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名前と決意と契約と

 薪となる枝を拾い、人の食べられる果物を選別し、身体から作ったボロ布でそれらを包んで洞穴に持ち帰った彼。

 彼が洞穴に帰る頃には太陽が沈み始めており、少しして火を囲んだセレナと彼は、向かい合って座り黙々と果物を食べていた。

 手元にある黄色い果物を弄びながら、セレナはチラリと彼の方を見る。


「よし、焼けた……っマズぅっ!? ――んぐっ。焼いたら美味くなるんじゃないのかよ……当てにならないな俺の記憶も」


 焼いた果実を皮ごと食べ、顔を顰めながら飲み込む彼。

 皮が分厚く、齧り付いても渋いのなんので食べられたものではなく、ふと食べ物は火にかけたら美味しくなる、ということを思い出して火にかけたが、全く美味しくならないどころか、更に苦味まで追加される始末だ。

 捨てるのも勿体無く、現状を打破する手段を持たない彼は、痛恨の表情で次の果実を火にかけようとする。

 それにセレナが控えめに待ったをかけた。


「あの、それ皮を剥いて食べたら……」

「皮を剥く?」

「はい」


 セレナに言われて、なるほど、と呟きつつ黄色い果実の皮を剥き始める彼。

 手を果汁まみれにして四苦八苦しながら厚い皮を剥いて果肉を露出させる。

 一呼吸置いて濃い色の果肉を齧った瞬間、彼はパッと表情を明るくして飲み込むようにかぶりついた。


「うっめぇ。――お前は食べないのか?」

「……いえ」


 呟かれた曖昧な答えに、ふーん、と呟き他の果物に手を伸ばす。


「そうだ、お前はどこで生まれたんだ?」

「生まれ?」


 唐突な質問に目を瞬かせるセレナ。

 彼は手についた果汁をなめ取って、新しい果実の皮を剥きながら言う。


「ああ。お前の居た場所はどんなところなのかってな」

「私の生まれた……私は、アルカフィアから東に行った国にある、イーストウッドという村の出なんです」


 イーストウッド。アルカフィアから東にある、小さな国の、そのまた隅っこにある小さな村。

 そこは都市部からかなり離れていることもあり、草木萌えて川のせせらぎの聞こえる、自然豊かな農村。

 村には特産と呼べるものもなく、外界とのやり取りも時折やってくる商人とのやり取りがほとんど。年に一度だけある、隣町の祭りだけが楽しみだった。


「ド田舎だけどさ、御神木(ごしんぼく)っていうものすっごい大きな木があって、そこに登ったり。あ、樵のピネヒルさんとよく薪割りしてたなぁ。ピネヒルさんから『セレナは薪割りの達人だな!』って褒められて」

「斧使いになるのは宿命だったんじゃ……」

「あの頃は鉈使ってたし!」

「少なくとも、か弱い女が持つものじゃないな」

「どれだけ引っ張るのよソレ!」


 そりゃあ私もそう思うけどさ、と唇を尖らせるセレナ。

 それを見て、彼は眩しそうに目を細めてフッと表情を和らげる。


「ようやく、らしくなったな」

「? ……どういう意味?」

「こっちに来てからずっと、あの聖女様口調だったからな。そっちの方が雰囲気が柔らかくて、お前がお前な気がする。うん、多分そっちの方がお前にとって自然なんだろうな」


 堅苦しすぎて苦しそうなのも嫌だしな、と微笑む彼に、セレナは絶句。

 囁き、とかいうものによってもたらされた小さな界門(ゲート)、誘拐犯なのに一人で放置するし、何をいうかと思えば、セレナ本人を気遣うような言葉等。


「あなた……本当になんなの?」

「記憶喪失」

「いやそうじゃなくて。道具として利用する、とか言ってたじゃん。なのにその、なに? なんか、変。普通、道具扱いって言ったら、実験のために傷つけて薬品とか魔法の的に使ったりするでしょ?」


