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051 新アイテム追加

 目を開けると、まず視界に入るのは湖だった。先程まで戦っていた巨大な龍の姿はどこにもなく、どこから吹いているのかも分からない風によって水面が静かに揺れていた。

 

「どうやらうまくいった…… のか?」


 ソウは構えを解いて自然体に戻る。と、背にやんわりとした重みを感じた。

何かに取り付かれている……

 振り払うことも考えたが、ソウは慌てずに己の視線を下に向けた。すると、首には白魚のような肌の細い腕が絡まっているではないか。

 試しに身体を左右に振ってみると、「おお~」と気の抜けた声と共に遅れて追随するものがあった。

その声により、警戒心はするすると抜け落ちていく。

彼女は全体的に華奢であるために身の負担はそれほどでもない。引っ付き虫の正体が分かったところで、ソウは尋ねた。

 

「ソフィアよ。そこで何をしているのかね?」

「分ってるくせに」


 確かに自分達がどの様な状態にあるのかは理解しているつもりだ。

 しかし、だ。

 どうしてこう精霊という存在は人様と触れ合いを求める傾向があるのだろうか。特に異性であってもお構いましなのは本当にいただけない。

 例えNPCであったとしても、これほど密着を繰り返していいものではないだろうに。


「それにしても、気が付くの早かったよね~」


首もとで喋るなくすぐったい。

 こちらのあれこれを他所に、ソフィアはマイペースに会話を進めていった。

推測するにソフィアがぶら下がっていることでは無く、水龍のことを言っているのだろう。

 我を通す彼女にソウは露骨なため息を吐いてから、


「あれほど露骨にやる気のなさを出されれば気付こうものだ」

「そっか。でも予想は外れだよ?」

「何?」


 ひょいっと背中から降りたソフィアはソウの前にテクテクと回ってくると彼の顔をじっと見つめてくる。

幼さをあえて残した美貌を直視するはまだ抵抗があり、ソウは内心でどぎまぎするも努めて面には出さないように自制した。


「あれは幻覚。ただ霧で作った幻影を本物と認識させていただけ」

「幻覚、だと……」


 てっきりソフィア自身の変身だと思っていたために、ソウは思わず虚を突かれた表情を浮かべた。龍と敵対した時に感じた湿りは水系列で納得できるのだが、切りつけた時の衝撃は何処から来たものなのか? 魔法と言われてしまえば仕方無いことだが、手応えがあったために幻覚と言われてもイマイチしっくりとは来なかった。

 だが、良く思い返してみると水龍との交戦時に接敵を知らせるアナウンスも無く始まっていたので、気付く手掛かりは初めから用意されていたということだ。

不思議とスルーしてしまったのは、水龍と戦うことを意識し過ぎてしまったからかもしれないな。

今後【未来視】を使う際には注意すべき点だな。

ひとつ学びを得たところで、


「ぶい」


 ドッキリ成功とソフィアはVサインを掲げるのだが、表情筋が仕事を放棄しているせいで喜んでいるようには見えなかった。

そういうキャラであると再認識して、ソウは気持ちを切り替える。

 しかし、彼女は一体何をしたかったのだろうか。このやる気のなさはこちらの腕を見たくて仕掛けてきたようには見えないのだが……


「フェリアと親しくしている理由が知りたかったというのもある」

「そうか」

「君は面白いと最初に言った。だからちょっと変わった方法で試してみたかった」


そんな事を言っていただろうか? まあ、気にするだけ無駄であろう。


「というのは建前で、ただ驚かせたかっただけでは?」

「そういう気持ちもあった」


 否定することなくコクリと頷くと、彼女はその場でぺたりと座った。そして、自分の横を手でポフポフと叩いている。

 これは俺も座れということか。

 難色を示していると、ソフィアはひたすら視線だけを合わせてくる。無言の圧力を感じ、ソウは嫌な汗が流れている気がした。

 これは折れんな……

 無言の圧力に折れ、仕方なしにソウは彼女の横へ胡坐をかいて座る。すると、すかさず彼女は膝の上へよいしょと移動してきた。小さなお尻をモゾモゾと動かして座りの良い位置を見つけると、スッポリと収まった。

彼女はひとりで満足そうに頷いているが、ソウは空中で両手をワナワナさせて焦っていた。


「……何をしているのかね?」

「座ってる…… 収まった?」


 もう、本当にこの精霊はなんと自分勝手なのだろうか。

体格からして良い対比なのがニクタラシイ。


「うん、合格」  

「それは力量か、それとも座り心地かね?」

「どっちも」

「さようで」


何はともあれ、彼女の試験とやらには合格したらしい。

結局はこちらの腕試しで良さそうだ。あとは、あれか。単に遊び相手として呼ばれた側面もありそうだな。フェリアもそうだったし、彼女も気軽に話が出来る相手が欲しかったのだろう。

