4 別離
4 別離
僕が通っていたフリースクールというのは、内観というのを取り入れていた。しかし、最初説明を聞いた時には、ニールとかいう人の『子供は生まれつき善である』という考えに基づいて、子供達の自治による教室運営をしているということだった。
「フリースクールって、何をするところなの?」とよく聞かれる。その都度、僕は、返事に困った。
最初に通った去年の十二月は、フリースクールの建物自体が老朽化して、二階が一階に崩れてきそうになっているということで、毎日、廃材を運んだり、釘を打ったり、建物の補修で過ぎていった。当然、僕はすることができて、面白かった。毎日毎日、話を聞いてもらったり、話を聞かせてもらったりした。
正月は、母親と父親の両方の親元に行って、たっぷりお年玉をもらった。父親からももらったけれど、母親はくれなかった。去年まではくれていたけれど、今年は本気でお金がないみたいだった。
「お前、何でもいいから働けよ」と僕は言った。
「お前見てたら、イライラする。ちゃんと仕事しろよ。そんな小説みたいなものと違って、どっか会社にでも勤めて給料もらえよ。夢ばっかり見てるなよ」
「悪いけど、私には、夢なんかない。昔は確かにあったかもしれないけれど、夢は全部実現させてしまった。私は実現しない夢は見ない。だから、私の場合、夢ではなくて、単に到達する目標なだけ」
「何言うてんのかわからへんけど、金なかったら困るやろ」
「別に」
「お前が困らんでも、オレが困るんじゃ。メシ代とかもあるし、どうすんねん」
外に出るようになってから、今までならいらなかった外食代がかかるようになった。酒も飲むようになったし、煙草も吸うようになった。
「自分が困るんやったら、自分が働けば?」と母親にとったら、まるで他人事だ。
「お前、一回、殺したろか。そら、いつかは働くよ。けど、今は無理やろ」
外に出るようになって、一人で暮らしたいと思うようになった。コイツと一緒にいたら、自分はダメになると思っていた。けれども、そんなことを本気で思っていたかと聞かれると、自分が働くという姿を想定するのが無理なように、漠然とした願望だったようだ。
だって、僕は、そのために仕事を探すわけでもなく、住むところを探すわけでもなく、ただ、毎日を漠然と過ごしていただけだからだ。
そんな時に、車の事故が起こった。起こったというより、起こした。
新学期が始まる日の正午だった。
その事故を境に、全てがズルズルと崩れていくように思えた。
僕自身も、混乱していた。事故のショックもあったかもしれないけれど、一人でいると不安で不安で仕方がなくなった。自分が生きているこの世界が、ドロドロと溶けていくような恐怖感がある。また、この世界は、実際に、ドロドロと溶けていきつつあった。
僕は、二つの人間に分裂していた。
一つは、母親との生活をする間に育って行った、社会的な自分だ。これは、母親の願望が作り上げた僕かもしれない。
母親の知り合いに会って、色々な話をする。家では、グズグズしていて、何もできない僕だけれど、そういうキチンとした大人の前に出ると、自分でも意外なほど落ち着いており、僕の話すことに、皆が興味を持ち、僕の意見に感心してくれた。後で考えれば、僕の話していることの大半は、母親の意見の受け売りだ。けれど、僕は、ずっと、それが自分の意見だと思い込んでいた。
フリースクールや、その関係で回ってくるボランティアの仕事、親父の両親のところに行った時などは、社会的な自分を存分に発揮して、僕は、自分自身に満足していた。
しかし、本当の自分というのが、もう一人いる。
社会的な自分が、カッコ良すぎるせいか、僕の心の中は、一人になると、ドロドロしだす。
誰か助けてくれよ、救ってくれよ、とのたうちまわるのが、本当の僕だ。
家にいると、全般に確認行動を繰り返す。その僕は、悪いことだと思うことをすると、ゾクゾクと興奮する。
社会的な僕は、舞台で完璧な演技をしているけれど、本当にしたいことは、演技ではない。
親父の車を盗んで、友達とドライブする。友達に車の運転を教えてもらう。女の子と付き合って、バカ話をする。セックスのことを考える。
社会的な僕にも、ちゃんと好きな女の子がいる。その子とは親しいけれど、セックスのことなんか考えられない。時々電話をかけたり、電話がかかってきたりするけど、重い沈黙の時間がある。お互いに真面目だから、話題に詰まる。こんなことを言って、嫌われたらどうしよう、と思う。いつも、いつも、相手がどう思うだろうかということを考えて、ズタズタに疲れ切ってしまう。
スカッとしたいと僕は思う。
どこかでわかってはいる。そんなことをしていてはいけないということぐらい。
母親には言わなかったけれど、フリースクールでは、車をこすった後も、親父の車を乗り回しているというのは、言っていた。このことは、夜間高校の担任の先生にも言っていた。
そのキーを捨てなさい、というのは、両方から言われた。
僕は、フリースクールのスタッフの女の人に話を聞いてもらっていた。そして、春休みが終わったら、キーを渡すと約束した。
「絶対の絶対の約束よ。それまで、絶対に車に乗らないと約束できるわね。約束破ったら、針千本よ。わかってるわね」
「はい。約束します。始業式の日に、必ず鍵を渡します」と社会的な僕は、答えた。
当然、その時は、そのつもりだった。しかし、僕は、すぐに、そのつもりになってしまう人間だ。それは、その時点では、絶対に嘘ではない。これは、誓ってもいい。
しかし、家に帰る途中で、友達に電話して話していると、そんな約束は、友達との間では、取るに足らないものに思えてくる。そもそも、どこかに行ってしまっている。