 少なくとも、神龍教ではそうだった。

 技術開発のために、捕えた悪魔を利用したり、聖人たちもその能力を引き出すための特殊な訓練を受けさせられたりしていた。

 自然と表情の固くなるセレナの言葉に、彼は胡散臭いものでも見るように眉間にシワを寄せていう。


「お前は牛耕を知ってるか?」

「ぎゅうこう……?」

「ああ。人が農業をするのに牛を使って畑を耕すことをそういうんだが。人の営みには常に、他の生き物が関わっている」


 牛、馬、犬、虫。人は繁栄する中で、数多くの生き物の力を借りてきた。


「これは生き物だけじゃない。鉄に土、雨に風。龍のもたらした多くのものを道具として使って、人は営みを続けてる」

「その営みを支えているのは道具で、人は道具を敬い(うやま)癒やし(いやし)奉る(たてまつ)。そうやって来たはずだ」


 使い捨てることもあるが、多くの場合、人は道具を最大限活用する。

 牛は育て、刃物は直し、雨や風には祭りをもって恵みを返す。


「俺はお前を記憶を取り戻すための道具として扱う。そのために攫ったんだからな。ただ、道具はキチンと手入れをするものだ。だからお前が食べれるものを持ってくるし、お前が自然でいられる方法も考える」


 そうすれば、道具はちゃんと応えてくれる。そう話す彼の姿が、セレナの中で重なった。


『斧も鉈も、キチンと手入れをしなきゃ錆びついてしまう。日々の糧をくださる御神木に感謝し、こうして役立ってくれている道具たちにも感謝を忘れないことが大切なんだ』


 白髪の混じったピネヒルの温かい笑顔を思い出し、鼻の奥がツンッと熱くなるのを感じたセレナは、慌てて首を振って声を張る。


「こ、これからどうするの!?」

「これから? ……どうしよう」


 惚けたようなことを言う彼に、セレナはガクッと力が抜けそうになる。


「どうしようって、記憶取り戻すんじゃないの!?」

「そうしたいのは山々だが、どこに行けばいいか分からなくてな」

「あなたの言ってた囁きは!?」

「聞こえなくなった。多分、俺がこの世界に来たからだろうな」


 手掛かりなしの状態でどうやって記憶を取り戻そうというのか。頭を抱えそうになるセレナとは違って、彼は呑気に最後の果物を齧りながら言う。


「恐らく、ここから先は俺の足で探せってことなんだろう。あの囁きはそういうところがあった」

「……神託(しんたく)ってこと?」

「神託、にしては不親切だけどな。とりあえず、明日から人里を目指す予定だ」


 森の中に小屋を見つけた、多分そう遠くない場所に人のいる場所があるだろう。そう言った彼は、身体に巻き付けていたボロ布を大きくして引きちぎると、それをセレナに投げ渡した。


「わわっ!?」

「明日は朝から出る。キチンと食べて寝ておけ」


 そう言って立ち上がった彼は、セレナから大きく距離を取ると新しく作ったボロ布を頭から被って壁によりかかる。

 すぐに一定のリズムで上下するボロ布を見て、セレナはいくつか果実を口にして、自分もボロ布に包まって横になるのであった。




 次の日、日が昇るより早く目覚めた彼は、周囲の森の探索と食料集めをして洞穴の前に戻ってきたのだが、


「明かり?」


 消していたはずの明かりが灯っているのを見て、彼は急いで岩棚を登る。

 そして彼は、自分の目の前に広がる光景に手に持っていた果実の詰まったボロ布を落としてしまう。


「おはよ」

「あ、ああ……」


 彼が適当に積み重ねたものと違い、法則性をもって山型に積まれた焚き火。

 特に目を引くのは、朝までなかった果物の乗った器と水の入った瓶だろう。

 何が起こっているのか。彼を一瞥して、ナイフで果物を割るセレナを見て、戸惑いながら焚き火のそばに座る。


「……これ、龍の力か」

土神龍(どしんりゅう)様の力を使ってね。あ、水はソレに入れて飲んでね。水神龍(すいじんりゅう)様の力だから綺麗だし」


 それ、頂戴と言われて大人しくボロ布を差し出し、言われるままに瓶の中の水を器に移して口に運ぶ彼。

 美味い。水とはここまで美味いものか。喉を通る冷たい温度の心地よさと言ったら。

 気づけば二杯目、3杯目を飲む彼。


「私の分残しといてよ、まったく……。はい、朝ご飯」

「朝ご飯……ご飯!? まさか、これ料理ってやつか……っ!?」


 彼の目の前に置かれたのは、器に盛られた草と果物、そして茸。かかっている金色のネバネバは、蜂蜜だろうか? そしてもう一つの深い器には、水で煮た果物のスープが入っている。

