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ベランダに一人座する  作者: 桜木恵
9/25

普通になりたい

 自分の髪がやけに首筋に張り付いて、それによる不快感で目が覚めた。


 モモと出会って四ヶ月が経ち、窓の外ではセミがこれでもかと鳴いている。


 連日三十五度を超える猛暑日で、私は夏バテのようになっていた。


 お金を節約するために冷房は使わない。

 部屋の隅に置かれた扇風機だけが、涼むためのアイテムだった。


 せめて玄関側にも窓があれば、とも思うのだが、こればっかりはどうにもならない。

 夏を想定して部屋を選ぶべきだったと後悔する。


 私はロフトを下りて、そのままお風呂場に向かった。


「ねぇヒマリ、冷房つけない?」


 脱衣所で服を脱いでいるとき、扉の向こうから声が聞こえた。


「お金ないの」

「仕送りしてもらってるんでしょう? ちょっとぐらいよくない?」


 私は脱いだTシャツを洗濯かごに入れて、閉めてあった扉を少しだけ開けた。


 そこには、相変わらず小さい女の子が立っている。


「たしかに送ってもらってるけど、頼るのってなんか嫌なの」

「ヒマリならそう言うと思ってたけど……。でも、そろそろ自分のお金尽きるんじゃない?」


 私は痛いところを突かれ、私は反論できなくなった。




 大学一年のとき。

 私は一人暮らしをするために、死に物狂いでバイトをしていた。


 なんなら、本業である学業を疎かにしてまで働いていた


 当時、私はカフェで働いていた。


 ファミレスのウェイトレスでも良かったが、カフェの方がオシャレな気がした。


 飾らない店内は落ち着いていて、視界に入るもの全てが新しかった。

 それが楽しくて楽しくて、自分の容姿なんて気にならなかった。


 一緒に働くスタッフも、私と普通に接してくれる。

 いい場所だな、なんて思った。


 けれど、はじめての給料日が来て、私は少しおかしいなと思った。


 私の働くカフェは、最初の三ヶ月間だけ固定給よりも五十円低い時給で働くことになっていた。


 それは重々承知していたし、文句なんてこれっぽっちもない。

 それを踏まえて計算しても、なぜか一万円以上足りなかった。


 何度計算しても結果は一緒で、私は店長に聞きに行った。


「あぁ、それね。制服代と、諸々の諸経費」


 そう言ったっきり、店長は私を残してどこかに行ってしまった。


「この制服ってそんなに高いの?」


 自分が身につけている制服をまじまじと眺め、高そうに見えないなぁなんて思った。


「まぁ最初だし」


 どこで働いても引かれるんだな、と無理矢理折り合いをつけ、私はそのまま働き続けた。


 けれどそれから毎月、一万円ほど低い給料が支給され、バイトを辞めるまでの一年間で十万円以上が消えた。


 最後だと思い、そのカフェのオーナーに会って話をした。

 結果的に、消えた給料に加え慰謝料として六万円ほどを貰い、私は颯爽と店を辞めた。

 


 そのとき貯めたお金は六十万ほど。

 今まで家賃や生活費をそれで賄っていたけれど、モモの言う通り正直そろそろ厳しい。


「モモってお金出せないの?」

「無理言わないで。そんなのできないわよ」

「だよねぇ」


 親に頼っても文句は言われないだろう。

 それでも、他の誰でもない、私自身がそれを許さない。


 姉や兄のように、自分だけでも生きていけるんだぞと、証明したい。


「……働くかぁ」




「履歴書はお持ちですか?」


 私は今、コンビニで面接を受けている。


「はい」


 面接って、どうしてこんなに緊張するんだろう。

 知らない人と話すからだろうか。


 私は目の前の机の上に、鞄から出した履歴書を置いた。

 それを目の前の男性が受け取って、内容を軽く流し見した。


「週どのくらい働けますか?」


 顔を上げずにそう言った男性は、左側にあったペン立てから一本のボールペンを取り出した。


 私は考えるふりをして、自分の足元を見た。

 そこには、「付き添うわ!」と言ってついて来たモモがいる。


 私と目が合ったモモは、控えめに首をふるふると横に振った。


「週五は無理よ! 体が持たないわ」


 私は机の下で指を三本立てて見せた。


 腕組みをして暫く考えたモモは、再び私の目を見てグーサインをした。


「週三日でお願いしたいです」


 私がそう言うと、男性は目の前に置いた真っ白な紙に『三日』とだけ記した。


「希望時間はありますか?」


 退屈そうに男性が言った。


「昼間がいいんですけど」


 男性は先程と同じように、紙に『昼間』と記した。


「働くときは、カラーコンタクトはお着けになりますよね?」

「はい?」

「カラコンですよ、カラコン。………もしかしてそのまま働くおつもりですか?」


 私はその言葉に動くことができなくなってしまった。


 今まで幾度となく言われた言葉。

 こう言われるだろうと、心のどこかで覚悟していたはずなのに。


「わ、私は」


 ありのままでいることを否定された私には、自分自身を偽る以外に生きる方法がない。

 それは今までもこれからも、決して変わることはない。


「その目で、ということになると正直言って難しいですね」


 持って生まれたものを見えなくする。

『普通』に生きるためにはそうするしかない。


「片目が水色なんて、お客さんがビックリしますよ」


 ハハハっと笑いながら顔を上げた男性は、「では後日ご連絡致しますね」とだけ言い残し去って行った。


「私たちも帰りましょう」


 いつの間にか机の上に登っていたモモが、私の顔を覗き込みながら言った。


「……大丈夫よ、私がいるわ」


 モモは、私の頭を優しく撫でながら言った。


「そうだね」


 目の前に広がる世界が歪んで見えた。

 私の頬を涙が伝い、顎の先から雫になって服に落ちた。


 悔しくて悔しくて、私は己の左目を呪った。


 これさえなければ、今頃笑って過ごせていたはずだ。




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