そうして、春休みの間、僕達は、親父の車を乗り回していた。
春休みが終わったら、キーを渡すんだから、という意識もどこかにある。乗れるのは、春休みの間だけなんだから。
乗って、乗って、乗り回せ。
ああ、もう、こういう冒険も今日で終わりか、と思う。
明日から始業式という日、僕達は最後のドライブに出た。最後のドライブというので、気分は最高に盛り上がったけれど、僕は、親父にばれさえしなかったら、まだいけると思っていた。
いや。僕は、自分の醜い心を認めるのが怖いので、何も考えなかったかもしれない。
前にも言ったかもしれないけれど、運転できる友達は、前日、僕の家に泊まった。何も知らない母親は、僕と友達にごはんを作ってくれた。
次の日の夜、友達と二人で、親父のマンションに行って、壁にかかっているガレージのキーを持って来た。ま、平たく言えば、盗んできた。
ところが、いつものように、ガレージを開けようとしているところに、偶然親父が会社から帰って来た。
友達は、まずいと思ったのか、物陰に隠れた。
僕は、瞬時に、社会的な僕の顔になる。
「あれ? どうしたんや?」と親父がたずねた。
「友達と近くまで来たら、喉が乾いたから、お父さんのところで、お茶でも飲ませてもらおうか、と思ったんやけど。迷惑かな?」と僕は平然と言った。
「友達は、どこにいてるんや?」
僕は、落ち着いて、友達を呼んだ。友達の顔から表情がなくなっていたけれど、気にはならない。
「それやったら、お父さんもごはんまだやし、一緒に食べていくか?」
僕と友達は、父親の行きつけのお好み焼き屋に行って、お好み焼きと焼きそばとビールを奢ってもらった。おなかがすいていたので、本当においしかった。
「ごちそうさまでした」と言って、店を後にした。
「あんまり遅くまで遊んでたらアカンで」と親父は言った。
「うん、なるべく、早く帰るわ」と僕は答えた。
親父が、帰った後、僕と友達は、身体をつつき合って笑った。緊張がほぐれたのだ。
最初から予定していたことだし、ガレージを開けて、車にキーを差し込んだ。
どこかで、止めておいた方がいい、という声が聞こえてくる。
「マナミ、車、喜ぶかな」という友達の声で、そんな声は、どこかに消えた。
「当たり前やろ。歩いて遊ぶん、カッタルイやん。車やったら、速攻、乗るって」
友達の運転は、親父の運転より、遙かに安定感がある。安心して乗っていられる。だから、僕は、友達の運転する車に乗りたいと思う。
安心して身体を預けられる。安心して居眠りできる。
前にバンパーをこすった時、僕は、友達から絶交されかけた。
僕は、親父に正直に話して、謝ろう、と言った。
オレは、お前とは友達だと思っているし、絶対に裏切ったりはしない。オレも、一緒に謝る。
けれど、友達は、僕の提案については、何も言わなかった。何もする気はないんだとわかる。
その後、親父は、一緒に車に乗っていた、友達の友達が作った話、つまり、どこかの大人が車を運転して、ガードレールにこすった、という話を信じて、何とか保険を通すために、警察を呼んだらしかった。
一緒に謝ろうという話には全然乗り気ではなかった友達は、警察が来ているということで、「お前、警察にチクッたやろう」と電話をかけてきた。いくら、僕が違うと言っても信じなかった。
今までに何度か警察に呼ばれているので、今度警察に呼ばれたら、カンベ(鑑別所)に行かんならん、と友達は心配していた。僕は、友達にそんなところに行って欲しくなかった。
僕は、サツにチクッたという無実の罪で、半分以上絶交されかけたけれど、警察が友達の家に行かなかったので、また、一緒にドライブするようになったのだ。
「そんなんの、どこが友達やのん?」というお母さんの声が耳元で蘇るけれど、お母さんには、友情とか友達というものがわからない、と僕は思っている。
多分、お母さんには、僕にとっての友達みたいな友達とは、一度も出会ったこともないし、付き合ったこともないんだ、と思う。
ドライブの途中はすごく楽しかったけれど、大人は誰でも結果しか見ないので、結果だけを報告することにする。
結果は、親父の車はペッタンコ。鉄柱に追突したんだ。僕達は―僕と友達と、友達の知り合いの女と、偶然家出して、女の家にいた女の四人は―奇蹟的に助かった。
友達の母親は、警察で、頼むから鑑別所に入れてくれと頼んだらしいけど、「お母さん、悪いけど、今、鑑別所、満員なんですわ。それに、お母さんが入れてくれと頼んだらアカンでしょう。入れないとアカン場面になったら、こっちから手配しますから、それまでは、息子さんの面倒見てあげてください」と反対に頼まれたらしかった。
これは、母親から聞いた話なので、本当かどうかはわからない。
僕は、警察にいる時も、病院にもう一度行った時も、今日は始業式だから、これから、フリースクールに行って、夜間高校に行くんだ、と思っていた。
今、自分がいるところが、理解できなかった。
あの事故で、社会的な自分、何年にも渡って、慎重に作ってきたはずのカッコイイオレは、どこかに消えてしまった。
社会的な自分というのは、弱くてビクビクしていて、そのままでは立っていることもできないような、不安の塊である、本当のオレを覆う鎧みたいなものだったのだろう。
そんな一時しのぎの鎧は、事故の衝撃で、簡単に壊れてしまったみたいだ。
僕は、何とか友達にしがみつこうとした。同じ怖い経験をした者同士だからだ。
しかし、友達といると気分は非常に楽だけれど、自分が何とかしたいという肝心の点は、抜け落ちたままだった。
楽しいし、楽。
詰まらない話をしたり、ゲームをしたりして、時間を潰す。