 料理、という言葉は聞いたことがある彼だったが、まさか自分がそれにありつけるとは思っておらず、目を剥いてセレナを見る。


「料理って、そんな大したものじゃないし。その材料、全部私が確認したやつだから食べれるよ。不思議と私がいたとこと同じのもあったし」


 疑うなら食べなくていいよ、とセレナは言うのだが、クワッと目玉が出そうなほど目を見開き「そんな勿体ないことするかっ!」と瞳孔を開いてまで言われて「そ、そう」と身を引いてしまう。


「――!? そうか、これが料理か……ッ火を通せば美味い、とか俺の記憶正しかったじゃん……ッ」


 自分で皮ごと食べていたものとも、ただ枝に刺して焼いたものとは違う味。

 これが調理された料理というものか、と声を震わせて手と口をベタベタにしながら料理を掻き込む彼。

 セレナもまた、ナイフで器用に果物を食べる。

 外から聞こえる鳥のさえずりとナイフが器を叩く音だけが響く。そうして、彼が器もすっかり舐め終えて手についた蜂蜜を舐め取っていると、同じように食事を終えたセレナが器を地面に置く。


「ねぇ、ここには人がいるの?」


 そんなことを尋ねられ、きょとんとしながら彼は言う。


「当たり前だろ。龍が創った世界だぞ」

「ここは界門の先の世界なのよね? あっちのどっかの場所、とかじゃないのよね?」

「ああ」


 首肯されて、そう、と呟いたセレナは、顔を下げてボソボソと口の中で何かを呟いた。

 そして、彼女は顔を上げて彼を睨みつけるように見据えて言う。


「貴方は私のことを、記憶を取り戻すための道具として使うって言ってたよね?」

「ああ、それがどうした?」

「私も、貴方のことを道具として利用させてもらうから」

「……はい?」


 彼女の言葉の意味がわからず、疑問符を一杯浮かべる彼。


「ここが本当に界門の先の世界なら、私はこの世界を見ないといけない。だから、貴方が私を利用するのなら、私も貴方をこの世界を見回るために利用させてもらうから」


 彼女の言葉を聞きながら、あー、これが唖然、とか開いた口が塞がらない、とか言う感じかぁ、などと考えてしまう。

 それほどまでに常識知らずで意味不明な彼女の言葉に、口を半開きにして固まっていた彼だったが、


「くっ、ふふふ……うふふふふ……」

「なんで笑うの!?」

「いやだってなあ……誘拐犯に『お前を利用してやる!』って……お前誘拐して正解だった」


 今後、これほど囁きに従ってよかったと思うことはないだろう。

 口の中で笑いを噛み殺した彼は、肩を震わせながら言う。


「俺は俺のため、お前はお前のため、良いじゃないか。くっくくくく……」

「あーもう! 笑うのやめてよクロ!」


 クロ、と言われてピタッと肩を震わせるのを止める彼。


「クロ?」

「あっ……」


 しまった、と口を抑えるセレナに、彼は首を傾げて尋ねる。


「それ、俺のことか?」

「うっ……旅をするなら、呼び名がないと困るでしょ?」

「確かに。でもなぁ……」


 クロ、というのは安直じゃないか? と言外に言われて、セレナは、うっ、と怯んでしまう。


「じゃ、じゃあなに? クロスケとか、クロ太郎とかの方がいい?」

「それ、クロと何も変わってない」

「い、良いじゃん! だって、上から下まで真っ黒だし! 貴方の名前はクロ、決定!」


 この話はもう終わりだ、と言うように一方的に話を切り上げて火を消して旅立つ準備を始めるセレナ。

 耳まで赤くしたセレナの横顔を眺め、彼は口の中で「クロ、クロか」と呟いた。

 セレナには安直だと言ったものの、自分を表すには丁度いいのかもしれない。

 黒い髪、黒い服。記憶のない自分を表す、名前。


「悪くない」


 そう呟いて、彼も洞穴を出る準備を始めるのであった。

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