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047 思わぬ釣果

 道なりに少し歩くと、かなり広い空間へ出た。

 周りは先ほど通ってきた道と同じで岩の壁だった。数多くの水晶が生えており、光源は十分であった。 

 そして、最も目を引くのはその中心に構える湖であろう。横幅100メートル行かないくらいの湖だった。


「おお、何とも幻想的な!」


 真っ先に声を上げたのはアロスであった。

 先ほどの父を呆れた目で見ていた姿は何処へやら。彼はまるで子供のように目を輝かせてこの光景に魅入っていた。

 ソウは【未来視】で視た光景を思い出し、なるべく湖から離れた位置で立ち止まった。


「おお、ここにもアリュが居るのか」

「ふむ、やはり色付きが多いな。 ん? どうかしたか?」


 親子は湖を覗き込んでいたが、ソウが遠くで見ていることに気付いたようで彼を見て首を傾げていた。

 少し待っても特に何も起こらないことにソウは疑問を覚えたが、よくよく思い返してみれば【未来視】の映像ではこの2人は映っていなかったように思える。

 そうなると、ひとりのタイミングで起こる可能性が高くなってきた。


「今ではない、のか?」

「ほれ、お前さんも見てみるといい。なかなか壮観じゃよ」


 そう言ってダーロンがこちらに手招きしてくるので、ソウは恐る恐る湖に近寄った。

 足元に水面が見える位置まで近寄るも、やはり何も起こらなかった。


「何も起こらない……」

「一体なんじゃ? 何を警戒しておる?」

「いや、何でもない」


 頭を振ってダーロンへ返すと、ソウも湖の中を見た。

 沢山のアリュが泳いでいる姿が見える。

 これだけ居てよく衝突しないものだ。

 しかし、こうしてのんびりとアリュの観賞をしに来たわけでは無い。本来の目的を果たさねばな。


「して、ご老体。ここが水精霊の住処で違いないのか?」

「うむ。そうであったな」

「そう言えば、それらしい姿が見えないですね」


 初見のインパクトが強くて、アロスは目的を忘れていたようである。ダーロンは多分だがわざとであろうな。

 辺りを見渡すが、出入口は先ほど通ってきた道のみで天井を見ても穴は空いていない。

 やはり、現状移動できそうなのはあそこだけか。

 

「ご老体、もしやすでにここに居たりはしないかね?」


 ソウは人差し指を下に向けて湖を示しながら言った。

 すると、


「そ、ソウさん! 後ろ後ろ‼」

 

 突然、アロスが大声で湖を指した。


「何をそんなに慌てているのだ?」


 そう思って、アロスの示す方へ振り向くと、


「あむ」


 指先にヌルッとした触感と、ひんやりとした水の冷たさが伝わってきた。

 ソウの眼下にはそれは美しい顔があり、小さな口が彼の指先に食いついていた。


「うわぁ!!」


 とっさに手を引くとチュポンといい音が響いた。

 慌ててソウは湖から離れる。

 無音であったためにソウは迫りくる者に気付けていなかった。


「残念。逃げられた」


 抑揚のない鈴のような声音がソウの耳を打つ。

 そちらを見れば、湖から上半身だけを出した女性が眉を落として残念そうな表情を浮かべているではないか。

 一瞬彼女の容姿端麗な姿に見惚れたものの、すぐに平常へ戻った。

 フェリアを見ていたおかげだろうか、美人への耐性が付いたかもしれんな。


「クッ」


 なにやら空気の漏れる音がしたので、音を辿るとダーロンが口を抑えて下を向いていた。

 

「ま、まさか精霊を釣りおるとは……クフ、ブフッ」


 ご老体よ、笑うなら抑えずさっさと笑いたまえ。我慢は身体に毒だぞ。この沸点の低いご老体が街の英雄とは甚だ疑問に思えてきたのだが、賛同できるものはいないだろうか。

 とりあえず発作が治まるまでは放置でいいだろう。

 ソウとてまさか指で精霊が釣れるなど微塵にも思っていなかった。

 改めて、彼女……ダーロンが言うには水精霊へと視線を向けた。

 フェリアと比べるのは失礼だろうが、何処とは言わぬが凹凸が控え目だ。しかし十分な物を持っていると言って差し支えない。

 水精霊と言われ納得が行く青色の髪は水に濡れて波打っており、水晶の光によって紫の光沢を放っていた。しかし、髪に反して白い服は濡れていないのが不思議であった。

 彼女は無表情になると、ソウに向かって一言。 


「びっくりした?」

「驚いたわ!」

「そう。ならよかった」


 抑揚のない声でそう言った。今度はあまり喜んでいるようには見えないのが不思議だ。

 そして、どうしてこう俺の周りは人で遊ぶのが好きなのだろうか。


「反応が面白いから?」

「……さようで」


 無表情で首を傾げておられるが、さらっと人の思考を読まんでいただきたい。もはやVR機器がこちらの思考を読み取っていると言われても納得が行くレベルである。


「あー、笑わせてもらったわい」


 どうやら笑いの旅から帰還したようで、正気を取り戻したダーロンが彼女の前まで歩み寄ると片膝をついて最敬礼を取った。


「水精霊様、お久しゅうございます。ダーロンにございます」

「ん、おひさ。老けたね」

「積み重なる年月には敵いますまい」

「そうだね。人間だもの」

「精霊様はお変わりもなく美しいものでございますな」

「ぶい」

 