事故の翌日から、友達は、五日間、うちの家に泊まった。僕も、誰かにそばにいて欲しかったし、友達も、家にはいられる状況でなかったようだ。
僕には、わかっていた。母親は、こういう状況で切れやすい人間だということは。
そうでなくても、僕には直接来ない、父親からの非難叱責が母親のところに集中攻撃することもわかっていた。
けど、僕は、父親からの非難は、自分のところに来るよりは、どこか他に行って欲しいと思っている。それが母親であって、悪いわけはない。
親父は、僕やお姉ちゃんには、いつも優しい。優しいというのとは、少し、違うかもしれない。
気を使っている。
言いたいことをハッキリ言わない。怒るべきところでも、ハッキリ怒らない。けれど、その分が、母親に向かうことはわかっている。
アイツは、バカなんや、と母親を見て思う。
僕の場合はいいとしても、お姉ちゃんに非難攻撃された時、母親は全然腹を立てるわけでもなく、黙って聞いている。
「何で怒らへんねん!」とほんの少し聞いている僕の方がキレる。
「何が?」と言われると、僕は怒りの持って行き場がなくなる。
僕は、母親を責めるより、きちんと自分を責めて欲しい、と親父に思う。
それはイヤやよ、親父に責められるのはイヤや。けど、こんな、何の言い返しもできんような人間を責めるなよ、と思う。
オレはいいよ、と思っている。
僕は、息子やから、いくら母親を責めてもいいよ。けど、僕のことで、関係のない母親を責めるのはやめてくれよ。僕やお姉ちゃんにまで責められてるんやから、それ以上に責めるのはやめてやってくれよ。
自分は、いい息子やな、とそういうことを感じる度に思う。
「あんたが事故を起こすより、警察に行ったり、病院に支払いに行ったり、診断書をもらって提出したりするより、そのことでゴチャゴチャ言われる方が、百倍しんどいわ」と母親がもらしたせいもあるだろう。
僕もお姉ちゃんも親父も、母親を甘く考えている。いくら何を言ってもいい存在だと思っている。百ほど責めてもいいと思っている。言いたい放題言っていいと思っている。
何でか? と言われたら答えようがないけれど、どこかでそういう存在だと思っている。確かに、影響は受けるけれど、受けなくても平気。ある種、どんな無理難題でも、何とか平気な顔をしてやりすごす。
けれど、今回に限って、母親は僕を完璧に突き放した。
「あんたは、全然、反省していない」と母親は断言した。
「何でやねん。オレは反省してるよ。本当に悪いことしたと思ってるよ。何で、オレでもないお前に、そんなこと、勝手に決められなアカンねん」
「つまり、」と母親は言った。
「あんたが反省していないというのは、まだ車が無事やったら、あんたは、何とも思わずに、もう一度乗るだろうということ。今、車があったら、また乗るでしょ」
「そら、乗るよ」と母親の誘導尋問に引っ掛かってしまった僕は言った。
「反省というのは、二度と同じ過ちは繰り返さないということで、機会さえあったら、また同じことをするというのは、全然何の反省もしていないのと同じなのよ。あんたは、ほんまに……死ぬまで、同じことを繰り返す人間なのよ」
「それは、お前が、オレに何の期待もしてないからやろ。オレの周囲の誰も、オレに何の期待もしてないからやろ。そやから、オレは、こんなことをするようになったんや」
「本当に、そう?」と母親は言った。
そのことばの調子に、僕は、心底、ゾッとした。
「それはわかってるよ、オレは悪いことしたと分かってるよ……」
「本当にわかっている? あなたの周囲の人は、誰も無理な期待は抱いていないけれど、あなたが一体、何をしてくれるかを、本当に、長い目で、ゆっくりと見守ってくれているのよ。一体、一樹君が何をしてくれるかを。あなたが、ゆっくりと成長していくのを、本当に楽しみに見守ってくれているのよ。誰一人として、あなたが悪い方向に成長していくなんてこと、考えたこともないのよ。だから、その期待の中で、何かをやるあなたというのは、本当に、そのことがしたかっただけなのよ。自分が好きでしたことでしょう。自分で責任を取るのが、当たり前でしょうが」
僕は、何も言えずにいた。
そら、お前の言うことは、いつも全部正しいよ。オレは間違ってるよ。けど、そうやってオレを追い詰めて、どうする気なんや。オレは、今、お前のことばに追い詰められている。追い詰めるだけ追い詰めて、どうするつりや。
「お前は、オレを追い詰めて、どうするつもりなんや」と冷静に言ってみた。
「本当だったら、自分で自分を追い詰める問題だけど、友達と何もなかったことにして、何の反省もなく、反省自体、全然やる気がないみたいやから、言うてみただけ」
「オレは、反省してるよ」
「反省するなら、他人を巻き込まずに、一人でしたら」
「お前は、単に、友達が家に泊まってるのが、イヤなだけやろ」と言ってやった。
「そうよ。イヤよ。こんな狭い家に、他人がずっと泊まっているのはイヤよ」
「それだけのことやろ」
「そう。それだけのことが、すごくイヤなの。だから、やめてくれない?」
「オレが、友達を自分の部屋に泊めるのは、オレの勝手やね」
「だから、いくらでも勝手にしてくれていいのよ」と母親は言った。
「自分の家でなら、いくらでも勝手にしてちょうだい」
「それ、どういう意味やねん。ここは、オレの家と違うんか」
「残念だけど、ここは、私が借りている私の家で、あなたの家ではない。もっと厳密に言ったら、ここは、家主さんの家で、私の家でもない。けれど、ここの家賃を払い、ここの生活を維持している私の家だと思っている。もし、自分の好き放題にしたいんだったら、自分で働いて、お金を稼いで、自分の部屋を借りてちょうだい」
「お前、目茶苦茶なこと言うてんぞ。オレにそんなことできないと知ってて、言うてるやろ」
