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ベランダに一人座する  作者: 桜木恵
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出会い

 私とモモが出会ったのは約一カ月前。


 親の反対を押し切って、一人暮らしを始めた日だった。

 丁度四月ということもあり、世間は引っ越しブーム真っ只中だ。


 私は、引っ越し業者さんが荷物を部屋に運び込むのを、側で静かに見ていた。

 本当は手伝いたかったけれど、彼らの仕事を取ってしまうのは申し訳ない。


 物で埋まっていく部屋を、狭いなぁなんて思いながら、私はベランダで少し冷たい空気を吸った。


 私のものではない家具が、白い部屋に生活感を漂わせていく。

 私はそっとため息をついた。



 私は、高校を卒業して、周りに合わせて大学に進学した。

 私自身、心の底から進学したかったわけではない。

 やりたいことはなかったし、正直就職しちゃってもよかった。

 けれど、「大学は出ておけ」という父の言葉を受けて、私は近場の大学に進学した。


 入学したはいいが、大して興味もない授業には熱が入らなかった。

 授業を受けずともテストで高得点が取れると分かると、次第に授業をサボるようになってしまった。


 人と違う容姿のおかげで、私の周りには今も自然と人だかりができる。

 そんな状況も相まって、私は実家の自室に籠ることにした。


 父も母も、毎日のように部屋に来ては私を説得しようとする。

 それを無視し続けて、私は棚にしまってあった本を延々を読み続けた。

 そして、「そうだ」と思い立って今に至る。


 三月中旬に、両親に一人暮らしを提案し、意外にもあっさり受け入れられた。


 その代わりに、生活に必要な家具などは全て両親が用意する。


 そう言って聞かず、私は渋々受け入れた。


 一緒に行ったホームファッション店で、私は両親が楽しそうに家具を新調するのを黙って見ていた。

 さすがにソファを選んでいたときは止めたが、その他は全て任せた。


 一人暮らしをする部屋も、両親が慎重に決めてくれた。

 思ったよりセキュリティの万全な部屋で、部屋も思ったより広かった。

 何から何まで両親に頼ってしまって、少し罪悪感だ。



 ポケットに入れていた携帯が、空気を割るように着信を告げた。


「もしもし」

『もしもしー、そろそろ引っ越し終わるころかなぁと思って』


 周囲を見渡すと、下につけられたトラックから最後の荷物が運び出されるところだった。


「うん、もう終わるよ」

『夕方そっち行くから』

「いいよ、来なくて」


 実家からそう離れていない新しい家。

 わざわざ来てもらうほどではない。


「私が行くから」

『そぉ? じゃあ来てね。夕飯一緒に食べましょ』


 私を気遣ってくれているということは分かる。

 けれど、これでは一人暮らしをする意味がないような気がした。


「分かった。夕方行くね」


 そう言って、私は電話を切った。


 父も母も、私のことを大切にしてくれているというのは分かる。

 痛いほど伝わってくる。

 けれど、そうされるたびに、私には何も無いということを実感する。


 姉のように美人ではないし、兄のような演技力はない。



 こういうのを、劣等感というのだろうか。



「全て運び終わりました」


 目の前で、引っ越し業者さんがそう言った。


「あ、ありがとうございました」


 私は慌ててお辞儀をして、業者さんが去っていくのを見送った。

 私は窓を閉めてから、これから暮らす部屋を見回した。


 部屋の中には、新品の丸い机と大きな本棚。

 キッチンには冷蔵庫。

 洗面所には洗濯機と棚。


 一瞬にして、生活には困らないほど整った。


 部屋の隅にはたくさんの段ボールが積み上げられていて、今日はこれを片付けるだけで一日が終わりそうだ。


 少し嫌になってきた。


 そう思いつつ、私は手前にあった段ボールを引き寄せた。

 ガムテープを取って中を開けると、食器が何枚も入っていた。


「こんなに要らないよ……」


 何人で暮らすと思っているのだろうか。

 私はその段ボールを部屋の隅に戻して、あくびをひとつした。


 そのとき、クローゼットの方からガサガサという音が聞こえた。

 少し嫌な予感がして、私はどうすることも出来ず硬直した。

 初の来客が虫だなんてことは、あってはならない。


 この部屋には私一人なので、私がどうにかするしかない。

 でも、虫の退治なんてしたことなかった。


 私は食器の入っていた段ボールから、クッション代わりの新聞紙を取り出した。

 それを構えながら、ゆっくりした足取りで近づいていく。


 尚もガサガサと音がする場所の前で深呼吸をして、段ボールを勢いよくどかした。

 右手に持っていた新聞紙を勢いよく振り下ろそうとして、目の前の人と目が合った。


 本当に驚いたとき人は声が出ない、ということを体験した。


 暫くお互いに見つめ合ったあと、じわじわと違和感が込み上げてきた。


「誰……」

「こんにちは」


 小さな女の子は、子どものような無邪気な笑顔でそう言った。


「いや、え……、誰」

「ご挨拶が遅れました。(わたくし)、モモと申します」


 赤い着物に身を包み、おかっぱの黒髪を揺らしながら、女の子は優美に手を付いて挨拶をした。

 なんだか私もした方がいい気がして、真似して挨拶をする。


「藤田ヒマリです」


 挨拶をして、なんで私もしてるんだ? と疑問に思う。

 けれど、挨拶はきちんとした方がいいので、その辺は置いておくことにした。


「これから、どうぞよろしくお願いいたします」

「これから?」

「はい!」

「………よろしく」


 さも当たり前かのように言うもんだから、反射的に言ってしまった。

 これから、私はこの子と一緒に暮らすということなのだろうか。



 一人暮らしは……?



「お腹すいたぁ」


 女の子、モモはそう言って、ごろんと床に寝そべった。


「……カップラーメンでもいい?」

「うん!」


 嬉しそうに勢いよく起き上がったモモは、そのままの足取りでキッチンに向かって行った。


 急に母親になった気分だ




 

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