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030 いつも彼女がいないわけ

5万PV 突破致しました。

 白く小さいやや楕円系の尻尾を振りながら、そいつは足元の悪い森を駆けていく。時折こちらへ振り向くのはしっかりと着いて来ているのか確認しているのだろう。

 思っていた以上に知性があるのだとソウはホーンラビットに対する認識を改めた。序盤に戦ったフォレストウルフもコンビネーションによる戦術を繰り広げていたのを思い出す。群れの習性をうまく反映させたのだろう。こうした一面を見ていると、例え道中に出てくる雑魚的ポジションのモンスター達であったとしても油断するとやられてしまうということにも納得がいくというものだ。

 こうした小さな気付きは慢心の抑制にも繋がるので侮れないものである。

 

「プゥ」

「ふむ、こっちかね?」


 先頭を行くホーンラビットの白い尻をソウは追いかけた。

 時刻は深夜0時を回っているのだが、ソウは珍しくログインを続けていた。

 進む道は木々が生い茂っており、重なる葉の隙間から月明かりが僅かに届く程度の薄暗さ。そんな視界の悪い中、ウサギを見失わないように気を付けつつ森の中を歩いていく。向こうも逸れないように気遣ってくれているので見失うことは無いと思うが、念の為である。

 マップを見れば、矢印の示す先は行き止まりとなっている。しかし、ウサギの後を追って不可視の境界線を通過する毎にマップが更新されて道が現れるのだ。

 先程からその繰り返しであった。


「まさか、抜け道があるとはな」

 

 日中にあれだけ森を巡っておきながら次々と未知のフィールドが現れるのだ。これはもう、システムによって意図的に封鎖されていたとしか考えようが無かった。

 

「しかし、ご老体はもう少し情報を出してもいいとは思わんか?」


 クロスに案内させれば解決するというのに、何故態々回りくどいことをするのだろうか。


「プゥ?」


 ソウの投げかけに、足を止めたホーンラビットは可愛く首を傾げるだけであった。

 

「足を止めさせてすまんな。案内を続けてくれ」


 伝わったのかは分からないが、ホーンラビットは身を翻してソウの知らぬ道を開拓していった。

 


 講義を終えた蒼は帰宅するとスルメイカへ外套について相談したいという旨の連絡を入れてからログインした。

 向こうは現実はクリエイターらしく、連絡が取れないことがしばしばある。急ぎではあるがそれを相手に要求するのは違う。気付いたときに返してもらえばいい。

 いつものごとくギルドの2階で目覚めたソウはイベントポイントで景品を交換した後、1階へと降りていく。壁をすり抜けてロビーに出ると、いつも無人のカウンターには珍しくメルダの姿があった。彼女は椅子に座り、魔導書らしきものを読んでいるようだ。

 本へ向けられた視線がちらりとこちらへ向いた。


「おや、ソウじゃないか。おはよう」

「ああ、おはよう…… でいいのか? 夜だが」

「お前さんは今起きたのじゃから別に構わんじゃろう?」

 

 そう言って、メルダは読んできた本を閉じて膝の上に置いた。

 つまり、話があるから座れということだ。

 ソウはメルダの対面へ腰を下ろす。


「さて、今回はお疲れさまだね」

「ああ。まさかあれほどの敵と戦うことになるとは予想していなかった」

「ふぇふぇふぇ…… フェリアとクロスから聞いているよ。何にせよ、よくやったね。私からも礼を言うよ」


 ソウは純粋に驚いた。

 いつもはこちらを弄ってくるというのに、どういう風の吹き回しだろうか。今日は雨か?


「まさかご老体から礼を言われるとはな。因みに、クロスとは?」

「黒フクロウの名じゃよ?」


 あのフクロウ、クロスと言うのか。今度から名前で呼んでやらねばな。


「それほど意外かね?」

「ああ」

「やれやれ、心外だねぇ……」


 悲しいよ、とメルダはため息を吐いた。 

 微塵にも思っていなそうな見た目で言われても説得力が皆無なのだが。


「なんにせよ、あまり期待して無かったがお前さんは成し遂げた。久しく上機嫌なフェリアを見られたものよ」


 いつもにこにことしているフェリアが、珍しく? ご機嫌とはどういうことだろうか。ご老体が何か迷惑をかけているの間違いではないかね?

 彼女と何度か会ったソウであるが、これまでで一度も不機嫌な様子を見たことがなかった。

 むしろ、会うたびにニコニコと眩しい笑顔を浮かべているのだが。


「ふぇふぇふぇ。そう簡単には分からんものよ。長い付き合いだからこそ分かる変化よ」

「そうなのか」


 どうやら、あの笑顔の下には溜め込んでいるものがあるらしい。こちらを弄ってくるのはそのストレスの解消だろうか? ご老体しかり、どうして俺の周りには人をおもちゃにしたがる面子が集まってくるのだろうか。


