044 アジーラ領主たちとの対面
蒼と鈴香は空き時間を利用していつものラウンジで課題をしていた。
暫くは順調だったのだが、突然キーボードを打つ手がピタリと止まる。昨日のことが頭を過り、蒼のやる気は急降下していった。
「はぁ……」
「蒼にしては珍しいわね。そんなため息吐いてどうしたのよ?」
隣で進めていた鈴香が目を見開いて、落ち込む蒼へ問いかけた。
「いやなに、少し面倒に巻き込まれている最中でな」
「それはいつもの事でしょう? 私に言えることでいいから吐き出しなさい。溜めると余計気落ちするわよ」
彼女の世話焼きな面は母親似であった。
ほらほらと急かしてくるので、仕方なく蒼は昨日の内容をかいつまんで話していった。
「先日琢磨に話したのだが……」
「水精霊の話ね。聞いているわ」
「なら結構。その手がかりを掴んだので、今度向かうことになった」
蒼の告白が衝撃的だったようで、小さくではあるが口を開いて鈴香は固まっていた。
それも束の間、すぐにいつもの表情へ戻ると声を潜めて尋ねてきた。
「蒼、それって水精霊と対面するってことで間違いないかしら?」
その問いに対し、蒼は頷いた。
「……確かに、頭を抱えたくなるわね」
「しかもだ。結果的に俺は調合ギルドの専用クエストを横取りする形になってしまった」
今度こそ、開いた口が塞がらなくなったようだ。
鈴香の座る場所が角だったので、蒼はそっと自分の位置を調整してなるべく呆け顔が周りに見えないよう壁となった。
「……何を言っているのかしら?」
ようやく戻ってきたらしい。
「事実だ」
「それって、今話題の万能薬の話よね?」
「ああ」
それを正式に知ったのは釣りを終えたダーロンとともに領主の屋敷へ向かった時の事だった。
ダーロンが連れ帰ってきたソウが万能薬を持っていると使用人に告げたことで、館内は騒然とした。なんやかんやで急遽現領主であるアロスとその妻であるマナーレの二人と対面する形になった。
準備が出来るまで案内された待合室で時間を潰したあと、使用人によって別の部屋へ案内された。中に入ると、中央に長机を挟んでソファーが二つ対面する形で設置されていた。そこにはダーロンと、向かいには男女が並んで座っていた。勧められるままダーロンの横に腰を下ろしたソウは、領主のアロスとその妻マナーレの紹介をされた後交渉を始めた。
ソウはダーロンの健忘症を治すために蘇生薬を使う代わりに、水精霊の場所へ案内して貰うことを条件とした。
聞けば、既に領主は万能薬の依頼をしているようなのだが、正直こちらは期待していなかったようだ。
万能薬はエルフにとっても秘薬に分類される類であるらしく、おいそれと人に教えられるものではないとのこと。
だからこそ、ソウの持ち込んだ万能薬について懐疑的であったようだ。
そこで、メルダはともかくフェリアを信じて、ソウは蘇生薬が効果を出さなかった場合衛兵に突き出してもらって結構だと啖呵を切った。
それには流石に2人も狼狽したようで、そこまではしなくていいとお咎めは無しになった。
その後、こちらは水精霊の情報を、領主たちは持ち込んだのがソウであることをそれぞれ口外しないという制約の元に交渉が成立した。
蘇生薬をダーロンに飲んでもらったところ、効果はすぐに表れたようで過去の記憶は勿論のこと。水精霊の情報についても思い出したようであった。
しかし、今から向かうには急であり、引継ぎを済ませるため領主の都合もあることから数日は欲しいとのことだった。
予定を立てるため、翌日の同じ時間に訪ねて欲しいと言われ、結局その場は解散した。
記憶が戻ったことは喜ばしいのだが、ひとつ問題が残ったままであるのが気がかりだった。
それは既に出されている調合ギルドへの専用依頼だ。
用途は伏せてあるものの、専用依頼ということでかなりの報酬が約束されているようなのだ。そのため、それなりのプレイヤーたちがこぞってサートリスへ飛んでいると言う。
専用依頼とはメインジョブが該当したジョブでないと受注できないクエストだ。よって、サポートである調合師がサートリスへ向かうなど半端なことではない。知り合いのパーティで行くか、野良で依頼を出すかなどして行くしかないだろう。中にはサブ職に戦闘をとってソロする猛者もいるだろうが、それが出来るのであればすでにサートリスへは着いているだろう。
「蒼が隠したがるのも無理はないわね。まさか万能薬を持っていたなんて」
「クエストの報酬だ」
例え鈴香であっても蘇生薬とは言えんからな。
「本当に爆弾よね」
「出された依頼の処理については今日にでも領主とよく話し合う予定だ」
「その方がいいでしょうね。故意でないとしても、何か対策しないとバッシングは避けられないわ」
「ああ」
