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プロローグ1

 薄暗く埃臭い地下施設で5人の男女が戦闘をしていた。

 ぱっと見て現代的な服装でどこにでもいる普通の少年少女たちだが、彼らは今死の瀬戸際に立たされていた。

 胴体にいくつもの触手を生やした形容しがたい巨大な軟体生物が彼らと相対しているからだ。

 鈍くも神々しい光沢を波打たせた触手が彼らに向かって襲い掛かってくる。


「うぉー、回避。かいっひーっ!!」

 

 軟体生物の一番近くにいる火かき棒を手にした大柄の少年は、向かってくる触手を避けようとしていた。


「おい、今度は当たるなよ」

「俺に言うな。女神さまに言え」

「じゃあ、無理じゃないかしら。今日は7割外しているもの」

「いや、この土壇場じゃわからんぞ」

 

 タゲを取っている少年に対してひどい言いようである。


「うぉー、成功」

「ほらな」

「流石、主人公補正」

「まるでゾンビよね」


 間一髪のところでサイドステップが決まり、少年は触手を全て避けきるとすぐに攻撃へ転じた。手に持つ火かき棒で本体を狙うべく、少年は触手の脇を潜り抜けて駆ける。間合いに入ると火かき棒を振り上げて、力いっぱい振り下ろした。


「せいっこう!」

「ダメは?」

「最大値!」

「ナイスゥ」


 人類が出していいのかわからないダメージが軟体生物を襲った。ゼリーにスプーンを通すほどの感触だが、少年は確かなダメージが入ったことを確信した。

 力いっぱい振り切ると、ブヨブヨとした気持ち悪い皮膚が削り取られ、宙に散らばった。その一部が顔にかかり、少年の精神は不快感によって僅かにすり減った。


「すずちゃん、呪文まだ?」

 

 消火器を手にしているブロンド髪の少女は、己の後方にいる禍々しい本を手に持つ黒髪ロングの女性へと尋ねる。


「あと1ラウンドほしい」

「なら、もう少し肉盾には頑張ってもらうという事で」

「肉盾ゆーなや! さっさとその文明の利器使えよ」

「まあ、ここで使わなきゃどこで使うんだってね。了解」


 そう言って知り合いの警察より拝借したニューナンブM60を手にした眼鏡の青年は化け物に向かって銃を構えた。

 リボルバー内の弾数は残り4発。ここに来るまでに2発使用済みだ。これを外すと背水の陣であること間違いなしであろう。

 撃鉄を下ろし、トリガーを引く。この動作を2回行った。


「さあて、今回は当たるかな?」

「是非とも当ててくれ。火力要員」


 結果を見届ける一同。


「あー、片方はずれだな」


 銃弾を放った青年は落胆の表情を浮かべた。


「火かき棒でも入るんだ。1発だとしても相当なダメになったでしょ」


 放たれた弾丸は化け物の皮膚をまき散らしながら押しすすめ、貫通することなく体内に残った。

 ぐちょりとした嫌な着弾音とともに、怪物はその痛みからか低いうめき声を放つ。ゾンビが鳴くような重低音を震わせてノイズ化させたまるで形容しがたい音に、少年たちは顔を歪ませた。ドロドロとした負の感情と未知なる光景が脳へフラッシュバックしてくる。あれには人間が一人取り込まれている。その過去を少年たちは無理やり見せられていた。悲しくも悔しい、最愛の人を失った慟哭。それが改変されて無理やりゾンビパニックでも見せられているような、そんな不愉快な光景を少年たちは見せられた。


