049 密かで優しい企み
ギルドを出たソウは水精霊の場所ではなく調合ギルドへ足を運んだ。
浮遊感のある転移を抜けて中に入ると、NPCであるおじさん職員がにこやかに出迎えてくれた。
「いらっしゃい。何をお求めかね?」
「ポーション類を」
「あいよ」
小太りのおじさんは、慣れた手つきでカウンターにポーション瓶を並べていく。見慣れた初級が揃った所で、彼はふと顎に手をやって考える素振りをした。
そして、陰湿ではないが値踏みするような鋭い眼力でじっと見つめてくる。
一体、どうしたのだろうか? 俺の顔に何か付いてるかね?
ソウは自身の顔に手をやって軽く一周させてみるが、特に変化はみられない。
それはそうだろう。このゲームは戦闘以外で傷付くことはないのだから、アバターが変化する訳もなかった。
観察されること1分ほどだろうか。
うむ、とおじさんが頷いて、ようやくソウから視線を外した。
今の間は何だったのだろうか。
ソウが疑問に思っていると、彼は追加でカウンターに瓶を置いていった。それは初級ポーションよりも少しだけ背丈がある瓶で、初級と変わらず4種類。つまり……
「にいちゃんよ、そろそろ中級に手を出しても良さそうな感じだな。買ってみねえか?」
そう言って、おじさんはにこやかに笑った。
なるほど。先程の間はこちらの適正を見ていたのか。
ポーションの階級規制解除はNPCでなければ出来ない仕様となっている。解除されるタイミングは各プレイヤーの経験次第らしく、まだ明確な指針は判明していないのだとか。
規制解除ということで、晴れて初級を卒業したとも考えられる。しかし、ソウにはひとつ懸念があった。
「それはありがたい提案なのだが、店員よ。それぞれの効果と価格はどれ程かね?」
「おうよ。効果量についてはどれも体感2倍程度上昇。値段は青800、緑2000、紫600、黄色500だな」
「おうふ」
割かし高めに設定してあるのだな。
緑に関しては4倍と、常用するには今の稼ぎだと厳しい。
幸いソウは【未来視】を除けばMPを余り使わないので、緑ポーションは直ぐに欲しいわけではない。むしろHPを回復する青の方が重要だ。
「では、中級の青ポーションを5本、初級を10本貰おう」
「毎度。7000マーニね」
「こちらだ」
買った商品をイベントリにしまうと、ソウは調合ギルドを後にした。
ぐにゃりと視界が歪み、気づけば大通りの賑わいが目に入ってくる。
「さて、向かうとするか」
道行く雑多に混じり、ソウは水精霊の住む洞窟へ歩みを進めるのだった。
*
サートリスの中央に建設されている教会の中で、プレイヤーたちはある一点を気にしていた。
「おい、あれって……」
「ああ。ブルーレギオンだな。まだ二人しか居ねえがこれからクエストかね?」
「多分そうだろ」
彼らの視線の先には大柄な男と、小柄でほっそりとした身体付きの女性が柱を背にして雑談をしていた。
周りのプレイヤーたちは、彼らを遠目にひそひそと会話を続けていた。
それを見た女性……スモポンは、はぁとため息を吐いた。
「なんというか、人気者は辛いですわ」
「しゃーないだろ。というか、お前もこの手のことは慣れてんだろうに。何を今更」
「聞こえてますよーってアピールよ。向こうには伝わってないみたいだけど」
「意味ねー」
ガシャリと鎧を揺らして、タロウは首を振る。
今この場にいるのは二人だけだった。
集合時間はもう少し先であるが、彼らは講義が早く終わったために先にログインして適当に時間を潰していた。しかし、途中で暇潰しに飽きてしまったので、どうせならと早めにこの教会に足を運んだわけであった。大抵はベルカが真っ先に待機しており、それを探すのが常である。
「お待たせ」
声の方を向けば、黒いローブに身を包んだ中背の青年、トーの姿があった。
「おう。じゃあ、あとはベルカと……」
「はいはい、お待たせー」
丁度タロウの声を遮って、女性の声が聞こえてくる。
彼女たちの登場に、周囲も少しだけざわつきを見せた。
「おいおい、まじかよ」
「あれってさ」
「ああ。噂では聞いていたが、本当に居たんだな」
注目を集めている人物は肩で切り揃えた青い髪とは対照的に赤い皮鎧を纏い、タロウたちへ片手を上げてぶんぶんと振っていた。その後ろを苦笑しつつ影のようについてきているベルカの姿もある。二人が並ぶと、どうしてもベルカが保護者に見えてしまうのはご愛敬だろうか。年齢的には先行する彼女が上なのだが、言動からして子供っぽいところがある。しかし、彼女はベルカと並んでも霞むことのない美人であった。
彼女たちは二人の前に立つと、
「やあ。こうして対面するのは久しぶりだね! 二人とも元気だった?」
晴れやかな笑顔と共に聞いてくるのは有名な防具生産職であり、彼らの姉的存在のスルメイカである。
「イカちゃんだぁ!」
真っ先に反応したのはスモポンで、飛びつくようにひしっとスルメイカに抱きついた。
「こらこら」
うりうりと頬ずりをするスモポンを、笑顔で受け止めるスルメイカ。その光景に、周囲の空気は和んでいた。
「嬉しいのはわかるけど、そろそろ離れなさい」
ベルカはスモポンの首根っこを掴んでスルメイカから引き剥がす。
これでベルカが保護者と言われないほうが不思議である光景だった。
「いやー、熱い抱擁をありがとね。お姉さん嬉しいわ」