「いや。今度のことで、あなたの成長がわかったわ。あなたは、こんな事故を起こせるぐらい頭がいいし、実行力もある。もう、私が放しても大丈夫だという確信を持ったわ」
「勝手に確信持つな。親やったら、オレを養え。いいか、メシもずっと作れ、洗濯もしろ。いつも洗濯もんを溜めるな。毎日ちゃんと洗濯しろ。こずかいも渡せ」
「何のために?」と母親はウンザリしたように言った。
「オレのためじゃあ」
「私と暮らすことは、本当に、あなたのためにならないわ」
「オレかって、そんなことはわかってるんじゃ。けど、オレは、親父と暮らすんだけは、イヤやからな。絶対にイヤやからな。オレは、自殺するか、親父を殺すか、どっちかしかないからな」
「別に、どっちでもいいのよ」と母親は、疲れ切った表情をした。
「本当は、もうどうでもいいのよ。とにかく、もうこれ以上、こんな生活は続けていけないということよ」
「何でやねん。お前が、働いたら、いいだけの話やろう!」
「だから、何のために?」
「オレや……お姉ちゃんのためにじゃ」
「もう、充分、働いたと思うけど」
「もっともっともっとじゃ。今なんか全然働いてないやろ。もっとじゃ、もっと。もっと働いてから言え」
「それって、一回でも自分が働いてから言ってくれる? 勉強する気も、働く気もないんだったら、どこでもいいから、ここから出て行ってくれる?」
何で、オレが、そんなことを言われなアカンのじゃ。そら、わかってるよ。前に言われたよ。学校にも行かず、働く気がないんだったら、これ以上養えないというのは。
目茶苦茶やないか、それでも母親か、親父が母親のことをわけがわからんと言う気持ちがわかる。全然母親としてやってないというのもわかる。子供のことなんか全然考えてないというのもわかる。ほんまに、全然考えてないやないかあ!
僕は、事故以来、また、家に閉じ籠もるようになった。
一人では、何もする気が起こらない。
僕にとったら、フリースクールだけが、唯一の居場所で、こういうことになった場合の、唯一の避難所だと思っていた。
だから、今までの続きで、本当に、何も隠さず、あったままのことを言った。だから、新学期になってから、フリースクールに行ったのは、一日だけだ。
僕は優しくして欲しかった。
僕のことを、いいことも悪いことも含めて認めて欲しかった。
僕は、自分を産んだ母親からさえも拒絶されている人間だった。どこにも行き場所も居場所もない人間だ。
そんな、僕の人生の中で、唯一の救いはフリースクールと出会ったことだった。
「一樹君に言うことがあります」と言われた。
それまで、ほぼ百パーセント信頼していた場所だっただけに、こういう切り出し方をされて、僕は今まで何をしてきたんだろうか、と思った。
つまり、僕は、スタッフ全員の信頼を裏切ったらしかった。特に、スタッフの女の人、新学期まで車には乗らない、新学期にキーを渡すと約束した女の人の信頼を完全に裏切ったらしかった。それは、フリースクール全体を裏切ったことになるらしかった。
僕に三つの条件が出された。
まず、集中内観に行ってから、毎日朝晩一時間ずつの内観をすること。何でかわからないけれど、もう一つの条件は忘れた。多分、何も考えなくてもできることだったからだろう。
僕は、二つの条件までは無条件に飲めると答えた。しかし、また新たに集中内観に行くのには抵抗があった。
僕は、この年の二月の始めに、母親のあおりを受けて、富山県にまで集中内観というものを受けに行った。
まだ、雪の残っている北陸の地で、僕は内観というものを生まれて初めてした。
母親はあんまり期待していなかったみたいだけれど、僕は受けてみてよかった、と思っている。
それまで嫌いなだけだった親父に、養育費の計算をしたこともあって、大変お世話になったという気がした。また、母親に対しても、お世話にばかりなって、何のお返しもせずに、今まで生きてきてしまった、申し訳ないという気分がわいた。
だから、北陸から戻る途中、僕は、必死で母親の荷物を持った。それまでは、母親が持つのが当たり前だと思っていたのだが。
その経験をフリースクールで発表もした。皆が感心して聞いてくれた。
しかし、それだけのことだ。
その後、却って、自分の欲望に正直になったというのは、集中内観のお蔭ではないのか? それまでには、意識の下の下に押さえつけていた、自分の本当の欲望に正直になれたこと、それは、内観のお蔭だと思っている。
大人の喜ぶ、ピエロを演じるのが、ある種、馬鹿馬鹿しいと感じられるようになった。
僕が、事故を起こすほど、自分の欲望に正直になれた、それも内観のお蔭ではないのか。
わかっているよ、本当に内観の深みにいけたら、そういう欲望も起こらなくなるだろうことは。けれど、それが、本当に、人間の生きる姿だと言えるのだろうか。
本当は、ここまでは言いたくなかった。
僕が一番恐れていたのは、フリースクールを作ったという、夫婦の姿だ。人間から喜怒哀楽を奪ってしまったら、こうなるだろうという姿。
ああ、僕は、何てことを言ってるんだ、という気持ちは充分以上にある。けれど、あれが、内観をしてなってしまった姿なら、僕は、ああはなりたくない、と思った。
生きながら、死んでいる。内観にだけすがって生きている。
僕は、内観を否定しない。けれど、僕は、自分が生きて行く道の途中に内観があると思っている。自分の人生の手助けの一つとしてあるんだ、と思っている。
内観のために、自分の人生があるとは思っていない。
それは、もう人生に何のやりたいこともない年齢だったら、いいかもしれない。けど、僕は、まだ終わらない人生だったら、充分に生き楽しみたいと思っている。