 水精霊は見えていないダーロンへVサインをした。

 切り替えたダーロンは王家に仕える騎士のようで、その反面なんとも軽い対応をする精霊様であった。

 

「で、彼が次の領主?」

「さようでございます。アロスよ、挨拶せい」


 いつの間にかソウの隣でダーロン同様膝をついていたアロスは、「ハッ」と頷くとダーロンの横に並び再び礼の姿勢を取った。


「お初お目にかかります。水精霊ソフィア様。ダーロン・ジルコメアが息子、アロス・ジルコメア・アジーラにございます」

「うん、はじめまして」


 彼女はソフィアというのか。今まで水精霊としか呼んでこなかったので初めて名前を知ったな。

 アロスの挨拶にコクリと頷くと、ソフィアは水から出る。

 彼女の服はワンピースであったようで、水からスカートとその下にあるこれまた珠のような白い生足が露わとなる。靴も履いておらず素足であった。特に気にした様子も見せずに歩いて、アロスの前に立った。

 そして彼女は手を伸ばすとアロスの眼前に握りこぶしを作った。


「はい、手を出して」


 言われるまま、アロスは両手をお椀型に合わせて何かを受け取るように握りこぶしの下へ掲げた。

 それを確認したソフィアは手を開く。

 すると、まるでマジックでも見ているかのように彼女の手からダーロンが持っていたネックレスが現れた。

 それがアロスの手に収まると、ソフィアは手を引いた。


「はい、おしまい。頑張って」


 領主の継承? らしい儀式のはずが、随分とあっさりとしたものである。

 

「謹んで拝命致します」


 なんという温度差。

 まあ、精霊からすると人間の政などに興味は無いのかもしれんがな。


「じゃあ、2人は帰っていいよ。 ……そこのおにーさんは残ってね」

「「はっ!」」


 おいおい、本当かね。これで終わりとかそれでいいのか!

 2人は立ち上がると、一礼してソウの元へやってくる。そして、アロスはソウの耳元に口を寄せて、ぼそりと呟いた。


「初回はこれでいいんだって。また数日おいて来訪するのがしきたりみたいだから僕らはこれで帰るよ」

「であれば、先に言っておいて欲しいものだ」


 まあ、儀式の内容をおいそれと他人には言えんか。


「では、また会おう」

「うん。近くにまたおいで。歓迎するよ」

「何か面白いことがあれば話すのじゃぞ?」

「ではな」


 簡単に挨拶をして、彼らは来た道を戻っていった。

 暫くして、青い光が入口から漏れる。

 魔方陣が発動したのだろう。その光はすぐに納まった。


「……行った。これでふたりっきりだ、ね?」


 いつの間にやらソウの前まで近寄っており、ソフィアはソウを見上げていた。身長は150程度であろう。髪同様青い双眸がソウをじっと見つめていた。


「で、なにか用?」

「ああ、そうだったな。正直なところ、俺自身貴女に用はないのだが……」

「そうなんだ」


 ソウとしては、水精霊の居場所を探すことがメルダからの依頼だ。とはいえ、転移する為のネックレスをソウは持っていないので、居場所も何もないのだが。

 こちらの返答に少しがっかりとしているのは気のせいではないだろう。

 本来であれば領主でしか会えないところ、こうして面会出来ているのだから何か話を聞いてみるか。


「貴女は蘇生薬を知っているか?」

「もちのろん」

「では、その調合方法も?」

「それは、貴方も知っているはず。次」


 何というか、AI相手に俺のプライバシーは無いのだろうか。


「では、どうしてアジーラを救う気になったのかね?」


 どこの記録を読んでも、滅びゆく町を助けた理由についての記載が無かった。この際だから本人の口から教えて貰おうではないか。


「……なんとなく、みんな大変だったから。私は助けられる力を持っていたから。だから助けた」

 

 答えが来るまでに間があったが、本心であると思おう。ただの善意にしてはアフターケアまでしっかりとしているのだがな。

 人に話せぬこともあろう。無理に聞くのは野暮だ。


「他には?」

「そうだな……」


 ソウは考える。

 ここでなりふり構わずこの世界について尋ねてもいいものだろうか。なんとなく、それは違う気がするのだ。

 であれば、前の疑問を解消させるとしよう。

 