「チャットとかでは良く会ってるが、対面は本当に久しぶりだな」
「だね。久しぶり、イカ姉」
「二人とも背伸びたねー。それと、作った防具は…… いい感じじゃない。うん、さすが私」
彼らの装備も最近スルメイカが鍛えたものである。
4人ともロックリザードの素材をふんだんに使用した装備であるため、角ばった印象を受けるがゴツイのはタロウだけである。フルプレートに近いが、機動性は十分であり攻撃を受けることを前提として作られている。他は身軽さを重視しておりそれぞれの適正を活かせるように配慮されて作成されていた。
「全員が同じ素材を使っているだけあって、統一感があるわね」
「ですね」
「さて、残るは……」
「お。噂をすれば、来たね」
教会の入口から、ひょろい青年が慌ててこちらに駆けてきているのが見える。
背中に弓を背負ったハヤブサだ。
「お、遅くなりした」
「いやいや、店番あるの知ってたから気にしないでいいよ」
「それでも待たせたことには変わりありませんから!」
本当に律儀な性格だった。しかし、こうであってなぜ余計な一言が飛ぶのかは本当に謎である。
「やあ、ハヤブサもお久」
「イカさん! お久しぶりです!」
ビシッと上半身を90度曲げてお辞儀する姿に、スルメイカは苦笑した。
こう、根っこから後輩的な行動が多いのは常に行動するのが先輩ばかりであるからなのだろう。同年代の友人も多いそうだが、こうして遊ぶ機会は少ない。
その辺をソウたちは少しだけ心配している面もあり、何度か提案しているのだが本人は気にしていないのだという。当の本人が楽しそうにしているので、それ以上言うのは野暮であろうと皆控えている。
「じゃあ、揃ったし行こうか」
「うん。ツチノコを探しにレッツラゴー!」
「はいはい、騒がない」
一同が教会を立った後、それを見ていたプレイヤーやNPC職員たちは「ツチノコ?」と首を傾げるのだった。
*
青い光に包まれて、ソウは洞窟内の道へ転移した。
道なりに進むと、相変わらず広い湖が出迎えてくれる。
目的の水精霊を探すも、彼女の姿は見えなかった。
「まさか、また釣れと?」
「さすがにそれはない」
「うぉあっ!」
耳元から声が聞こえ、ソウは驚きのあまりに横に飛んで距離を取った。
声の方を向けば、ドッキリ成功とばかりにピースサインを掲げた無表情な少女が立っていた。
こんな時でも彼女の顔は動かんのだな。
そんな感想を他所に、ソフィアはトテトテとソウへと近づいてくる。
「驚いてくれたようで何より」
「心臓に悪いので是非とも止めたまえ」
「うん、次はしない」
意外と聞き分けがいいらしい。
こちらを見上げるその双眸を見つめ返し、ソウは聞いた。
「で、呼ばれたから来てはみたが俺は何をすればいい?」
「ん。なんか、面白そうだったから呼んだ」
「答えになっていないのだが?」
「知ってる」
わざとかね。まあ、どこかのご老体のような悪ふざけではなさそうではあるが。
「正直、君がここに来ること自体異例」
「名乗ってなかったか? 俺はソウという。まあ、そうだな。本来であれば領主しか来れんと聞いている。関係がないから異例ではあろうな」
住民達にも流さないような徹底ぶりである。が、メルダが発端のクエストでソウからすれば罠があるとしか思えない。しかし、無視すればどうなるかわからない現状で従うほかないのであった。爆弾ではあるものの、それなりのメリットもあるので釣り合いは取れているのが憎たらしい。
「ん、だからソウは面白い」
「まあ、面白がる理由は理解できた。で、呼び出しはその珍獣を観察するためかね?」
「そう」
自分を珍獣扱いするソウもあれだが、否定もせずに頷くソフィアは本当にいい性格をしている。こういうところはあの魔法使いの少女と似通っている面があるな。
「ひとつ試したいことがあるから、それに付き合ってほしい」
「何かね?」
すると、ソフィアの身体がすうっと透明になっていき、姿が見えなくなった。
『頑張って』
洞窟内を反響する励ましの声の後、湖の中央から天井に向けて大きな音を立てて、水の柱が生えた。
「うーむ、問答無用でフラグ回収かね。本当に俺の周りは唐突に物事を起こすのが好きなようだ」
軽口を他所に、水柱はうねりを上げると表面に鱗のような網目が綿密に作り上げられていく。天井に到達していた水柱はソウに向けて鎌首を作った。
水飛沫をまき散らしながら、次第にそれは竜の顔を作り出す。空洞だった目に怪しく赤い光が灯り、ソウへと向けられた。
「ボゥァァァッ!!!」
・ウォータードラゴン lv???
「一体、運営は俺に何をさせようと言うのかね?」
レベルもさることながらHPバーも5本と、正直戦う前から無理ゲー感が漂っている。
「負けイベ…… では無いのだろうな」
本当に勝たせる気が無いのであれば、例えだがレベル100とかにして表示するだろう。そして、ソフィアの励まし。
「何かはあるが、戦ってみれば分かるか」
デスペナは痛いが、これはクエストではない。例え負けたとしても、こちらにデメリットは無いものだろうと推測出来る。
「だが、やる前から諦めたくないのでな!」
ソウは水晶玉と新樹の短剣を取り出して構える。
覚悟を決めたソウに、ウォータードラゴンは襲い掛かって行った。
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