「それは置いておくとしてじゃ。お前さん、調合のレシピを知りたいのじゃろう?」


 ようやく本題に入るらしい。そしてこちらから訊かずとも話が通っているのは有難い。これで雑談が無ければ完璧だが、それはそれで端的すぎるか。 

 ……前言撤回。ご老体に関しては無駄話が多いな。


「ああ。フェリアからレシピを貰ったはいいが、作れなくては意味がない」

「じゃろうな。しかし、生憎とワシが教える時間が取れんのも事実。そこでお前さん、これからサートリスに向かってもらうよ」

「……はあっ⁉」


 先程ゆっくり行くと幼馴染たちに宣言したばかりでこれである。

 ソウは内心で頭を抱えた。

 これを話せば、スモポン辺りは喜ぶだろうが。


「何故サートリスなのだ?」


 調合ギルドならこの街にもあるし、最悪【調合】のスクロールなどがあればそれで解決するではないか。


「ふむ、お前さん。自分の職を忘れてはおるまいな?」

「忘れるわけがないだろう。占い師 ……まさか、そういうことなのか?」


 思わずソウはヘルプからスキル取得欄を見た。読み飛ばしていくと、初期スキルの説明を発見。


*各ジョブに設定されている初期スキル、およびジョブ専用スキルはスクロールによって取得することは出来ません。また、特別な条件を達成した場合に限り取得が可能となります。基本ジョブ、EXジョブによって取得できるスキルは異なります。


「……oh」

「何を見ているのかは知らんが、その様子だと理解したようじゃな」


 コクリ、とソウは頷きを返してそっとコンソールを閉じた。


「つまり、この特殊な条件とやらを達成するためにはサートリスに向かわねばならないと」

「そういうことじゃ。知っての通り、【調合】は調合師たちの飯のタネ。おいそれと他の職に取られては意味があるまい」


 ごもっとも。だからこそジョブという概念があるわけだ。そうでないならわざわざ分ける意味がない。そして、ようやく第三の街に行く意味が理解できた。


「エルフ、だな?」

「ふぇっふぇっふぇ。ようやく頭が回ってきたようじゃの。サートリスにはワシの知り合いの調合師がおる。あやつであれば、お前さんにも教えを説いてくれるはずじゃ」

「なるほど」

「これが、ワシからの報酬じゃな」


 メルダからの依頼ではないのだが、恐らく友人の頼みを解決したから褒美をくれるといったところか。とはいえ、これで蘇生薬を自前で生産できる可能性が出てきたわけだ。ポーション類も自作できるとあれば、独り旅の効率がぐっと上がるに違いない。


「ありがたく貰っておこう」


 そうなれば、他の街のギルドへ行くことになるのか。


「ところで、サートリスもそうだがアジーラにも占いギルドはあるのだろうか?」

「無論じゃ。何を心配しておる。そこにも大水晶が置いてあるのでな。各街で発行されているクエストは異なっておるから、その街でしか受けられんものもある。必ず登録はしておくことじゃな」

「なるほど。そうか」


 というか、やはり大水晶なのだな。人件費が掛からなくて結構なことだ。


「して、そちらのギルマスは……」

「ワシじゃよ」

「は?」


 このご老体はなんと言った? ワシ ……まさか、そういうことなのか⁉


「ふぇっふぇっふぇ。その顔は理解したようじゃの。そう、占いギルドはワシひとりで運営しておる」


 衝撃の事実だった。

 だからいつも居ないのか。全国行脚などやはりか弱い老婆とは無縁じゃないか。


「もし不在の場合、ジョブの登録はどうするのだ?」

「ワシが不在のときは大水晶が勝手に案内しておるよ。お前さんの時は偶々ワシが居ったから直接説明したがのう」


 大水晶、便利すぎでは? 


「もしや、クロス以外にも使い魔を飼っている?」

「それぞれの街と言いたいところじゃが、そうもいかんのでな。大体2、3の街に1匹程度じゃのう」


 それでも十分すごいことではないだろうか? ちっ、流石にここで街の数は露呈させなかったか。

 魔女にしか見えんからその歪な笑みを浮かべるのは止めたまえよ。


「自分で足を運ぶことじゃな」

「分かっている」

「サートリスまではクロスの区域じゃ。偶に構ってやっておくれ」


 そうなのか。だとしたら偶に肉をあげるとしよう。


「とりあえず、話はこんなところじゃの」

「そうか。因みに、サートリスへは普通に向かえばいいのだな?」

「どちらにしてもアジーラには行かねばなるまいから…… そうじゃのう、フェリアを頼ってみるとええ。お前さんにならきっと力になってくれるじゃろ」

「フェリアに?」

「うむ」


 何故フェリアの名が出てくるのだろう。まさか、アジーラへの転移法があったりするのか。


「きちんと歩いていくことになるぞい」


 だからこちらの思考を読んでくれるな。つまり、例え転移門が在っても使わせてくれないわけだな。


「仕方ない。では、精霊の森に向かうとしよう。ご老体、残念だがまた会おう」

「まったく、素直じゃないのう」


 抜けた前歯を鳴らしてメルダは笑った。

 

「ふん」


 お返しとばかりに鼻で笑うと、ソウは大水晶に触れた。いくつか手持ちのアイテムで納品出来るものがあったので、可能な限り換金を繰り返した。

 僅かながら懐に余裕が出来たソウはギルドを出たのだった。

 

 ソウが出て行ったあと、メルダは次の街に向かうための準備を始めた。

 

「しかし ……ソウはよくやるね。普通の渡り人ならすぐ【未来視】に手を出すはずじゃがのう。結局、使ったのは最初だけとは。ふぇふぇふぇ」


 面白いものを見つけたとばかりに、メルダは皺くちゃな顔を更に歪めたのだった。

 その様子を丁度入ってきたプレイヤーが目撃し、ビビッてすぐにリビルドしたとかしないとか。

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