022 風精霊の加護
昼食を済ませた蒼は、鈴香たちにスマホで変な絡まれ方をしたことだけグループチャットで伝えると再びWEOにログインした。
ソウは意識がWEOのアバターと連動する感覚を覚えた。
そよ風が頬を撫でるともに後頭部から柔らかな感触が伝わってくる。地面で寝そべったはずなのだが、またホーンホースが枕にでもなってくれているのだろうか?
あるはずのない感触に疑問を抱きつつ、ソウは目を覚ました。
飛び込んできたのは青空などではなく淡い灰色。その中央には鈍くも主張をしている橙色の線がソウの頭上を通り抜けている。
ここはどこだろうか? まさか、寝ている間に別世界へ迷い込んでしまったとでも言うのだろうか?
原因を探るべくソウは起き上がろうとすると、後頭部とはまた違った柔らかい感触が今度は顔面を襲ってきた。
まずやってきたのは布の肌触りであり、次いでふっくらとした柔らかな弾力によって受け止められる。
そこから連想されるのは……
ソウの思考はフリーズした。
「――な、な、な」
「あらあら、寝坊助さんね……ソウ?」
優しく澄んだフェリアの声音はソウに届いたものの、返事をするだけの声が出てこなかった。
目の前のそれがフェリアの着ている服であり、ソウの顔を受け止めているのは彼女の綺麗な曲線を描く双丘であったと認識してしまったことでさらに困惑する。これまでそういったことに縁のなかったソウは見事に狼狽したのだった。
「し、失礼した!」
ソウは身を捻って壁を避けるや、即座に立ち上がり謝罪する。
頭を下げたソウの顔は火を噴くかの如く真っ赤に染まっていた。
「ふふ、構いませんよ。頭をあげてくださいな」
正直なところこの火照りが静まるまでは面を上げたくないソウであったが、フェリアの許しから渋々顔をあげた。
フェリアは何が面白いのか、いつもの柔らかい微笑みを浮かべてソウを見ていた。本当に怒ってなどいない、優しい表情をしている。
恥ずかしさでソウはこの場から立ち去りたい衝動に駆られるが、それはそれで失礼に当たるためぐっと堪える。
「ふふふ、可愛い」
フェリアが弄ってくる。
「冗談ではない」
「そう照れなくてもいいではありませんか。まだまだ子供なのですし、私は気にしていませんよ」
慈愛に満ちた表情でフェリアは言った。
なんてマイペースというか、精霊からすれば人間は子供の部類なのだろうがやられた側からすればたまったものではない。
ソウは早鐘を打つ心臓をどう鎮めたものか、必死に思考を回した。
「あらあら、困った子……」
フル回転させてよくわからない言い訳が脳内を廻っているなか、フェリアはあろうことかこちらの両頬を両手で挟んできた。
やや冷たい感触が唐突にやってくる。
すると、包まれた両手からぼんやりと白い光が溢れてきた。
「はい、落ち着きなさい」
何かがソウの中にゆっくりと入ってきて、脳内がすっきりと洗い流される感覚を覚えた。されるがままなっているソウは気付けば暴走した思考がどこかへ消えており、普段の冷静さが戻って来ていた。
「これで大丈夫ね」
じっとこちらを覗き込んでいた顔とともにゆっくりと手が離される。
接触が解かれたことで、ソウは一度深呼吸をすると思考を切り替えた。
「あ、ああ。すまない、取り乱してしまった」
「そうね。落ちついたようでよかったわ」
「聞いていいのか分からないが、先ほどのものは魔法か? 何だか身体が軽いのだが……」
何かが入り込んだことで、デスペナを受けて怠惰感を持っていたソウの身体が軽くなっていることに気付いた。
「ふふ。さあ、なんでしょうね」
やんわりとはぐらかされてしまった。そう易々とは教えて貰えないか。
「あらあら、そんな困った顔をしないの。そうね、ではヒントを上げましょう」
そこまで俺の顔は表情豊かであっただろうか? 彼女は読心術の心得でもあるのかもしれない。
ソウは自身の思考が読まれていることに疑問を浮かべるが、そういうものだと割り切って今後フェリアを相手にしても気にしないように決意する。
「調べれば簡単に辿り着くものだけれど…… 思えばそれほど隠すことでもないわね。じゃあ言っちゃうわ。貴方の身体を調べてみなさいな。そこに答えがあります」
「俺の身体……?」
フェリアのヒントに従い、自身のアバターを見下ろした。それだけでは分からずあちこちと調べていくも、特に変化は見当たらない。
フェリアに視線を投げかけるも、ニコニコとしているだけだった。
「ふむ……?」
特段変化は見られないが、彼女が言うのだから何か起こっているのだろう。
身体の変化。外相に変化無しとなれば内面? 状態異常……コンソールか!
ソウはとっさにコンソールを開いて、自身のステータスをタップした。
そして、スクロールしていくとそこには目を引く項目が追加されていた。
『風精霊の加護』
ソウは気が遠くなりそうだった。
創造神の加護に続いて二つ目の加護である。創造神の加護はプレイヤーが誰しも持つ加護であり、これがあることでプレイヤーは自動的に復活することができるらしいのだとか。
詳しく調べていくと、デスペナが10%→5%にまで抑え込まれている。つまり、そういうことなのだろう。また、ステータスもDEXに10とLUCKに5の補正が入っている。SP15と言えばメインジョブ約8レベル分に相当する。まさに破格といえよう。
「これは、凄まじいな……」
恐らく、この加護を持っているプレイヤーはソウ以外居ないだろう。その証拠に精霊の森の存在が明らかとなっていないことが上げられる。
だとすれば、情報を秘匿する価値が更に増してしまった。
「加護を集めると、かなり有利に立ち回れる?」
「気付いたみたいね。加護は強大な力を持っていますから、戦闘でも優位に立てることでしょう」
さらっと重大な情報が出てきた。
「そんなものを俺に渡して大丈夫なのか?」
ソウの問いにフェリアが珍しくムッとした表情を浮かべた。
「いいですか、ソウ。私は誰にでも加護を与えることはしません。あなただから、というよりもあなたが資格を得たから渡したのです。万人に加護を配ることはありませんよ」
「そ、そうか。それは失礼した」
フェリアはソウの顔面にずいっと細く白い人差し指を突き付けてきた。一瞬にして距離を詰められたソウはまたもや狼狽した。
その言動を見ていたフェリアは満足したのか、頷くと離れてくれた。
バクバクと心音が木霊している。
お、落ち着け俺……
ドギマギした感情を理性で鎮めると、フェリアに視線を向けた。どうやら加護には鎮静効果も付いているのか、静まるのが早くなっていた。
「身体が癒えたようですし、そろそろ再戦してみてもいいのですよ?」
言葉の裏に、早く倒してこいという意味が含まれていそうなのは気のせいだろうか?
いや、これだけ尽くしてくれたのだから応えるのが筋であろう。
「ああ。次は負けぬよう努めよう」
「ええ、いってらっしゃい。今度来るときは朗報を待っているわよ?」
ウィンクをして、フェリアは泉の外を示した。その優しくも強制力のある言葉に従い、ソウは泉を後にした。無論、嫌な気持ちなど起きるはずもなかった。
評価・ブックマークありがとうございます!