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霊感女優

作者: みぶ真也

「この世の人じゃないのが4人混じってたね」

 本番が終ってから、エキストラの群集を見て中沢トアが小声で云った。

「この世の人じゃないって?」

 尋ねると

「幽霊ってこと」

「ゆ、幽霊?!」

「みぶさんに話してなかったっけ、私、見えるほうなの」

 共演中の女優中沢トアがすました顔で言う。

「どの人が幽霊だったの?」

「みぶさんが走って来る時、ぶつかりそうになった女の子がいたでしょう?」

「ああ、食堂の中から出て来た子だね」

「あの子は、交通事故で亡くなって間がない幽霊よ」

「ひっ!」

 思わず震える。

「怖がらなくてもいいよ。だって、こういう人が多い現場には必ず幽霊が混じってるものよ」

 彼女によると、生前から映画の撮影に興味を持ってた人などは、幽霊になって自由に空間を動けるようになると現場に集まって来ることが多いらしい。

 そういう霊が俳優志望だったりしたら、姿を現してカメラに映り込むことも珍しくないそうだ。

「あと、役者さんに誰かの霊が憑依してることもあるわね」

 役作りに悩んでいる俳優に、亡くなった名優の霊が憑依して、本人も気づかないうちに演技を指導したりしてることがあるという。

 今日のエキストラのうち、特に目立っていた女の子を指差し

「彼女はきっと、これから売れると思うわ」

「たしかに、なんかキラキラした子だなとぼくも思った」

「でしょう。だって、オードリー・ヘップバーンの霊が憑いてるもの」

 なるほど、顔は似ていないが、そうした雰囲気がある。

「みぶさんにも、古い外国の映画で見た俳優さんが憑いてるよ」

 この作品の役作りにと白黒の古い映画のDVDを何本も見たからだろう。

「おはようございます」

 不意に後から声がかかる。

 見ると、舞台の名優島村正太郎先生の姿があった。

「あ、島村先生、おはようございます」

 もう90歳近いのだが、かくしゃくとしている。

「島村先生ほどの人になれば、もう、霊に憑依されたり指導されたりすることもないんだろうね」

 中沢トアに訊いてみると、

「ええ、でも…私から見ると、先生自体が半透明に見える。もう、あまり執着がないんでしょうね」

 なるほど、上等のお酒の味は水に似るというが、人生の達人は空気に近くなるのかも知れない。

 先生の演技が始まると、やはり寄る年波なのだろう、セリフを飛ばしたり、舌がしっかり回らないところが目立つようになった。

 その度に、監督が丁寧にダメ出しをして、礼儀正しく訂正する。

「さすがに、監督も島村先生を怒鳴りつけたりは出来ないんだな」

 そう言って中沢トアの方を見ると、彼女はそれに答えもせず監督の方をポカンと見ていた。

「し…信じられない…」

 小声でつぶやく。

「どうした?」

 尋ねても返事はない。

 それから3週間撮影が続き、クランクアップした時には、一同が今までの現場にない感動を覚えていた。

 どういうわけか判らないが、何かとてつもないことをなしとげたような気持ちだ。

 試写会で観た際には、完成度の高さに震え上がるまでになった。

「なんか、凄い作品に仕上がってるね」

 試写の帰りに中沢トアに話しかけると

「そりゃそうよ。島村先生が現場に来た時のことを覚えてる?

 あの時、先生はとんでもない霊を連れて来たの。その霊が監督に憑依して、素晴らしい作品を作らせたのよ。わかる?島村先生が連れて来たのは黒澤明さんの霊。この映画は黒澤さんが作った映画なの」


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