「ったく、戦闘中に精神攻撃はいかんでしょ」

「少しは同情できなくもない」

「私、動けないや。恐怖で消火器落としちゃった」

「できて応急手当くらいだろうに」

「一応殴れましたけど?」

「ダメマイナスがなにいってんだか」

「なんで消火器持ってきたし」

「私が使えなくてもそこの脳筋の予備武器になるじゃない!」


 この局面で小学校高学年の少女が消火器を手にしていた様は、なかなかにシュールだ。年齢的に未知の化け物に対して恐怖することは何ら不思議でもないことだった。


「結果論だから張り合わないよ!」

「向こうさんも動けないようだ。ほら肉盾、出番だよ」

「ならとどめえ」


 大振りに振った火かき棒だが、彼の手からするりと抜けてあらぬ方向へと飛んで行った。


「あ、」「ぷっ」「やると思った」「平常」


 それは不幸にも天井に突き刺さり、どう足掻いても回収が出来ないことは明白だった。

 この大事な局面でやらかした少年の背に、ひしひしと戦犯の意味を込めた視線が突き付けられているのを感じた。


「おう……」

「さすが」

「やってくれるねえ」

「装備ロストだな」

「ちくしょう! 毎回こんなんばっかだよ」

「ほら、消火器拾いなさいよ。やったね、出番あるかも?」


 少年が退避している間に、銃声が2回。今度は両方とも命中したようで、怪物は更に悲痛な叫びをあげ、もがき苦しんでいた。

 最も距離を取っていたすずと呼ばれた女性の身体が鈍い紫色の光を放ち始める。


「残念、出番はなさそう。準備できた。魔術発動」


 細くとも透き通る声に答えるように、怪物の足元が照らされる。

 鈍い紫色の光がいくつも出現し、幾何学模様を描き始めた。それらは最終的に二重の円を描くとピタリと動きを止めた。

 描かれたものは所謂魔方陣であった。

 魔方陣は何度か点滅を繰り返すと途端に強い光を放ちはじめ、少年たちにも閃光が襲い掛かった。


「まぶしっ!」


 少年たちはとっさに腕で目を隠す。

 束の間で発光は収まり、少年たちは腕を下ろして怪物のいる方へと視線を向けた。

 そこには先ほどまで戦っていた形容しがたい化け物の姿は無かった。また、魔方陣も消えており広々とした本来の地下倉庫としての空間が広がっているのだった。


「終わった……のか」

「そうね」

「はい、おめでとう。シナリオクリアだ」


 自前のPCから顔を上げ、高橋蒼たかはしそうは告げた。

 途端、その場にいた4人の緊張が抜けた。

 今、1つのテーブルを5人で囲んでおり、蒼はその上座に位置している。左右には男女が2人ずつ分かれて対面する形で座っていた。


「ふぃ、火かき棒がファンブってすっ飛んでくとは…… おのれ女神め。そうまでして俺の武器を取り上げるか」


 シャツの上からでもわかるほどがっしりとした体形とスポーツ刈りを組み合わせた男性、早瀬康太郎はやせこうたろうは机の中央に置かれた二つのダイスへと忌々しいとばかりの視線を送っていた。

 彼は自前だろうが、他人のものだろうがどれだけステが高くとも平均成功率3割をたたき出す腕前である。もはやそういう星の下に生まれたとしか言いようがないレベルだった。そのくせ終盤で自分が瀕死になると女神が微笑んで生き残るものだからなおの事性質が悪い。


「そうは言ったって、康太郎死なないじゃん。結果オーライだよ。消火器いる?」

「いらん。それ持って帰ったら面倒なことになりそう」

「確かに。路上で消火器持った高校生とか不審者間違いなしだよね」

「小学生が持っていても同じではないかしら」


 康太郎の対面に座っている色素の薄い髪に凹凸の薄い女性、吉野啓子よしのけいこはボールペンをいじりながら康太郎をもいじる。


「はんっ、運ですべてを解決する女に言われてもうれしくないわい」

「どっちもどっちかなー」 

「はいはい、そこまで。クリアしたんだからいいじゃないの。蒼、クリア報酬は?」


 康太郎の横に座る眼鏡をかけてひょろっとした男性、岡西琢磨おかにしたくまが二人を宥めつつ、蒼に尋ねた。


「未知の生物の退散と、全員生存で2回分の精神回復と成長分だな」

「了解」

「すずちゃん、私何クリったっけ?」

「まったく、ちゃんとチェックしているでしょう?」

「ああ、そうだった」


 ゴメンゴメンと両手を合わせつつ、啓子はダイスを振った。


「あ、最大値」

「相変わらずねぇ」


 己の運を最大限発揮している啓子に星川鈴香ほしかわすずかは苦笑した。長く腰まである黒髪が静かに揺れる。

 全快したことをキャラクターシートに記述した啓子をよそに、鈴香はPCで作業をしていた蒼に視線を向けて、


「ねえ、蒼。そろそろ貯まる頃ではないかしら?」


 そう尋ねたのだった。


「うん? ああ、今月の給料が振り込まれたら買える、というか引き取れる」

「そっか、じゃあみんなでできるね! WEO!」


 啓子はパァ、とひまわりのような笑顔を浮かべた。

 ウォカピタル・アース・オンライン。通称WEO。VR技術が発展し、夢のフルダイブ機能によって実現した完全体験型RPG。

 蒼らが生まれる前にヴァーチャルへのフルダイブ技術は実現しており、その先駆者となった企業が手掛ける最新作である。

 