僕は、まだ、十六才だ。六十年も七十年も生きた人とは違う。
フリースクールからは、毎日電話があるけれど、それは、もうどこか遠い世界の物語だ。
ある時は、僕が、フリースクールの生きの根を止めたようなことを言われた。
元々、経済的にも、精神的にも大変な仕事だったようだ。新学期になった時点で、毎日来る子は二人だけになり、スタッフの一人、僕が一番好きだった岡田さんは、五月で退職するらしい。
あの小学生の女の子達はどうなったんだろう、あの人は、あの子は、と様々な人の顔が脳裏に浮かんだ。
お母さんに言わせれば、『甘い』ということかもしれない。
しかし、僕が事故を起こしたことは、フリースクールには何の関係もないことではないのだろうか。
僕が、事故を起こした。もっと言えば、僕が起こしたわけではない。僕の友達が、僕の親父の車で事故った。
フリースクールは、本気で、それを止められると思っていたんだろうか。
「内観はいいと思う。あなたにとって、プラスやと思う。けど、ハッキリ言って、内観がすべて、内観さえすれば救われると思って、自分のするべきこともせずに、内観に逃げるのは、内観に対して、失礼やと思う」とお母さんは、アッサリと言った。
僕は、スッカリ拍子抜けした。僕は、フリースクールに、これから先も行き続けるためだったら、内観に行ってもいいと思った。そして、お母さんも、フリースクールと同じことを言うだろうと思っていた。
あなたには、内観が必要、内観が足りない、内観さえすれば、救われる。
後で聞いて、ビックリしたけれど、内観にさえ行けば、というフリースクールの人に、お母さんは言ったらしい。
「私も内観というのは、本当に素晴らしい精神療法だと思っています。私自身、それで随分救われた部分もあります。過去のトラウマに正面から向かいあえました。けれど、それは、人事を尽くした上で、それでもなお、解決できない部分があった時、初めて、威力を発揮するものだと思っています。何か困ったことがあれば内観、問題が起きたら内観、何もなくても内観というように、内観に自分の人生を完全に依存させてしまう、それは、やはり、おかしいと思う。自分の人生は、自分が決めるもので、内観に決めてもらうものではない。そこで、全力を尽くして初めて、内観に一部できないことをまかせる。うちの息子だけでなく、全部の生徒がそのあたりを見ていると思う。フリースクールに行くような子は、うちの子もそうだけれど、何がなくても学校という価値観に収まりきれない。そういう子に、何がなくても内観と言っていれば、見放されるのは、時間の問題ではないでしょうか」
お母さんが実際には何を言ったのかは知らないけれど、お母さんの考えを要約すれば、そういうことになるだろう。
けれど、僕は、お母さんを恨んだ。
僕は、内観でも何でもどうでもいいから、もう一度、フリースクールに通いたかった。当然、取り引きみたいに相手の持ち出す条件は、僕には我慢できないものだったけれど、それでも、僕は、何とかして、自分の居場所を守りたかった。
フリースクールは、この長い年月の間、生まれて初めて僕が自分の力で獲得した、自分の居場所だった。
そんな場所なら、死にもの狂いで守るのが本当だ。
死にもの狂いで守りたい。
けど、僕は、そう頭で思うだけで、実際には、何をするわけでもなかった。
フリースクールからかかってくる電話に答える。それだけ。
僕は、そういう人間だ。
ある時に……つまり、今がそうだ。
今の自分の生活が完全に危ない時に、僕は何もしない。
学校にも行かなくなったんだから、本当に、この生活を続けたいんだったら、バイトを探すとか、他の学校を探すとか、最悪、夜間高校に通う手段をこうじる、というのが、普通、やることだと思う。
けど、そうやればいいな、と思いながら、僕は何もしない。
このままだったら、ヤバイ、ということはわかっているけれど、今が決定的にヤバイわけではないから、何もしない。
何もしないうちに、ドンドンやばい方向に流れて行くことがわかるけれど、何もしない。それで、もっとヤバイ方向に流れていったりする。
またまた、事故った友達を家に泊めて、「金くれ」とお母さんを脅す。
「アイツもオレも、腹減ってるんじゃ」
「お金はないよ」とお母さんは言う。
「あるやろ。財布に、一万円とか五千円とかあるやろ」
「ないよ」
「嘘つけ。何で、ないんじゃ」
「ないものは、ないのよ」
「それやったら、オレの貯金の分、オレに渡せ」
僕の貯金というのは、僕が赤ちゃんの頃から、お年玉とかを親戚やお祖母ちゃんに貰ったのを、お母さんが貯金してくれている分だ。
「わかった」とお母さんは答える。
「わかったんやったら、今、くれ」
「今、お金はないのよ」
「何でないんじゃ。オレの貯金の分があるやろ」
僕は、友達がいることも手伝って、普段よりも余計に暴れる。
「あなたの貯金は、定期だから平日でないと下ろせないのよ。月曜日から金曜日までの、平日九時から三時まででないと下ろせないの」
「何かようわからんけど、早、下ろしてこいよ」
「そんなに下ろしたいんだったら、自分が行けば? 行っても、銀行やってないから、下ろせないけど」
「それやったら、銀行やってる時に下ろしたらいいやろ。その分、今、オレに渡せや。オレ、金ないんじゃ。腹減ってんねん」
「うちもお金ないの。今、一番お金ない時なの」
「それやったら、どないすんじゃ。腹、減ってんじゃ」
「お米はあるから、ごはん炊いたら? 冷凍の牛丼と中華丼があるから、レンジで温めたら?」
「お前がやれよ。メシぐらい作ったれよ」
「イヤ」
「何が、イヤなんじゃ。子供にメシぐらい食わせたれや。オレかって、バイト探すって、言うてるやろが」