「では、少し気になっていたことについて聞こうか。ここにもアリュがいるわけだが、街中に適宜解放されるアリュは何処から来るのかね?」

「ここから」


 ソフィアは両手を広げて言った。


「私が転移させて、町に流してる。多分、おにーさんが知りたいのは何故3種類のアリュを流しているのかでしょ?」

「そうだな」

「単純。色の濃いアリュほど魔力を持っているから」


 魔力を持つとはどういうことだろうか。


「私はアリュを介して魔力をアジーラに届けて、結界を張っている。アリュたちには結界を維持するための魔力を運んでもらっているの」

「それはまた、大掛かりなことをしているな」


 なるほど、納得がいった。色付きのアリュを食べると体調を崩すのは過剰な魔力が身体に吸収されるからだろう。ファンタジーによくある魔力の暴走とか、内包出来ない魔力による変調など多様なケースを過去の作品で見てきたが、これもその一種であろう。

 アリュによって魔力を巡回させて結界を維持しつつ、住民が食いはぐれないように食料も定期的に流しているわけだ。


「これを救世主と呼ばずして何たるか」

「はずかしい」


 子供のようにテレを口で示しているのだが、表情には現れていない。彼女の表情筋は仕事を放棄しているのだろうか。いや、落ち込むときだけは働いているな。

 

「はいこれ」

「なんだね?」


 すっと、何かを手渡してきたので、ソウは考えることなく受け取った。

 手の平にはなにやら硬く丸い感触があった。

 嫌な予感がして恐る恐るそれを見ると、青いビー玉のようなものが手に乗っていた。


「これは?」

「ここに来る触媒。ダーロンたちに渡したものの簡易版」


 ソウは絶句した。

 そして、クエストクリアを知らせるアナウンスが響いた。メルダからの依頼があっさりと片付いてしまった。


「なん、と……」

「それはここに行き来するためだけのもの、だよ?」


 つまり、領主たちに渡したものは他に効力があるのだな。別に聞かんが。


「またあした、くる。待ってる」


 そして、勝手に予定を決められてしまったようだ。

 幸い予定はないからいいものの、何というか身勝手な精霊だな。本来の精霊はこんな感じか?

 フェリアを見てからだとそうは思えんが……。

 とはいえ、領主たちですら同じような対応であったのだ。ここは言われた通り一度出直す方がいいか。


「承知した。では、本日の面会はこれまでだな」

「ん。ばいばい」


 小さく手を振ってくるので、ソウは軽く手を上げて返す。

 ソウはソフィアに背を向けると、来た道へ戻っていく。

 転移した場所に到着すると、ダーロンがしたように片膝をついてビー玉を掲げた。

 すると、魔方陣が現れてソウの意識が一瞬途切れた。そして、気が付くと、来た時同様に水路の前へ移動していた。

 マップを見れば、水精霊の住処への入り口と表記が追加されていた。


「はぁ……」


 もう、今日は何もしなくていいだろう。

 大きなため息をついて、ソウはギルドへ足を向けるのだった。



「……」


 ソウを見送ったソフィアは、虚空に向かって言った。


「ねえ、メルダ。なんであんな依頼出したの?」

「さあて、のう」


 しわがれた声が、虚空から響く。

 すると、空間がぐにゃりと歪み、ローブを纏った老婆……メルダが現れた。


「いつだって来れるじゃん」

「そうじゃの。して、ソフィアよ。あの質問、なぜ正直に答えなんだ?」

「……だって、恥ずかし、かったから」


 ポッと頬を染めて、両手で顔を挟むともじもじと身を捻った。


「まあ、惚れた相手を助けたいという思いは分からんでもないがのう……」


 そうなのだ。どうやらソフィアは飢饉当時のアジーラ領主を気に入っていたらしく、恋する乙女状態だったらしい。

 しかし、精霊という存在故人間と交わることが出来ない都合上、代わりに彼を助けるベく街の危機を救ったのだった。それ以降は愛する人(片思い)を失ってからも継続してアジーラの面倒を見ているわけである。


「で、どうして?」

「ふむ、強いて言えばあ奴は面白い人間だからじゃな」

「うん、全く分からない。少しは返答する努力をしようよ」

「ふぇふぇふぇ」


 精霊からしてもメルダの意図は掴めないようであった。


「のう、ソフィアよ。ひとつ頼まれてくれんか?」

「やだ。めんどう」

「即答かのう……」


 やれやれと、メルダはこれ見よがしにため息を吐いた。


「最近はその手の反応が増えたのう」

「一度自身がやってきたことを振り返ってみるのをオススメする」

「まあ、そんなことよりもじゃ。簡単なことなのじゃがの」

「またそうやってこっちのことを無視する……」


 メルダは己の依頼について、一方的にソフィアへ告げたのだった。

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