MMOのクエスト報酬というものは早い者勝ちという側面があるので、本来であれば蒼が非難を浴びるいわれはないのだが、関係のない別のジョブがクリアすると多少話が変わってくる。別のジョブであってもクエストをクリアしてはならないという公式な決まりは無いものの、プレイヤー側の気持ちの問題で納得はしにくいだろう。
領主には申し訳ないが、正規のクリア者が現れた際に報酬を払ってもらうよう、持ちかけるつもりだ。万能薬は貴重品だし、持っていても損はないだろうからな。
蒼は頷くと、後ろから聞き慣れた声が聞こえてきた。
「あ、いたいた!」
振り向けば、購買のビニール袋を提げた啓子だった。それと、知らない顔の女性が一緒にやってきた。
黒いポニーテールを揺らした、これまた目を引くであろう均整の取れたスタイルを持った女性だった。Tシャツにデニムというシンプルな出で立ちなのだが、これがまた様になっていた。
「あら、今日は日柱さんも一緒なのね」
「すずちゃん、やほー。そっちのお兄さんは初めましてだね。日柱たがめです」
鈴香も面識があるようだ。ぺこりとお辞儀をしてくるので、蒼は首肯で返した。
「初めまして。高橋蒼だ」
「あ、君が蒼君なんだ」
どうやら、向こうは蒼について何か知っているらしい。きっと啓子辺りが何か変なことを吹き込んだのだろう。碌な印象を持っていなそうである。
二人は対面の空いている椅子へ腰を下ろした。すると、蒼の対面に座ったたがめがズイッと顔を近づけてくる。
「なっ!」
思わず仰け反ると、向こうはクスリと笑みを浮かべて、
「ゴメンゴメン。驚かせちゃったね」
あっけらかんと言った。
頬を赤くしたのがこちらだけということでなおの事恥ずかしくなった。
「いやさ、噂の『孤独の王』がどんな人なのか気になってたから。ようやく会えたね」
「な、え……」
彼女が発した名前に、蒼はいよいよもってフリーズした。
『孤独の王』は蒼が過去にやっていたゲームで付いた渾名であった。
正気に戻った蒼は恐る恐る尋ねた。
「……日柱さんは、何処でそれを?」
「呼び捨てでいいよー。学年同じだし、むしろ名前でもおk。で、私が知ったのは『KoK』。高橋君がそう呼ばれる称号を取ったゲームを私もやってたのさ」
『KoK』、正式名称《King of Killer》は開発したゲーム会社が過去に出したボスのみを集め、オリジナルボスを加えたひたすらボスを狩り続ける、謂わばボスラッシュゲームである。
ダイブ式ではなく一般にPCで遊ぶMMOで、かなりの鬼畜仕様であった。パーティですらクリア困難と称されたゲームを蒼はソロでクリアしたことから運営から贈られた称号が《孤独の王》である。その後もソロ討伐者が複数現れたのだが、初クリアが話題を呼んで蒼の渾名に定着していた。
「私も今はWEOやってるんだよー」
「最近知ったんだけど、彼女もEX持ちみたいなのよ」
「もー、すずちゃん! すぐにネタバレしないでよ……って、もってなによ?」
ぷんすかと頬を膨らましたたがめであったが、鈴香の一言できょとんとした表情へ変化した。
なんというか、感情豊かだな。そしてこのテンションである。啓子と波長が合うわけだ。
「俺もEX持ちだからだ」
「そうなんだ。蒼って呼んでも?」
「構わんよ」
「じゃあ、そうするー。蒼は何取ったの? ちなみに私はダンサーだよ」
「俺は占い師だ」
「あは、またピーキーなの取ったね」
まあ、そういう反応になるわな。もはや定番であろう返しに蒼は頷いた。
「そちらもダンサーとは珍しい。やはり回避率の高さか?」
「そうそう。私基本ソロだし。あと、サブで双剣取れるからってのもある。私乱舞好きなのよね」
蒼もソロでやるうえでダンサーは割と候補であった。しかし、完全な回避型だと経験則で詰む可能性が出てくることから、ガードが出来ると予想した占い師を選択したのだ。
この選択は今でも間違っていないと自負している。
乱舞は決まると爽快だからな。かなり同感できる。
「じゃあ、皆でパーティなわけだ」
「それが聞いてよ。この人いくら誘ってもパーティに入らないんだよー」
啓子がこちらを指してくる。
そして、たがめはあり得ないと言いたげな表情を浮かべていた。
「その目は何だ?」
「いやさ、ソロプレイ好きなのは知ってるけど、縛りプレイもお好きなのね」
字面は合っているはずなのに、どこかニュアンスが違う気がするのは俺だけだろうか。
あと、割とゾクッと来たので止めていただきたい。
「占い師も捨てたものではないぞ」
「うわー、変態さんだー!」
「誰が変態だ」
初対面でこうもずかずかと物が言えるのは本当に啓子に似ているな。蒼からすると苦手なタイプであった。とっつきやすくはあるが、同時に鬱陶しさも付いてくる。
「まあ、WEOで見かけたら声を掛けてよ。私は今サートリスにいるけど、いつか会えるでしょ」
「そうだな」
互いのIDを交換したところで、丁度講義の時間になったので解散となった。
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