043 時には捨てる覚悟も大事
講義を終えてログインしたソウは、いつも通りギルドの2階で起きるとコンソールを開いた。
アイテム一覧の一点を見つめて、ううむと唸る。
「果たして、ここで使ってしまっていいのだろうか」
視線の先にはメルダから受け取った蘇生薬の文字が浮かんでいた。効力としてはその名の通り、蘇生効果があるわけだが実際に使ったことが無いのでどういう形で蘇生されるのかは分からない。
そして、これにはもうひとつ別の効果がある。
「万能薬、か」
こちらはフェリアから教えて貰ったものである。現地人相手に使用することで、死亡以外の病気を治せるらしい。
しかし、こちらも幅が広くフェリアも断定していたわけではない。
だからこそ、ソウは悩んでいた。
蘇生薬のレシピを持っているとは言え、現物はこれだけだ。
サートリスまでにまた特殊な相手が来た時のことを考えると、どうしても使うのを躊躇してしまう。
「……ご老体はここまで視えていて、あの時に蘇生薬を渡してきたのだとしたら」
いや考えすぎか。流れを考えると保険の意味合いが強い。それに、こちらが変異体との戦闘で使ってしまったらそれでアウトだ。
もしかしたら追加報酬で貰えた可能性があるかもしれんが、ifの話をしても仕方あるまい。
「なんにせよ、これから話して駄目なら使う覚悟を持たねばならんな」
ソウは決心すると、コンソールを閉じて1階へ降りた。
フロントを覗くも、いつも通り閑散としていた。今日はクロスも出かけているようで、完全にひとりだった。
カウンターに設置されている大水晶に触れて、更新されているであろうクエスト一覧を見た。
・レッドヘロン1体の討伐:3000マーニ
・ウォーターベア3体の討伐:15000マーニ
・ウォータードラゴンフライ20体の討伐:10000マーニ
・ウォータードラゴンフライの羽50枚納品:5000マーニ
・ロッククラブ5体の討伐:30000マーニ
・ロッククラブの爪5個納品:20000マーニ
これまた、未知のモンスターの名が載っていた。
「ロッククラブか。遭遇する可能性があるとすれば東か?」
西は水辺の区域が無かったように思う。居るとしたら東だろう。そこそこな値がついてるので、恐らくレアモンスターな気がする。
しかし、コスパで言えば圧倒的にウォーターベアを狩る方がいい。
「とりあえず、既出のモンスターのやつだけ取っておくか」
下手にクエスト欄を圧迫するのは好ましくない。モノシスの水の納品が出来ず、いつまでたってもソウのクエスト欄は空き7つなのだ。
慎重に選ばなくては、この先詰む日が来るかもしれん。
クエストの受注を終えたソウが向かう先は無論、船着き場である。
昨日よりも遅いログインであったので例の老人が居るかは賭けであった。しかし、釣りが出来る日ということでそれなりの時間残っていると予想。
路地を抜けて船着き場へと出たソウの視界に入ってきたのは縁に釣り糸を垂らした大勢の住民たちだった。
皆、名前は黄色ということでNPC確定だ。
「賭けに勝ったようだ」
そのなかに、例の老人を発見した。
ソウは反対に回って老人へと近寄っていく。足元には太ももの中間部分まで高さがある籠が置いてあり、そこに水が張られていた。口は穴の開いたプラスチックらしき板で蓋がされている。
中には白い魚が泳いでいる。アリュだ。
「面白いものだ」
見た目は網籠なのに、水が一切漏れていないように見えることにソウは疑問を抱いた。
こちらに気付いたおっちゃんが、ソウへと言った。
「何がおもしれえんだい? ただのアリュ釣りだぞ?」
「いや、こちらの籠だ。水が漏れていないから、不思議に思ってな」
ソウは籠を指して言った。
なるほど、とおっちゃんは頷いて、
「おまえさん、これを初めて見たんだな。これには漏れ防止の魔法が付与されてんのよ。だから水が漏れないってぇもんだ」
ほう、耐水の応用かね。何か悪さが出来そうなものだが、魔法師は気付いているのかね?