「探してから言ってくれる? ごはんの炊き方がわからなかったら、聞いてね」
友達の手前、いつものように、もっと暴れまくることはできなかった。
クソ、覚えとけよ、と思いながら、言われるままに、米を洗って、炊飯器に入れた。それから、レンジで冷凍の牛丼と中華丼を解凍して、友達と一緒に食べた。
腹が立つけど、うまかった。
「いつ、家を出て行くか、きちんと決めてね」と母親は言った。
「何でじゃ。オレは、親父のところになんか行かへんからな」と友達の手前、いつもほど荒れ狂わずに言った。
「別に、どこに行ってくれてもいいのよ。ここには、いて欲しくないだけで」
「何でじゃあ」
しかし、僕は、それは、単なる脅しだと思っていた。今までと一緒。何やかんや言うても、母親は僕のことが大事。僕がいないと生きていけない。
僕は、また、以前の生活に戻る。慣れた生活。一日中ゲームをしていて、テレビを見て、音楽を聞く。どこにも行かない。
唯一の違いは、フリースクールからの電話、また、僕が友達にかける電話。
僕は、友達が来てくれる時だけは、昔の生活を離れて、外に出て行くことができた。
ムカツクのは、母親が、僕との会話を拒絶していることだ。
「あなたと話しても、時間の無駄だから。いつ出て行くか、ハッキリ決めたら、言ってちょうだい」
「そやから、そういうことについて、全部、話し合ったらいいのと違うんか」
「私、悪いけど、暇つぶしの相手を、これ以上する気ないから。ちゃんと決めたら言ってね」
何やねん、それは! と一人で怒り狂っても、虚しいだけだった。今までなら、必ず、母親を巻き込めた。
オレ、今度、こういうこと考えてるねん、とか、聞くだけ聞いてや、お前の意見も聞きたいから、という切り込み方で、母親はバカだから、僕の話を聞き、僕のメシを作った。
僕のメシのために、有機農法の野菜や肉を買っていたりした。僕の健康のために。
オレなんか死んだ方が……と言うようなことをほのめかすと、必ず、反応した。
嘘や冗談で言っていたのではないけれど、僕は、どこかで母親の急所を知っていると思っていた。
まだ、父親は、もしかすると、弱い僕は死んでしまうかもしれないと、ビビッているところがある。
オレに死なれたら困るんや。そうや。困るんや。そやから、事故の時でも、自分の車がペッタンコになっても、オレに腹を立てる勇気がなかった。
「オレは、時々、自分が、この世からいなくなった方が、いいかもしれんと思う」
僕は、母親に言う時には、これぐらい単刀直入に言う。そうでも言わないと、全然、通じないからだ。
「人間、生きていてこそやんか」とか、「あんたが、生きているお蔭で、あんた自身は気がつかなくても、誰かの、または、何かの人生を救うことになるかもしれない。人間が、生きていることって、それだけ凄いことなんよ」というのが、これまでの返事だった。かなり不器用な返事だけれど、死ぬ気でいる人間を、何とか思い止まらせるぐらいの力はある。
「あ、ほんま。自分がそう思うんやったら、それはそうかもしれへんね」と、今回、母親は言った。
僕は、色々なことばを、頭の中で転がしていたけれど、結局、怒りの方が強く出た。
「……お前は、オレが、死んだ方がいいと言いたいんか!」
「そうね。生きてても、仕方無いみたいやし、死にたいんやったら死んだら?」という即答が返ってきた。
「オレは死にたくないよ、オレは死なんよ」と僕も、即答してしまっていた。
「それやったら、好きに生きたら。悪いけど、これ以上、何も言いたくもないし、聞きたくもないから、家を出ていく日が決まったら言って」
「それは、何やねん。何で、オレと話せえへんねん!」と怒り狂ったけれど、母親は、僕の存在を完璧に無視していた。
オレは、見えない人間になったのか、と思った。
フリースクールのスタッフの一人は、通ってくる生徒の一人、いつも他の生徒に罵声を浴びせたり、スタッフにも暴言を吐く生徒を、「ボクは、あの子が見えないから、全然気にならない」と言っていた。
僕は、そのことばを聞いた時、身体が崩れるような不安を味わった。そんなことが人間にできるのか、と思った。それは、一人の人間の存在を、完全に否定することだと思った。僕には、そんなことはできない。
それを、僕は、自分の母親にやられていた。
そして、『子供の存在はすべて善である。』というモットーがあるはずのフリースクールでもやられていた。
僕の存在が、善ではなく、悪だと思うからやってるんだな、ということはわかった。
もしも、人間の存在が善だと思うのなら、無条件に人間を信頼するのではないのか。
それを、僕が絶対に、物理的にも精神的にも、最終的に金銭的にも絶対にできないことを条件に出してくるのは、その思想自体の敗北ではないのか。
できないとわかっていることを条件にするよりは、もっと正直に、あんたはクビと言って欲しかった。そしたら、僕だって、こんな優柔不断で、いつも相手の出方だけを伺っているような僕だって、スッパリと諦めがつく。
ここまでわかっていても、僕は、フリースクールに受け入れて欲しかった。
しかし、受け入れてもらうような働き掛けは、自分の側からは一度もない。すべて、相手側からの働き掛けだけで、僕は、それに、はあ、うん、それは……と答えるだけだった。
しかし、それでも、フリースクール側の条件は緩んでいった。親父と一緒やな、と僕は思った。
僕は、やはり言われるように、家で二回ぐらい内観をした。本当なら、毎日二時間の内観だったが、一応、形だけはやった。そして、相手がこう言ったら納得するだろうことを言った。