「おお、ついに蒼も参戦か」

「お前らが買え買え煩かったのが原因だろうに……」


 蒼はげんなりとした表情で、康太郎に言った。


「まあ、そりゃあこのメンツで一人だけ会話に参加できないってのもなんだかなぁって。別に嫌いじゃないんだろ? ダイブ式VR」


 康太郎は机に広げてあるビスケットをつまみながらキャラクターシートへ結果を記載していく。随分とステータスが低下したシートを見直して、げんなりとした表情を浮かべた。  


「キャラ作り直すかァ……」

「ダイブ式は触ったことないから何とも言えん」

「では蒼。準備出来次第、今度家に取りに来てくださいね」


 WEOの販売が今から約一ヶ月ほど前のことだ。当然売り切れが予想されていたが、その時俺には金がなかった。両親不在(海外に出張中)のため頼ることができず、考えた結果、彼らの地域の地主であり鈴香の父に頼んで機体とソフトの確保をお願いしていた。

 長い付き合いということもあり、無事に承諾してもらえた。


「ああ。長いこと預かっててもらって済まないな」

「いえいえ。これくらいお安い御用です」

 

 今回の記録を終え、蒼はPCの電源を落とす。


「なになに? ついに蒼君もWEO始めるのー?」


 蒼の横からにゅいっと首が生えてきた。ボブカットの黒髪からふわりと漂うラベンダーの香りが鼻孔を擽った。蒼はとっさに半身を左へスライドさせる。


「暦さん、驚かさないでください。それとおかえりなさい」


 ドギマギした気持ちなるも、相手は既婚者であり自分たちと同じくらいの子供を持つ親である。向こうもこちらを子供だと思いつつもいじってくるあたり、年季の違いを感じられた。


「はい、ただいま。店番任せてごめんね。これ、みんなで食べて」


 そういって暦さんは買い物袋を漁り、バラエティー箱のアイスが出てきた。

 ここは路原暦みちはらこよみが運営するボードゲームカフェ、“ロード”の店内であった。

蒼たちの住む家の近くで、大学との間にあることからよく立ち寄っている場所だ。

 四方の内、入口側を除く三面には棚が置かれ、そこには数多くのボードゲームが揃えられている。かなりの年代ものから最新のものまで、ここに来るだけで遊び尽くせぬほどの宝の山が揃っていた。しかし今日は五限までの暇つぶしでそこまで時間がないということもあって、いつもやっているTRPGのキャンペーンシナリオを回していたのだった。


「わあ、暦さん。ありがとうございます!」


 真っ先に啓子が受け取り、どれがいい? と蒼たちにアイスのバラエティー箱を向けてきた。ちゃっかり自分の分は先に確保しているのが彼女らしい。

 各々適当に目ぼしいものをピックし、残りは暦に返した。

 

「暦さん、ごちそうさまです」

「いいって。で、蒼君はジョブ何にするか決めたー?」

「いえ、まだですよ。一応目星は付けていますが」

「とはいっても、蒼はどうせソロ適正高いやつだろ?」

「そうだ」


 蒼はゲームをやる場合、基本的にソロでクリアすることを目標に始める。また、なるべく攻略サイトを見ることはせず、初見での攻略を楽しむことを信条としている。難しい場合や緊急時はそれらにお世話になるものの、それは昔からプレイスタイルなのでみんなにも割り切って貰っていることだった。

 協力プレイもそれはそれで好きだが、一人でやり遂げた時の達成感が段違いなのだ。やるからには全力で挑みたいものだ。

 

「そして実際に会うまで教えてくれないまでがいつもの流れよね」

「まあ、毎回何を選ぶのかこっちは賭けて遊んでいるからどっこいだけど」

「いいわねぇ。私も一応垢は作ってあるけど、休日くらいしかできないからなァ…… 息子たちが羨ましい」

「ははは……」


 大学生の蒼たちはゲーム時間の確保は意外と容易である分、社会人の暦に返せる言葉は持ち合わせていなかった。副業もしているので空き時間は割とシビアだ。


「まあ、そのうち隼人はやとも合流するだろうから、仲良くしてやって? わたしもたまにやるからその時は一緒にやりましょう」

「もちろん!」


 暦の一人息子である隼人は同じ大学に通う蒼たちの一つ下で後輩だ。今は講義があるので不在。いつもこの時間は暦さんの買い物時間捻出のため隼人が店番をしているのだが、気心の知れた蒼らがその代わりをしていたのだった。

 蒼は時計を見て、時間であることに気付いた。


「みんな、時間だ。それじゃあ、暦さん。また」

「ええ、いってらっしゃい」

「また来ますね」


 忘れ物をしても大丈夫であるが、蒼は最後に一応確認してから“ロード”を後にした。


楽しんでいただけると幸いです。

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