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化け物と聖女

 天に輝く巨大な輪、界門(ゲート)

 それは龍によってもたらされた叡智であり、繁栄の象徴。

 界門からもたらされる、無限のエネルギーと物資。

 界門都市アルカフィアは、その恩恵を独占する神龍教の総本山で、どの国よりも繁栄していた。


「聖女様っ」

「聖女様ーっ!」

 

 そんな都市は今、聖女の凱旋パレードの真っ最中だ。

 きらびやかな装飾の施された鎧を纏った騎士たちに囲まれ、白馬に乗った聖女が、大通りを埋め尽くす民たちに微笑みを振りまいている。

 その姿に人々が熱狂し、手を振り上げて聖女を見つめる中を、黒い外套で全身を被った少年が歩く。

 ボロボロでみすぼらしく、華々しいパレードとは正反対の格好をした彼。

 しかし、人々は彼がどれだけ自分とぶつかっても、まるで気づかずに聖女に熱を上げていた。

 彼は熱狂する人々の間をなんとか抜け出して路地に入り、はぁ、と大きく息を吐く。


「ッ!」


 隣から息を呑む音が聞こえてそちらを見ると、ボロの服を着た少年が彼を見上げていた。

 彼と目があった少年は、ビクッと身体を跳ねさせた。

 ひどく怯えた様子を見て、彼は、ふっ、と小さく笑ってしまう。

 ゆっくりと腰を下ろして目線を合わせた彼は、優しい声色で尋ねた。


「ぱれーどをみにきたのか?」

「う、うん。騎士さまをみたくて……」

「みんながおおきくてみえないのか」


 たどたどしくおかしな発音に、少年がビクつきながら頷く。

 そうか、と呟いた彼は、考え込むように目をつむって下を向く。少し考えた後、彼は自分の力を使うことを決めた。


「うわわっ!?」

「これならみやすいだろ」


 目を開けた彼が一瞬視界から消えたと思ったら、次の瞬間少年の視線が高くなる。

 ふわりと足元がなくなる感覚に慌てた少年は、わたわたと両手を振りなんとか股の間にある黒いものにしがみついた。

 高い! 先程まで見上げていた大人を見下ろす高さに、少年は「わぁ」と歓声をあげた。 


「どうだ、みえるか?」


 彼の下半身は黒いドロドロとした物体に変化させることで、大人より背が高くなった彼が、少年を肩車したのだ。

 彼の言葉に頷く少年。

 その直後に大通りを通る聖女。この都市の憧れである聖女たちの登場に、興奮したように少年が彼の頭を叩いた。


「おにーちゃん! 騎士さまだよ!! それに聖女さまも!!」

「……ああ、そうだな」


 風に揺れる錆色の髪と蒼い瞳。声援に応える純白の鎧を身に纏った聖女を、彼はジッと眺めて思う。


――本当にやるのか?