「ボクは、皆の信頼を裏切って、本当に悪いことをしたと反省しています。特に、ボクのことを信頼して、春休みが終わるまで待っていてくれた、智子さんの信頼は、完全に裏切ってしまった。それなのに、そんなボクを見捨てずに、自分達の方が大変な時に、電話をかけてくださったりしたことを、本当に感謝しています。ボクなんかは、本当に、フリークスールに行く資格もないのはよくわかっていますが、それでも、フリースクールというのは、ボクが生まれて初めて出会った、本当に、自分の心の休める居場所だと思っています」
そう言いながら、心の中では、『居場所だった』と思っていた。
その証拠に、僕の返答(半分は本当だけど、半分は嘘だ)を聞いて、内観をすることを条件に、また通ってもよくなったフリースクールに、僕は、そのことを言うためだけに行って、それ以後は通うことがなくなっていた。
母親の手前、夜間高校にも、お金を払う時だけ行って、全然通っていない。
僕は、どこかで周囲の人全員に、完全に見放されたいと思っているのかもしれない。
しかし、それは嘘だ。僕は、どんな自分であっても、認められ愛されたいと願っているらしい。
母親に完全に見放されるようなことを続けながら、それでも、僕を愛してくれ、認めてくれ、と願っているようだ。
いるようだ、と思うのは、実際、自分が何を本当に考えているのかがわからないからだ。
そういう時に、親父侵入事件があった。
僕の家には、よくイタ電がかかってくる。以前は、出るとすぐに切れる電話が、延々と何時間もかかってきていたし、最近では、僕のダチ関係で、これも何十回もイヤガラセ電話がかかってきた。NTTに相談しても、高い機械を買わなければどうしようもないようだった。
「何で、被害者の方がお金を使って、防御せなアカンのよ。何で、犯人の方のプライバシーを守るのよ」と母親は憤って、仕事が忙しい時なんかには、プチッと電話線そのものを抜いた。
僕は、それを見習って、ある時、ま、その時は、例の友人がまた泊まりこんでいた時だったけれど、親父からの電話が鬱陶しくて、線を抜いていた。
玄関のチャイムが何度も鳴った。
母親は、玄関のチャイムには滅多に出ない。
「本当に用のある人は、事前に電話をかけてくるし、家にまで押し掛けてくる人には、ロクな人はいないし、出ても、大抵は、宗教関係者か新聞の勧誘か、セールスだから」という理由らしかった。
しかし、僕は、電話の線を抜いていた。母親も前日は、電話の線を抜いていたはずだ。
僕は、もしかしたら、親父じゃないか、と思って、家の中をウロウロしていた。
ソッと玄関の何ていうのか知らないけれど、覗き穴みたいなもので見ると、案の定の親父が、玄関の前に立っていた。
「親父や」と僕は、母親に言った。
「もう、出てよ」と母親は言ったけれど、親父とは顔を合わせたくない気分だ。
「一樹、お父さんや」と親父は、ドアをガンガンやり始めた。
「もう、頼むから出てよ」と母親は言うけれど、僕は、ジッとしてやり過ごそうと、いつものように考えた。
すると、ベランダから進入してきたのか、僕の部屋の窓をガンガンやり始めた。
僕の友達は、その勢いで部屋から飛び出して、トイレに立て籠もった。
「あ、しまった……」と母親が言った。その意味は、すぐにわかった。
親父が、母親の部屋の、鍵の開いているベランダから、家に侵入してきたのだ。
友達は、トイレに入ったままだ。それは、まあいい。
僕と母親は、台所にいた。
そこに、片手に靴を持った父親が現れた。
「お前ら、ほんまに、何してるねん!」と父親が怒鳴った。多分、それは、本当なら、僕達の言う台詞だったんじゃないか、と思う。
「何で、電話に出えへんねん! 何で、チャイムが鳴ってるのに、出て来うへんねん!」
「寝てたのよ」と母親は平然と答えた。
「パジャマで出たくないでしょう」とまだパジャマ姿の母親は言った。
「もう、お前らのすることは、訳がわからん」と親父は言った。
僕にしたら、ベランダから別れた妻の家に侵入してくる親父の方が、訳がわからんと思ったけれど、母親みたいに平然と言えないから、黙っていた。
「もう、お父さんはいいからな!」と親父はいつもの決まり文句を言った。
「もう、会うのがイヤなんやったら、そう言ってくれ」
親父は、お母さんを威嚇していたけれど、多分、僕に言っているのだろうな、ということぐらいはわかった。
「一時に電話してこい。一時までは待つけど、もう、待たんからな」
「うん、わかった。一時に電話するわ」と僕は言った。
ベランダから侵入してきた親父は、玄関から帰って行った。
僕は、ある種、親父を尊敬した。特に、今までなら言わなかった「もう、会うのがイヤなんやったら、そう言ってくれ」という部分に痺れた。
「あんたらも、いい加減にしいや」と親父が、帰った後で、母親が、僕と友達に言った。
母親は、その日、太鼓の本番に出掛けて行った。
僕は、父親に、約束通り、一時に電話をかけた。
親父の話は、相変わらず訳がわからなかったけれど、要するに、もう、僕とは顔を合わせたくないらしい、ということはわかった。
「それでいいんやな!」と言われて、僕は、もうそれでいい、と思った。
「お父さんが、オレともう会いたくないんやったら、それでいいんと違うか? オレも、別に、それでいいから」と言って、僕は電話を切った。
そう平静に言いながら、僕は、内心ビクビクしてもいた。
即、怒り狂ってかかってくると思っていた電話は、中々かかって来ず、十分か十五分、僕にとったら、八時間後ぐらいに思える時にかかってきた。
「ま、買い物に行こう」と親父は言った。
「別に、今、買いたいものもないし、やめとくわ」と僕は答えた。
「とにかく、買い物に行こう」と言われて、まだ親父の言うことを断るだけの度胸は、僕にはなかった。
その時、僕は、親父とは暮らせないことを確信した。
