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龍と少女と老婆と

 老婆を追いかけた二人は、坂道を上った先にある屋敷の前にやって来ていた。

 そのまま屋敷に入った老婆を見送り、立ち尽くた二人。ふと、セレナが呟いた。


「ねえ」

「どした?」

「あのお婆さんに着いてきて大丈夫なのかな」


 偉い人いそうだし、と後ろから聞こえた不安そうな声を、クロは笑い飛ばす。


「敵意は感じないし、問題ないだろ」

「でも、私たちの耳がバレたら終わりでしょ?」

「フード脱がなかったら良いだけだろ」

「偉い人に挨拶することになったら駄目じゃん」

「……あっ」


 クロの口から漏れた言葉に、偉い人と話をする、その可能性を全く考えていなかったらしいと気づいたセレナは、はぁ、と大きなため息を吐いた。


「……もしかしなくても、あなたすっごい馬鹿なんでしょ」

「馬鹿とはなんだ馬鹿とは!」

「そうじゃん! そもそも私を攫った(さらった)時だって行き当りばったりだし!」

「記憶喪失なんだから仕方ないだろ!?」

「この世界の知識を得たーとか言ってたのに?」

「それは……そうだが……」

「ほら言い返せない!」

「なにをッ!!」


 そうして顔を突き合わせてにらみ合う二人だったが、そんな二人に声がかかる。


「ごめんなさいねぇ……あら、喧嘩?」

「「いえ、なんでもありません」」


 つい夢中になって大声で言い合ってしまったが、聞かれていなかっただろうか。

 扉から頭だけを出す老婆に冷や汗をかきつつ、クロとセレナは視線だけで互いに抗議しつつ、老婆にすすめられて屋敷の中へ足を踏み入れた。


「綺麗……」

「ありがとねぇ」


 二人が案内されたのは、大きな机の置かれた広い広い部屋だ。

 椅子が複数置かれていることから、会議をする部屋なのだろうか?

 部屋の目的を探るクロと違い、セレナはテーブルに敷かれた白い飾りや壁を彩る編み物を見て、質素ながらも美しい装飾品に目を輝かせていた。


「ささ、ここに座って」

「あっ、ありがとうございます」

「ありがとうございます」


 椅子を引かれ、勧められるままに腰を下ろす二人。

 二人を座らせた老婆は、お盆に木の容器を載せて二人の前に並べていく。

 二人の前に置かれたのは、木製のコップと皿。中には、茶色い液体とクッキーが入っていた。


「わぁ!」

「すみません、わざわざ」

「いいのよぉ、巡礼者さんが来るなんて何年ぶりかしら。私、つい張り切っちゃって」


 おほほ、と上品に笑う老婆に釣られて、セレナも相好を崩し(そうごうをくずし)た。

 と、セレナの隣でサクッと言う音が聞こえて、セレナが横を見れば、皿の上のクッキーを口に入れ、コップの中身を流し込むクロの姿があった。

 この間数秒だが、その間に彼の前の飲み物とクッキーは全て無くなっている。


「あっ、ちょっとッ!?」

「んっ! これスッゲェハチャメチャに美味いぞ! このサクッとした歯ごたえと口の中に残る程よい甘さこれ蜂蜜か? 甘さと香ばしさが口の中いっぱいに広がって、そしてコレだ、少し苦味があるけど、鼻を抜けるなんかこう、いい感じの香りと合わさって口の中が落ち着くしコレが口の中の水分なくすけどこっちが口の中潤すから無限に食べられるなところで人の料理凄すぎるなセレナこれ作れる作れるならちょっと契約に関して話し合いを――」