住民たちからすれば精霊は敬うべき存在だから、どうしても距離を置かれてしまう。

その点、プレイヤーはあまり意識しなくて良いからな。別に俺に限った話ではないが、たまたまその役割を引いてしまった結果こうなっているのだろう。


「ソウ」

「うん?」


呼ばれて下を向くと、


「ムグッ」


突然、口に何かを突っ込まれた。

感覚的にポーション瓶だろうか。


「飲んで」


無理やり口に押し込まれても飲めないのだが……

ソウはポーション瓶らしきものを取ると、中身を見た。それは桃色をしており、見たことのないものだった。

毒…… ではないか。


「いいから飲む!」


疑っていたのがバレたらしい。

仕方無く、ソウは桃色の液体を口に含んだ。

どのポーションも味は無く、ただ水を飲んでる感覚だ。これも例に漏れず無味であった。

飲み干した空き瓶を振りながら、ソウは尋ねた。


「で、これはなんだね?」

「むう、効果無さそう」


何処か残念そうに、ソフィアは落ち込んでいる気がした。

表情が出ないから機微が分かり難い。

再度尋ねる前に、ソフィアは答えを言った。


「それは万能薬、だよ」

「……?」


ソフィアの言に、ソウは首をかしげる。

万能薬とは蘇生薬のことではなかったか?


「それ、正しくもあるけど正確には間違い。蘇生薬にも同じ効果があるだけで、こっちが万能薬」


ソフィアは何処から取り出したのか、もうひとつ桃色の瓶を手にしていた。


「はい、あげる」


そう言って、こちらの手に万能薬を握らせてきた。すると、それは一瞬だけ輝くと直ぐに収まった。

何か嫌な予感がする。


『万能薬のレシピを習得しました』


……やはり、増えてしまったか。

精霊やメルダが絡むとろくなことが起こらんな!

内心でソウは絶叫した。


「一応、アロス……だっけ? ダーロンの息子にも万能薬のレシピは教えておく」


その言葉を聞いて、ソウは荒れた内心を僅かに静めた。


「そうか、それは何よりだ」


個人の秘密では無くなったので、溜飲が下がっていった。

これで、NPCの市場でも万能薬の姿を見ることになるかもしれん。そうなれば、ソウが万能薬を所持していてもなんの問題もないからだ。

彼らは領主として慕われていたと思うし、実際に人柄は良かった。

しかし、俺は会ったばかりの領主たちであり人となりをきちんとは知れていないのでここ数日の態度を鵜呑みにはできない。いい人を装って裏ではみたいな展開もありえる。そうなれば悪用されたりはしないだろうか?


「もし領主たちがこれを秘匿したらどうする?」

「させないよ?」


ぐいっと首を上に向けてこちらを見てきた彼女の瞳には強い力が入っているように思えた。

まあ、そうか。ある意味、彼女は街を守る要だ。その機嫌を損なえば、街は元の貧困な村に成り下がるかもしれん。

昔に比べれば発展しているだろうが、彼女を信仰? していると以上下手な真似はしないか。


「ソウ。ひとつお願い」

「なんだ?」

「アロスに伝言。明日の夜ここ来るって伝えて来て」


領主の都合を無視ですか……

まあ、精霊には人様の都合は関係ないか。


「承知した。必ず伝えよう」

「うん」


ソウの返事に満足したのか、ソフィアは膝から降りて立ち上がる。

ようやく解放されたので、ソウも立った。


「万能薬はここの水を使うか、今度地上に作る池でもいい」

「泉のようなものか」

「そう」


聞いた感じアジーラでしか水を確保出来なそうなので、何度か戻って来ることになりそうだ。


「水はどれくらい採取していいのかね?」

「今は……」


首を捻って少し悩んだ末、ソフィアはトテトテと湖に向かった。すると、腕を湖に突っ込んで直ぐに持ち上げた。

彼女の手には顔2つ程の大きさがある氷で出来た円柱の入れ物が乗っていた。


「はい、これ」

「お、おう」


まさかバケツ大のものをくれるとは思わなかった。

差し出されるままに受け取って、ソウは水を確認してみた。


・アジーラの魔力水×30


アジーラ近辺の泉か、精霊の住む場所で採取可能


これで、ますますサートリスに向かわねばならなくなったな。

こちらが別れを切り出そうとすると、


「じゃあ、しばらくお別れ?」


ソフィアに先を越されてしまった。

声音から寂しさが滲み出ている。地味に保護欲を掻き立ててくるあたり、狙ってのものだろう。


「そうなってしまうが、また来よう」

「うん! 約束。待ってる」


取り敢えず言質は取られてしまったが、どのみち水の補充で立ち寄る事になるのだから、その際に顔見せで来れば良い。


「ではな」


その無表情にぽわぁ、と笑顔が浮かんでいると脳内補完して、ソウは洞窟を後にした。


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