「そうだったか」
「なあ、あんた。その恰好からして、別に釣りに来た訳じゃなさそうだな?」
「ああ。ただの見物だ」
「見物っちゃぁ珍しいな。別に見てて面白いもんでもないだろ」
こちらとしては初見で珍しい光景なのだがな。
確かにただの釣りで相手が大物という訳でもない為、おっちゃんの疑問は尤もである。
「ちょっと、ご老体に用があってな」
ソウはおっちゃんの隣で黙々とアリュを釣っているダーロンを指した。
彼は物凄いペースでアリュを釣り上げていた。
「あん? ダーロン様にか」
「ああ。ちょっとな」
「仕事の話なら、直接アロス様に持ってった方が早いぞ?」
どうやら領主関連の話だと思われたらしい。確かに近くはあるものの、正直に説明出来るものではない。
「別に仕事ではないが、こちらとしては重要なのでな」
「そうかい。とやかくは聞かねえが、頑張るこった」
「なに、ループには慣れている」
「ありゃ、もう面識はあるのか。なら俺からは何も言わねえよ」
どうやら会話が成り立たないことを心配してくれていたらしい。
「忠告感謝する」
「あいよ」
そう言って、彼は釣りに戻っていった。
ソウは老人の右隣に立つと、水路を見ながら言った。
「大漁のようだね?」
「そうさのう。数は釣れておるが、白いのに当たらんのう」
またもや釣りあげたアリュは黄色だった。ダーロンは針からアリュを取ると水路へ投げた。
「して、お前さんはワシに用ということじゃが、この老いぼれに何が訊きたい?」
「正直なところ、今のご老体に尋ねることが無い」
「……どういうことじゃ?」
ぴくりと眉を持ち上げて、ソウを見てきた。
「ひ、ひぃ!」
隣で釣りをしていたおっちゃんが、慌てて道具を抱えるとその場から逃げ出した。それほどの気迫をソウも感じ取っていた。が、昨日も受けたために耐性が付いているおかげで逃げ出さずにいられた。
おっちゃんには悪いことをしたが、あまり人に聞かれたくない話であったので離れてくれたのは好都合だ。
「昨日も話をしたのだが、覚えているかね?」
「お前さん…… 見覚えがあるの」
こちらの顔を見つめ、ダーロンは頻りに頷いた。
とりあえず、内容はともかく容姿は覚えていて貰えたようだ。それなら話を進めていいだろう。
「昨日も世間話をした程度だが、覚えていてなによりだ」
「して、何じゃったか。飯の話かの?」
「違う。精霊についてだ」
思わず本題を口に出してしまった。
「ああ、そうじゃったの。だが、それはもう思い出せんのだ。アロスには悪いことをしたのう」
どこか遠い目をして、ダーロンは空を見た。釣られてソウも見上げるが、雲ひとつない快晴であった。
まさか、空に居たり…… はしないか。
「そこで、ひとつ。ご老体に朗報がある」
「何じゃ?」
「ここでは話せんのでな。一度現領主と交えて話をしたい」
胡散臭そうに見てくるが、少し考えてからダーロンは頷いた。
「あと白を1匹釣ったら帰るのでな。それまでは待っておれ」
「承知した」
ソウが頷いたことで、ダーロンは釣りに戻った。
ソウは邪魔にならぬよう後ろへ移動すると、地面に腰を下ろしてその後姿を眺めた。
それからも幾度となくアリュが釣れているのだが、色付きのようで釣っては還すを繰り返していた。
20分ほどして、ようやく白いアリュが釣れたようだ。ダーロンはアリュを籠に入れると帰り支度を始めた。
荷物をまとめ終えたところで、縁を登る。その後をソウはついていった。
対岸の船着き場で並んでゴンドラを待っていると、ダーロンが口を開いた。
「して、用は何じゃ?」
「ああ、やはりこうなるのか……」
面倒なので、領主に用があるから同行するとだけ言って、ソウは項垂れたのだった。
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