 彼は記憶喪失だった。

 名を知らず、生まれを知らず、少しの知恵と変わった力を持つ彼は、ただ囁きに言われるままに生きてきた。

 『聖女を奪え』という囁きを信じて界門都市までやって来た彼だったのだが、都市に入り、聖女を見ればその気持ちが萎えていってしまった。


――いや、こいつは俺の記憶を知ってるかもしれない。


 訳の分からない囁きが執着する存在。

 記憶を失う前の自分と関係があるのかも、と怯む気持ちを無理矢理奮い立たせる。


「凄かったぁ。お兄ちゃん、ありがとう!」


 そうして聖女たちが去っていったあと、肩車から下ろしてもらった少年が、彼に頭を下げる。


「かまわない。おれも、やることをみつけたからな」

「そうなの? ……あっ、もう帰らなきゃ」


 お母さんが待ってるんだ、そう呟く少年だが、その表情はパレードを見たときと違って暗い。

 そんな姿を見て、彼は子供に目線を合わせると頭に手を伸ばして言った。


「また、あえるさ」

「そっか、そうだよね!」


 パッと笑顔に変わった、それじゃあ、僕帰るよ、と路地に向かって駆け出そうとする。

 と、思い出したように少年は立ち止まり、振り返って彼に声をかけて、


「あっ、そうだおにい……お兄ちゃん?」


 しかし、そこには彼の姿はなく、パレードの見物を終えて行き交う人々の姿があるだけで。

 お兄ちゃん、という小さな声は、人々の喧騒にかき消されてしまうのであった。





 パレードが終わり、四方を壁に囲まれた教会本部に入った騎士たち。

 彼らに紛れて教会に入り込んだ彼は、庭木の陰に隠れ、騎士たちの隙を伺う。

 そして、騎士たちが停止し、構えを解いた瞬間に彼は庭木の陰から飛び出し、変身した。


『悪いな』

「へ――?」


 黒くぬめりとてらつく皮膚と長い尻尾に異常に伸びた四肢、口から飛び出した不揃いの牙とギョロリとした複数の眼。

 長い手足を器用に使い騎士たちの中心から聖女を掴み取り、そのまま壁を駆け上がる。


「――逃がすなッ!」


 影しか見えなかっただろうに、次の瞬間には聖女が攫われたことに気づいた騎士たちが彼を発見し、攻撃を開始する。

 放たれる矢や槍の尽くを避け、警報の鳴り響く教会の壁を乗り越える彼。


「聖女様ッ!」

「追えっ! やつを逃がすなッ!」


 警報を背に屋根伝いに界門都市を脱出した彼は、凄まじい速度で平野を駆ける。

 胸元に置かれた手の中の聖女が叫ぶ。


「貴方誰ッ!? なんで私を、というかさっき言葉を」

『黙ってろ、舌を噛むぞ』


 彼が手の中を覗き、無数の眼に見つめられて彼女は、ひっ、と短い悲鳴を上げてしまう。

 しかし、すぐにキュッと唇を結ぶと、彼を睨み返しながら彼女は言う。


「か弱い女の子を攫って恥ずかしくないの!?」

『か弱い? 物騒な斧背負ってた奴が?』

「……私だってもっと綺麗なのがよかったもん」

『……なんかスマン』


 気まずい空気を払うように、背中に飛来した火の玉を尻尾で払い、彼が後ろを振り返る。

 馬に乗った騎士たちが後方から追いかけてくるのが見えた。


『よほど大事なようだな』

「聖女ですから」


 当然でしょう、とニコッと笑ってみせる彼女に返答しようとして、背中が爆発する。

 僅かによろける彼。振り返れば、騎士たちから火の玉と矢が飛んできているのが見える。

 二発目を食らう訳にも行かず、ジグザグと移動することで降り注ぐ火の玉と矢を避けていく彼。

 火の玉は地面をえぐり飛ばし、彼の横を素通りして地面を抉り停止する金属製の矢は、矢というより槍に近い。


『さっきから、当たれば死ぬぞ!?』

「化け物を殺すためですし」

『俺じゃない、お前がだ!』


 化け物を殺すには十分な威力を持つだろうが、人間に当たればどうなるかは想像に容易い。万が一聖女が巻き込まれる事を考えているとは思えない攻撃。

 騎士たちの正気を疑いながら尻尾で弾き、避けながら走る彼に、彼女は言う。


「まあ、当たれば死にかけるでしょうねえ」

『んな呑気な』

「だって、死ななけりゃ治せますし」


 死にそうなくらい痛いですけど、と変わらずニコリと彼女は笑う。

 その笑顔を見た瞬間、彼の頭の芯が爆発した。

 両足に力を込め、地面を陥没させながら跳躍。一気に高度を上げた彼は、空中で騎士たちへと振り返る。

 狙いは騎士たちの中心。腹の底から湧き上がる熱を口へと運び、雄叫びと共に彼の口から炎が吹き上がる。

 紫色の炎の玉。彼の口から放たれたそれは瞬く間にその大きさを増していき、騎士たちを呑み込んで爆発した。

 轟音と衝撃が彼の身体を揺らす。


『ふざけるなッ、ふざけるなよ……』


 突然噴き出した不愉快な気持ちが胸の中を渦巻き、それを言葉とともに吐き出しながら、彼は彼女を見た。


『聖女、よく聞け』


 走り出した彼は、溢れる衝動のまま口走る。


『俺には記憶がない。だが、俺の中には常に囁く何かがある』


 子を護れ、約束を果たせ、それが、彼が常に囁かれる言葉だった。


『意味はわからないが、お前が必要だ。俺の記憶と、囁きの正体を知るために。その道具としてお前を連れて行く』


 そう言い終え、彼は足を止める。

 逃走中のはずなのに、平野のど真ん中で立ち止まる彼を見上げた彼女は、彼の視線に釣られて前を見て息を呑んだ。

 空にある筈のものが目の前にある。彼一人が通れるほどの大きさの光の輪が。


「界門、どうして……」

『分からないが、俺はアレと関係があるらしい』


 アレが出るところが分かる程度だが、と彼は小さな界門に近づいていく。しかし、急に界門の目の前で立ち止まると彼女を手から下ろした。

 え? と困惑する彼女の前で膝を付き、彼は言う。


『さあ、どうする? 俺に利用されるか、それとも逃げるか』


 急に与えられた選択肢に彼女は弾かれたように彼の顔を見て、また戸惑うように辺りを見回し始めて。

 彼女の視線がアルカフィアの方へと向けられ、ピタリと動きが止まる。そして、グッと歯を食い縛った彼女が振り返って言う。


「ねぇ、貴方に着いて行ったら何があるの? そこに、私はいる?」

『それは……』


 小首を傾げ、軽い調子で言う彼女だが、その表情はまるで縋り付くような悲しそうなものだった。

 なぜそんな表情をするのか分からず返答に詰まってしまう彼。

 だが、何かを伝えるべきなのだろう。そう考えた彼は、ボソッと呟いた。


『そう、だな……お前は道具だからいるもいないも関係ない』


 ただ、と言葉を続ける。


『ただの道具より、斧を背負えるくらいか弱い奴の方が楽しいだろうな』

「なにそれ」


 訳分かんない、と顔をクシャッと歪め、彼女は笑う。


「斧背負う人はか弱くないでしょ」

『そうか』

「うん」


 彼女が一歩前へ出ると、彼は丁寧に彼女を両手に抱えて立ち上がり、ゆっくりと界門に足を踏み入れる。

 すると、淡い光が二人を包み込み、元から何もなかったように界門も姿を消してしまうのであった。

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