053 猪突猛進なエルフさま
いつものようにギルドの2階でログインしたソウが1階へ階段を降りていくと、壁越しに女性の話し声が聞こえてきた。
「来客とはまた珍しい」
いや、思い返してみれば調合ギルドの副長が来ていたか。
これまで幾度となく無人が多かったギルドだが、こうして声が聞こえてくるのは初めてではなかろうか。よく聞いてみると、それは件の副長のものであった。
そのことに気付いてソウは肩を落とした。恐らく例のあれでまた突撃してきたのだろう。
壁をすり抜けてロビーに出ると案の定、エルフの彼女が唯一のカウンター席を陣取って止まり木にいるクロスに向かって話しかけていた。
「ねえ、聞いてるんでしょう? いい加減アレについて話してもらえないかしら?」
眼前でまくし立てる彼女をものとせず、クロスは真顔で首を縦に90度ほど回していた。傍から見ればシュールな光景だが、クロスがメルダとの通信機代わりになっていることを知っているソウとしては何とも言えなかった。
「きゃっ!」
すると、クロスがこちらに気付いたようで、彼はこちらに向かって飛んでくるといつもの通りに右肩へ着地する。
クロスを肩に乗せたのは久しぶりだったが装備を更新したおかげで爪の食い込みがなくなっており、乗せていても不快感がやってこなかった。頭を優しく掻いてやると気持ちよさそうに目を細めた。やはり、動物のこういう姿は癒されるものがあるな。
ついでにイベントリから適当に肉を取り出して食わせてやる。
「あら、居たの…… って、その鳥が飛んだのは貴方のせいね!」
「出会い頭にご挨拶だな調合ギルドの副長よ。で、今日はどういった用件だね?」
そんな八つ当たりをされても困るのだが……
「って、そんなことはどうでもいいのよ! 万能薬よ! 一体どれほどの量をこのギルドが隠していたのよ。さあ、吐きなさい! 今すぐ!」
腕をいっぱいに伸ばしてこちらの胸ぐらを掴むと前後にがっくんがっくんと揺らしてくる。驚いたクロスはひとり難を逃れるように肉を咥えていつもの止まり木へ退避していった。飼い主に似てなんとも薄情な奴よ……
こちらを揺らす彼女は駄々をこねる子供のようにしか見えなかった。
「ちょ、ちょっと落ち着きたまえ。話が見えないのだが? 万能薬がなんだというのだ?」
「しらばっくれるのもいい加減にしなさいよ! こちとら領主から聞いてんのよ。万能薬の発見に占いギルドの助力があったって。おかげでこちらは万能薬が手に入ったけど釈然としないのよ!」
別に万能薬が手に入ったのであれば問題ないのでは? というよりも領主はしゃべってしまったわけか。いや、彼女の様子を見るに俺の成果というよりもギルド(メルダ)に矛先が向いているのか。きっとアロスが俺だと分からぬように気を利かせてくれたのだろう。やるではないか。もとよりご老体がなにかやらかした尻拭いのような部分があったので、いい仕返しになったのではなかろうか。
そんなことを考えていると、ポーンと脳内にアナウンスが聞こえてきた。
『匿名プレイヤーの功績により、アジーラの調合ギルドにて万能薬の購入が可能となりました。効力につきましてはギルド職員に直接お問い合わせください』
この際ヘルプに乗せてしまえばいいものを……
わざわざギルドに対応させる辺り、ある意味でリアリティを出しているといえるのかもしれない。
というよりもだ。俺の名前が公開されなくてよかった。領主と運営、二つの配慮がソウの安全を保障してくれたことに心底ほっとした。
「ちょっと! 無視するんじゃないわよ!」
しかし、この駄々猫をどうするべきか。ご老体はクロスを通して状況を把握していることだろうが、どうせ手を貸してはくれまい。むしろ都合のいい生け贄が出てきたとすら思っていることだろう。
このまま逃げることも考えたが、この性格からしていつまでもまとわりついてくることは間違いない。なにか言いくるめる方法は無いだろうか。
「しかし、どうしてそこまで発端を気にするのだ。国民に供給できていいではないか」
「それはそうだけど、納得ができないのよ! 私たちエルフが何百年と研究を重ねても量産なんてできなかったのよ! それが急に出来るようになったって聞いたらそりゃ問い詰めたくもあるでしょう?」
「それはそちらの勝手な都合だろう? 聞けばエルフとてレシピを公開していないのだから、領主が公開しなくとも問題はなかろう」
「そ、それは……」
真っ向から正論を飛ばしてやると、テルマの勢いが萎んだ。まさか、エルフは皆このような自分勝手な思考を持っているのだろうか。だとすると、今後もエルフを相手にする際は色々と用心して掛かる必要がありそうだ。
「それに現物はきちんとそちらに卸されているのだろう?」
「ええ。現物が定期的にギルドへ供給されるようになったわ。でもそれは渡り人限定のものよ。国民に対しての数はまだ追いつかないというのもおかしな話よ。普通逆でしょう?」
ゲームシステムの都合上、渡り人向けになるのは仕方ないと思えるのはソウ自身が渡り人だからだろう。現地民からすれば万能薬の普及は生死に関わるものであり、それが広まれば平均寿命も伸ばすことができるのだ。そう考えると、彼女の不満も分かろうものだ。
「数は少なくとも伝説級の薬が広まれば、近いうちに研究がされるのではないか? そうなれば、真っ先に必要とされるのは調合ギルドだろう?」
こちらの言葉に彼女は一瞬ポカンとした。一体何を言っているのかという顔をしたのち、思い当たることがあったのか思考の海に沈んで行った。そしてはっと顔をあげて、
「ええその通りよ!」
簡単な話、レシピが分かれば量産するのは調合ギルドなのだ。確立さえしてしまえば、国民の助けになるのは間違いない。
「ならば、その準備を今からしておけばいいだろう」
「レシピもなしにどうしろっていうのよ!」
「いや、エルフは自前で持っているのではないか……」
「そんなもの私なんかに教えられるわけないじゃない!」
またも視界が揺らされる。
それこそ知らんがな。万能薬が伝説級の代物であったことは分かるが、彼女の立ち位置などこちらは知らないのだ。そのようなことでキレられても困るの一言だった。
「ならば、調合ギルドのトップ層である貴女が研究をすればいいではないか。レシピはなくとも現物はあるのだからそれを使って成分分析などをしてみればいいのでは? そういうのは得意だろう?」
「……」
腕がピタリと止まり、彼女は難しい顔をして真剣に悩み始めた。
苦しい言い訳なのは承知しているが、他にいい案が思いつかなかった。それと、いい加減腕を放して貰えないだろうか?