「落ち着け馬鹿っ!!」


 瞳孔が開き、眼が危ない光を放つクロの脇腹にセレナの拳が刺さり、クロの身体が椅子から落ちそうになる。


「あっぶな!?」

「危ないのはどっちよみっともないっ」

「みっともないってお前な」


 またも言い合いになりそうな二人を見て、老婆はコロコロと顔を綻ばせる。


「あっ、ごめんなさい……」

「いいのよいいのよ。クッキーもお茶もあるからね? どれくらいいるの?」

「えっ、まだあるんですか!?」

「食いつかないの!」


 二人のやり取りに上品に笑った老婆が部屋を出ていく。

 扉が閉まったと同時に言い合いをやめた二人は、しばらく耳をすませると、はぁ、とため息を吐いた。


「あなた、私の村をねぇ」

「故郷の名前も言えないってのはおかしいだろ。それに、下手に誤魔化すよりも堂々とそれっぽい言い回しをした方がいいだろ?」


 この世界にないだけで、お前が聖職者なのもイーストウッド出身なのも事実だしな、と言い、クロはテーブルの上のクッキーを顎で指す。


「食ってみろ。毒は入ってないぞ」

「なんでそんなこと分かるのよ」

「食べたからな。せっかく出てるんだ、もったいないだろ」


 俺が代わりに食うか、と聞かれると、それは流石に嫌なのでセレナは少し警戒しながらもクッキーに手を伸ばし、端をかじる。

 次の瞬間、目を見開いたかと思えば瞳を輝かせてクッキーに次々と手を伸ばしていく。

 そうして頬を膨らませ、お茶を飲んだセレナは、はふぅ、と満足そうに息を吐いた。


「あらあら、そんなに美味しかったの?」

「あっ……!? は、はい……」


 部屋に戻ってきた老婆に、ちょうどその場面を見られてしまったセレナは、頬を染めると肩をすくめて縮こまってしまう。

 そんなセレナを見てクスクスと笑いながら、老婆はテーブルの上にクッキーの山の置かれた皿と陶器のポットを置いた。


「――お婆さん、これ、食っても良いんですか……?」

「ええ」

「ありざっすっ!」

「あっ、ずるいっ!!」


 宝の山を見るようにキラキラと瞳を輝かせたクロと、それに釣られたように慌ててクッキーの山に手を伸ばすセレナ。

 我先にと夢中でクッキーを頬張る二人の年相応な表情を見て、老婆は目を細めて微笑みつつ、自分もクッキーを手にとって一齧り。


――ああ、美味しい。


 わいわい騒ぐ二人を見ながら、そう呟くのであった。







「お見苦しいところを……」

「いいのいいの。あんなに嬉しそうに食べてくれて、本当に嬉しかったわ」


 それからしばらくして、クッキーを満足いくまで堪能した二人に食後のお茶を用意した老婆は、恥ずかしそうに俯くセレナにそう言って微笑んだ。


「ありがとうございます、お婆さん。こんな美味しいもの初めて食べました」

「お世辞でも嬉しいわ。そうだ、また作ってあげましょうか?」

「!! ぜひっ!!」

「遠慮しなさいよ馬鹿っ!」

「いてぇっ!? 小突くなよ!?」


 脇に肘を入れられて言い争いそうになる二人だったが、また言い争いをしては話が進まないと気づき、コホン、と咳払いをして互いに矛先を収めた。


「あの、それでお婆さんはなんで私たちをここに?」


 話を変えるため、自分たちをこの屋敷に読んだ理由をセレナが尋ねると、老婆は頬に手を当て、それはねぇ、と言った。


「村長に祠へ入る許可を貰わないといけないからなの」

「なるほど」


 老婆の言葉に納得するセレナだが、セレナと違ってクロは納得できないようで、首をかしげてセレナに聞いた。


「なんで一々許可を取る必要があるんだ?」

「神聖な場所だからよ。龍は私たちを産み出した、この世の(ことわり)司る(つかさど)方々なのよ? そんな方々を祀っている(まつ)場所に誰彼構わず人を踏み入れさせるなんて罰当たりでしょう」

「そうか……そうかぁ? そんなことないと思うけどなぁ」


 セレナの言うことは理解できるが、首を捻るクロ。


「そこの、クロさん? はまだ信仰を始めて間もないのかしら」

「えっ、あっ! は、はいっ、そうなんです」

「そうなの。でも、こんな時に巡礼なんて大変ねぇ」


 老婆の言葉に、セレナは何も考えずに相槌をうった。


「大変って、何がですか?」

「あら、あなた達の村は被害がないの?」


 被害、と言われてセレナは自分の失言に気がついた。

 今、この世界はセレナたちのいた世界の神龍教と戦争状態にあるのだ。

 どれだけの被害が出ているかは分からないが、森の片隅にある家の主が襲ってきたのだ。その被害の大きさと影響は計り知れない。


「わ、私たちの村は、その……」


 ギュッと頭を覆い隠しているフードの端を握りしめて顔を伏くセレナ。

 二人のやりとりを聞いたクロは、言い逃れができないことを悟ってフードに手をかける。

 このまま追求されるより、正体を明かして事情を説明するしかないと思ったからだ。


「ふふふ、ごめんなさいね? 意地悪を言っちゃって」

「は……?」

「えっ……?」


 しかし、そんな二人を見た老婆は、オホホホ、と口元を手で隠して笑っていて。

 老婆の言葉に呆然とする二人に、ごめんなさいねぇ、と茶目っ気たっぷりに老婆は言う。


「あなた達とっても純粋だから、少しからかっちゃった」

「からかったって……」

「ごめんなさいねぇ。でも、あなた達を見てて思ったわ。あなた達なら、祠に行かせても大丈夫そう」

「本当ですか!?」


 老婆の言葉に、やった、と拳を握るセレナと違い、クロは頭にはてなマークを浮かべて首を傾げてしまう。


「あれ、でも祠に行くのは村長の許可がいるんだよな?」

「そう言えば……」


 二人が顔を見合わせ、老婆の方を見ると、老婆はそれはもうニコニコと満面の笑みを浮かべていた。


「そう! 私がこのギガンドロック村の村長、ローヴ・ソンヨなの!」


 ローヴ、と名乗った老婆の台詞にクロとセレナはキョトンとした表情で顔を見合わせていたのだが、徐々にローヴの言葉の意味を理解してきたのか、二人は頷くと背筋を伸ばしてローヴの方を向き、


『ごめんなさい!!』


 そんな悲鳴が屋敷を揺らすのであった。

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