ。
だが、それは言われた当の本人たちのみが知り得ることであって、第三者から見れば『他の公爵家は後継のご令嬢を見限ったのではないか』と思われることもある。実際、ミトスは学園でもそのような噂が広まりつつあったことを知っていたから、火消しに回った。余計なことを、といわれることは承知の上で。
大切な幼馴染が、後ろ指さされることのないよう、せめて周囲の環境だけでも整えようと、そう思ったのだ。それはアリシアも同じこと。
先代女公爵の遺志も、その意味も、今なら分かる。現にルナリアは膝をついた状態から立ち上がり、真っ直ぐ未来を見据えるまでに強くなった。
結果論に過ぎないが、せめて、自分くらいは。一人くらいはあのような時にただ隣にいるだけでもいい、寄り添うことをしてやってはならないのか。周りに何と言われようと、味方を貫き通し、もしも道を違えたその時には引っぱたいてでも、元の方向に無理やり引きずってでも、戻してやること。それも、強さではないのだろうか。
ただ力を振るうことだけが強さではなく、心を守り、その上で周囲も、民も、引っ括めて守る。
それが、ミトスの思うところの強さ。この信念だけは曲げない、曲げられないと、そう誓ったのだ。ルナリアが帰ってきてくれて、自分たちに打ち明けてくれた、あの日に。
だから。
「そんなもの、俺は強さとして認めない。ただ力を振るうだけなら……」
ばち、と火花が散り、ダニエルの手の甲の薔薇が散った。
「動物にだって、できるのではないか?……我が父……否、先代アストリア公爵」
ジジ、とミトスの手の甲に蕾が芽吹く。ゆるりと開くそれは、紛うことなき黒き薔薇。
アストリア家当主の証、ブラックローズ。
驚愕に目を見開くダニエルを真っ直ぐ見据えるミトスの意志の強い眼差しは、揺らがない。
「ならば俺は、人としての強さで、手を伸ばして守りうるすべてを守る。そうなれるよう、貴方に鍛えられたのだから」
「……口だけ立派になりおって………この、阿呆めが!」
「うぉ…っ?!」
いい雰囲気だったのに、ダニエルが腹筋をフル活用し、首筋の横に突き立てられた剣で皮膚が切れることも気にせず思い切り起き上がって、お返しと言わんばかりにミトスに対して頭突きを食らわせた。
がちん!とこれまたいい音がひびいて、思わずダニエルの上から退いて額を押さえ悶絶する息子を見下ろし、やられたお返しにともう一度腹部に蹴りを容赦なくお見舞いして、打ち付けられた背と腰をさすりながら大きなため息を吐いた。
「あー………分かった分かった。いくら何と言おうと薔薇に認められた以上、お前が当主だ。…強さの種類も変わるもんだなぁ……いてて…」
双方魔力による身体強化で殴り合うわ蹴飛ばすわ、更には頭突きをするわ、気が付くと大分満身創痍な状態である。しかもダニエル愛用の大剣はミトスが打ち込み続けたせいで微かにヒビが入っている。
「………ころ、す……気、か、……てめ……。つーか石頭……」
「石頭はお前もだ。それに殺すなら貴様の首と胴をサヨナラさせてやったわ。手加減してやったと言ってもらおうか………あー………お前容赦ない頭突きをしおってからに……」
「…ったり、めーだろ、が……容赦、して…何、に…なる…」
二発目を食らってしまい、継承の儀は終わったものの立てないままミトスは力なく答える。
慌てて団員が駆け寄り、ミトスの状態を確認すると真っ青になる。
「団長!ご子息が数箇所骨折をしておられます!あ、あれ、でも公爵閣下が団長を務められるので、……あ…っ!」
今しがた公爵になったばかりのミトスと、もう既に『前公爵』であるダニエルを交互に見て泣きそうな団員には可哀想だが、状況説明はせねばならない。
どうしたようかと彼がオロオロしていると、不意にミトスを影が覆う。誰なのかを確認してからその団員は慌てて背筋を伸ばして姿勢を正す。
「ソルフェージュ女公爵閣下!」
「良いわ、普通にしていて。そんなことよりお二人とも…満身創痍、ですかしら。ミトスは生きていらして?」
「る、なり、あ…」
「アストリア公爵にお話があって参りましたけれど…、これは…爵位継承の儀を行いましたの…?」
「…うむ。たった、今しがた…。…いてて…」
「まぁ…そうでしたの。お二人ともボロボロではございませんか。完全治癒は必要かしら」
「たのんだ…」
「…すまぬ、俺にも頼む、ソルフェージュ女公爵よ」
普段とは違い覇気のない二人に、笑いながら治癒魔法をルナリアはかける。傷を丁寧に修復してから最後に神経系をきちんと接続することで、痛みを感じさせないよう配慮しながら。
「何でまた急に…」
「知らん。そこに転がっている阿呆に聞け」
「けれど、騎士団団長はもう少し前公爵閣下にお願いしたいですわ。わたくしもミトスも学院生活が残っておりますもの」
うふふ、と笑ってルナリアが言っていると、ようやく起き上がったミトスがふらつきつつも歩いてくる。
綺麗に傷は治したが、奪われた体力までは戻せていないので、少し安静にしなければならないだろう。
「わたくし、場を改めますわ。お二人とも、少しお休みくださいませ」
それでは、と頭を下げてその場を後にするルナリアに、団員が二人、慌てて付き添い見送りも兼ねて後を追い掛けた。
その後ろ姿を見送りながら、ミトスは改めて己の手に宿った薔薇を眺めた。
「精々、励め。……遅くなりましたがお祝い申し上げます…新しきアストリア公爵」
騎士の礼を執り、父が深深と頭を下げる。そうか、継承するということはこんな感じなのかと、本当に人それぞれだな、とどこかぼんやりした思考でミトスは思う。
そして、己が当主になったからと色々な問題が全て片付いたわけではない。これからが本番だと深呼吸をして、改めて意を決したのだった。
バトルが書きたかったのと、ミトスのあれこれが書きたかったんです。
苦労人体質なところがある彼のあれこれもまた書きたい(希望)