正直に言えば、一緒には暮らしたくない。
もっと、正直に言えば、あのバカ母が、僕とは暮らせないと言い、僕も同じように感じている。しかし、僕は、まだ一人では暮らせない、だから、最悪の場合は、親父と暮らそうと思っていた。イヤだけれど、暮らさなければ仕方がない。母親に対する反発が強くなっている分、僕は、ある種、親父の方が小遣いもくれる、必要なものも買ってくれる、親父と暮らすのも、悪くないかもしれないと考え始めていた。
そんな甘い考えは、見事に吹き飛ばされた。
僕は、内観をやって、親父には凄く世話になってきたことはわかっている。だから、感謝もしている。
けれど、それと一緒に暮らせるかどうかというのは、別問題だと思った。
ゴールデン・ウィークの最中、僕は、また友達を家に泊めていた。太鼓や仕事やで、母親が家にいなかったせいもある。その最終日に、親父の家侵入事件で、友達とずっと一緒だったことが、母親にばれた。
わかっている。ばれた時点で、友達と離れればよかったけれど、僕も友達も、離れなかった。離れることができなかったと言いたいけれど、この生活が一番楽だから、離れなかった。
ゴールデン・ウィークが終わっても、離れなかった。
僕のために、食い物を買って来る母親がバカに見えたほどだ。
フリースクールに行って、夜間高校にも行こうとは、どこかで思っていたけれど、友達には、どこにも行くところがない。
僕だって、行こうという気はあるけれど、友達と一緒にゲームをしたり、他愛もないことをゲラゲラ笑いながら話している方が楽しい。
そんな時に、印鑑を持って出頭するようにという、警察からの電話がかかってきた。友達と一緒にいる時に、その電話を聞いた。
僕達のしたことと言えば……
ハハハ、お笑いだけど、現実の痛みから逃れることだった。
僕の友達は、シンナーのことには詳しい。どこの工事現場に行けば、シンナーがあるとかいうことを、本当によく知っている。それでも、最近は取り締まりが厳しくなって、滅多に気にいったのに巡り合えないらしいけれど、何となく、あそこにはある、というのが、勘でわかるようだ。
今回は、外れだと友達は言ったけれど、まあまあ、そこそこの物が、建てかけの家の奥に、青いビニールシートに隠されて、僕達が見つけるのを待っていた。
「ま、ないよりいいか」と友達が言い、僕もそう思った。
僕は、この友達と一緒に、一回しか吸ったことがないけれど、酒や煙草と違って、イヤなことは全部忘れることができた。大人も、一回やってみてから、言ったらいいと思う。今の大人の方が、もっとはまるかもしれない。
「ほんまに、お父さんのところに行くか、一人で働いて生活するか、どっちかにしてくれない?」と母親に言われたのも、むかついている。
あんなゴキブリみたいな親父と暮らすのは、絶対にイヤじゃ。お前かって、それがイヤやから別れたくせに、オレにそんな地獄みたいな生活を味あわせるな。
けど、この家にいても、何の望みもないということもわかっている。
「お前は、言うだけで、何も実行できへん哀れな人間やな」と母親のことを嘲笑ってみたけれど、僕は、母親が、自分の言ったことは必ず実現させることを知っている。僕には、そんな根性も力も何もない。
最近では、もう、何もかもどうでもいい、と思っている。死ぬのはイヤだけれど、生きているのもイヤだ。
僕なんか、生きていても、何のいいこともないと思っている。別に、学校に行って、勉強ができるヤツが偉いなんて思わないけれど、どこにも行く場所のない僕や友達。行く場所はあるけど、行きたい場所ではない僕や友達。
どんな人になりたいなんてことも、もう思わない。もう少し前までは、誰かを救う人になりたいと思っていた。自分が生きてきたお蔭で、大勢の人が救われる。そういう人に、オレはなりたいと思っていた。
けれど、実際の自分は、自分自身さえ、救われない人間で、そんな人間が、誰かを救おうと思うこと自体が、思うこと自体が……
そうだよ、オレだって、その可能性が全然ないとは思っていない。オレだって、そんな人間になれるかもしれないと思っている。けれど、どうやったら、そんな人間になれるかが、オレにはわからないし、そのためには、高校に行って、大学に行って、という資格がいるのなら、オレには、最初から無理だ。
それに、もう、そんなことを考えることにも疲れたし、飽きた。
だから、僕と友達は、僕の部屋でシンナーを吸った。警察に行かなければならない前の晩に、シンナーを吸った。
何か、僕達には、何の未来もないような気がするから。
シンナーで、本当に悲しいほど、いい気持ちになって、こんないい気持ち、生まれてから今まで、一度も味わったことがないような気がする。
もう、オレは、これでいい、と思える。
もういい、もう、別に、オレのやりたくないことなんて、本当に、何一つやらなくていい。
いくら生きていても、オレには何もやりたいことはないし、何も生きていてよかったと思えるようなこともない。
オレは、精一杯頑張ったと思う。
オレのできり限りは、頑張ったと思う。
それが足りないんだったら、別に、もういい、と思う。
オレの生きていることが、社会の迷惑なだけやったら、もういい。
お母さんや、お父さんや、お姉ちゃんや……お祖父ちゃん、お祖母ちゃんや……学校の先生や……フリースクールの人達や……僕が本当に好きだと思った人達や…けれど、別に、もういい、と思う。
「……おい、一樹。大丈夫か?」と言う、僕の本当に大事な友達の声が聞こえる。
「ああ、どうも、あの、ほんま、ありがとな」
このことばを残せただけで、僕は、本気で、幸せだと……思った。
ほんま、皆さん、ありがとな。
ありがとな。