「……もし、見つけたら…… 私が……」
そして、ばっと腕から解放された。
「そ、そうね! なら私が皆の為に見つけてやるわよ! 覚悟なさい!」
ビシッと人差し指でこちらを指しながら、何故か宣戦布告されるソウ。
そして、彼女は満足したのか急ぎ足でギルドを出ていった。
「……一体、彼女は何なのだ」
「ふぇふぇふぇ。ただ現実を見れていない小娘よ」
「……ご老体よ、そろそろいい加減にしたまえよ? 面倒事を全てこちらに押し付けるのも大概にしたまえ」
「なに、適材適所というやつよ。お前さんならあの小娘を宥められそうだと思ったまでよ」
「どうせ、視たのだろう?」
「さぁて、のう……」
クロスから発せられる老婆の声に、イラッと来たソウであった。
「あの小娘は調合の腕は確かなのだが、あの通り正義感が強くてのう。感情的になって考えることを後回しにしよる」
「だから猪突猛進になるのか」
「あの癖がなければ、いつギルド長に就いてもおかしくはないのう……」
「彼女はいつから副長なのだね?」
「聞いた限り、80数年くらいだったかのう…… その間に2、3回はギルド長が代替わりしているはずじゃ」
「……」
長寿のエルフだからこその事情であろうが、性格とか考え方というものはなかなか直らないものであると実感したソウであった。
「それにしても、よくやったよ。蘇生薬の存在を明るみにすることなく、万能薬を普及させたのだからね」
「ふん、仕組んだ側に誉められても嬉しくあるまい」
ソウとて今回の件は自分の力では無いことくらい把握している。ソフィアとご老体が裏でやり取りをした結果であることくらいの推測は立っている。でなければこれほどトントン拍子に事が進むわけがないのだ。こちらはまんまと発起人にされただけである。
「ふぇふぇふぇ、そう拗ねるでない」
「人をおもちゃにしおってからに……」
「そうだとしても、お前さんにも利はあったろう?」
「ぐぬ」
それを出されると頷かざるを得ないのが憎たらしい。今は蘇生薬、万能薬といった最先端のアイテムを同時に持っている訳だ。しかも一部素材が判明していないものの、両方のレシピも持っている。情報アドとしては十分過ぎる報酬だ。本当に良いように言いくるめられている気がしてくる。
「とは言え、今回はこちらの事情もあったのは事実。迷惑料として、これを渡しておこうかねぇ」
そう言ってクロスが口を大きく開くと、中から光が漏れてきて次第に広がっていく。楕円状になった光が空中を漂ってソウの元へ届いた。それが身体に当たって弾けると、脳内にアナウンスが響いた。
――長寿草×10を入手しました。報酬はイベントリに直接送られます――
新しいアイテムが入手できたようだ。
ソウはコンソールを開いて、長寿草の欄をタップする。
・長寿草
主に世界樹などの下に生えている植物。これを煎じた調薬は寿命を伸ばす効果があるとかないとか。蘇生薬の素材として使われる。
「……」
フレーバーを読んだソウは、眉間に指をやってグリグリと摘まんだ。また頭と胃の辺りが痛くなってきた。
世界樹て。ファンタジーとしてもはやお馴染み過ぎてあれだが、この世界にも存在しているのだな。
折角領主によって爆弾を抱えずにいられたと喜んでいたというのに、このご老体は!
「ふぇふぇふぇ!」
こちらの苦悩を知ってか、彼女の意地の悪い笑みが聞こえてきた。この場にいなくてもあのしわくちゃな悪どい顔が脳裏に浮かび、ソウは思わず拳を握りしめたのだった。
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