021 変異体再び2
「ガオラアアア!」
咆哮とともに、地面が継続的に揺れる。
「まったく、どれほど脳筋なのだね!」
ソウは木の上に退避しつつ、悪態を吐いた。
先ほどの毒が回り、1本目のHPが残り5割を切った。その後も回避とフェイントを織り交ぜて残り2割までは持っていくことに成功。4割を切った時点でスーパーモードになると予想していたが、嬉しいことに変化がなかった。
素のパターンは完全に把握できたこともあり、毒袋を使うことなくただ切りつける作業の繰り返しであった。攻撃が通り易いことから獣骨の直剣の耐久度は7割ほど残っているので安全に攻撃が出来ているのもポイントだろうか。
因みに、水晶玉はキメラの見事なスイングによって圏外に飛ばされたこともあってソウの手元へ返還されている。
捜索の手間が省けて何よりだった。
「これでどうかね?」
がら空きの背に大振りの剣撃を入れて、オーラが来ることを警戒してさっと離れる。
キメラのHPが2割を下回る。
「グルァ!」
キメラはこちらに恨めしい視線を投げかけつつ、ドラミングを行った。しかし、敵の体形に変化は起こっていない。
「どこで来る?」
ドラミングを終えたキメラを見ていたソウは、少し気になる点を見つけた。
キメラの顔がやや赤くなっており、その巨体が細かく左右に揺れているのだ。
その現象に首を傾げると、キメラは上段に右拳を持っていき、左手は掌を地面に付けた姿勢を取った。
「これまでとは違い、礫が飛んでこない?」
振り払うのではなく、地面に置いて身体を支えているようにも見える。
その様相に、ソウは嫌な予感を抱いた。
そう思った時にはすでに行動をとっていた。
ソウはとっさにその場から横に向かって全力で走る。
「ゴウ!」
けたたましい音を立てて空気の拳が迫る中、ソウはヘッドスライディングで緊急回避を試みる。おかげで直撃は避けられたものの、風圧によって身体が吹き飛ばされた。
軽く地面を転がるが、今回は受け身を取ることでダメージを最小限に抑えることができた。
「やはり、空気砲! 左手は支柱か」
キメラの咆哮が木霊する。地面すら揺らすその声に、ソウは慌てて耳を塞いだ。
見れば、キメラは第二破を打とうとしているではないか。
スタン後の攻撃とは、常套手段ではないか!
当然、ソウは回避するすべもなくエアパンチを食らってしまい、視界が一瞬にして暗闇に誘われたのだった。
*
意識が戻るのと同時に、後頭部に柔らかな感触が伝わってきているのをソウは感じた。
一体なんだと目を開けると、そこには青空が広がっていた。
自分の身体を見ると、どうやら草むらに寝かされた状態のようだ。顔を横に向け、この感触の元を見る。
丁度、ウルウルとした可愛い瞳がこちらを覗いていた。
「お前は……」
そいつは身じろぎをすると急に立ち上がり、乗せていたソウを草むらに落とした。
「つぅ……せめてこちらが起きるまではそのままでいて欲しいものだ」
打った頭を擦りつつ、枕代わりになってくれていたホーンホースへ苦言を呈した。
「あらあら、やられてしまったようね? 大丈夫?」
済んだ声音がソウの耳を優しく撫でる。
「フェリア…… ということは、ここは泉かね?」
声の方へ振り向けば、いつも通り祠へ腰かけるフェリアの姿があった。
彼女はソウに微笑むと、頷いて見せる。
「ええ。びっくりしたわよ? 突然泉からソウが飛び出てくるんですもの」
「なに?」
俺が飛び出てきた? ということは、ここがセーフティエリアだけでなくリスポン地点でもあったということか?
ソウはコンソールを呼び出して、己のステータスを見た。
全てのステータスの減少と、ドロップ品の一部が無くなっていた。
肝心の毒袋の減りが無かったことは助かった。
「ふうむ、綺麗に10%持っていかれている。あと半日はこのままか」
ソウはこの世界で初めて死んだことになる。そのことに、フェリアは何も疑問を抱いていないようだ。NPCには渡り人がどのような生態であるのか認知されているということだろう。
「だから彼があなたを地面まで引っ張って、気付くまで傍に居てくれたのよ」
俺を運んだホーンホースは水浴びに戻っていた。
相変わらずというか、奴は陸より水中にいる方が好きなのだろうか?
落とされたとはいえ、礼を述べておくのが筋であろう。
「なるほど。名は分からんが、ホーンホースよ感謝する」
ソウはホーンホースにお辞儀をして礼を述べた。当のホーンホースはこちらの言動が理解できていないのか、じっとこちらを見つめているだけだった。
その姿に苦笑を漏らし、ソウはフェリアを見た。
「ふふ。ちゃんとお礼が言えるなんて、お姉さん感心よ~」
フェリアは微笑みを浮かべていた。
「そんな礼儀正しいソウ君にはこれを上げましょう」
そう言って、フェリアは右手を天に掲げた。
釣られてソウは伸ばされた右手を追いかけるように見る。すると、伸ばしたフェリアの右手の平が淡い輝きを放ち、ゆっくりと静まった。
その手には小さなリボンによって閉じられた小袋がちょこんと乗っていた。
「はい、どうぞ~」
フェリアはそれをソウに差し出してくる。
祠から岸まで遠いのだが……
と思っていたら、袋が宙に浮いてソウの元までふわふわと漂ってくるではないか。
手の取れる位置まで飛んできたそれを、ソウは片手で掬い取った。
「ふむ、これはなにかね?」
反射的にそれを受け取ってしまったソウは、フェリアに尋ねる。
「眠り薬よ。どんな悪い子でもすぐに寝付いちゃうすぐれものよ」
また、とんでもないアイテムをくれるものだ。
先ほどは蘇生薬を使う暇なく殺されてしまったが、どんどんとこちらに有利なアイテムが入ってくる。
これはいいのだろうか?
コンソールで確認すると、使用個数は3となっている。また、連続で使用すると効果が薄くなるとも記載されていた。
効果減少は罠系の薬あるあるだな。
「いいのよ。ソウは頑張っているもの」
「こちらの思考を読むのは勘弁してもらえないだろうか?」
「そう顔に書いてあるわ」
フェリアは口に手を当ててひっそりと笑う。
俺の思考は幼馴染以外にも筒抜けなのではと不安になってくるのだが……
「有難く使わせてもらうことにしよう。助かる」
「いいえ、こちらが頼んでいるのですもの。これくらいはさせて欲しいわ」
これは期待に応える必要があるな。だがとりあえずは昼だ。
ソウはログアウトが可能になっているのを確認して頷くと、フェリアに言った。
「フェリア、俺はしばらくここで眠ることにする。自然と起きるから、それまでこの身体は放置してくれて構わん」
「あら、そう? 渡り人は変な時に眠るのだったわね。いってらっしゃい」
適当に寝られそうな場所を探すと、そのまま寝転がる。フェリアに見送られながら、ソウは昼食を取りにログアウトしたのだった。
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