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ショートショート

【ショートショート】『優しくなるビーム発生装置』


 ごちゃごちゃと用途不明に機械で入り組んでいる地下の薄暗い研究室。

 普段は博士以外立ち入らないその研究室だが、今日は博士が半世紀掛けた悲願の大発明のお披露目にまだ若く悲劇が見逃されることはあってはならないと夢に燃える青年記者が呼ばれてやって来ていた。

 青年記者は悲劇を見逃すことがないようにいつもカメラを首に掛けていた。

「ご活躍はかねがね拝見しています。本日は―――」

「そういう挨拶は結構です。これが手紙に書いてあった世界から悲劇が無くなるかもしれない世紀の大発明ですね!?」

 青年記者は前のめりになって、研究机に置かれた布が掛けられた大きな物体を指差す。

「そうです。

 これが私の半生を掛けて作り出した『優しくなるビーム発生装置』です」

 博士が布を剥がすと、そこには全方向に向いている大きな球体のレンズとその中心の照射機、入り乱れたパイプや数多のスイッチで出来た装置があった。

 青年記者は歓声を上げながら薄暗い研究室が眩しくなるほどカメラのフラッシュを焚いて、満足いくまでその装置の写真を撮った。

 満足のいく写真が撮れると、カメラを下ろして青年記者は聞いた。

「これは具体的にどのような機能を持つ装置なのでしょうか?」

「これはその名の通り装置を起動すれば、地球中の人が優しくなるビームの出る装置です。

 悪い人は優しい人に、優しい人はより優しい人に、世界中の人がありとあらゆるものを譲り合うようになります。

 どんな悪童でも電車で老人に席を譲るようになるでしょう。

 どんな強欲な金持ちでも貧しい人にお金を譲るようになるでしょう。

 そうなれば、貧困も飢餓も水不足も余裕のある人たちが余裕のない人たちに譲り与えるから無くなるでしょう。奪い合うことが起こらないですから戦争も無くなります。

 解決できない問題が現れても少数に重荷を背負わせず、みんなで背負うために苦しくなくなります」

「素晴らしい機械ですね!!

 これで世界中の全ての()が幸せに暮らせる楽園が出来るのですね!!」

 青年記者の感嘆の声に、博士は鼻高々になる。

「そうでしょう。そうでしょう。では、装置を起動させます。

 しかし、私とあなただけはビームの効果を受けないように設定します。

 地球のみんなが優しくなった世界では、元の世界との比較が出来ないかもしれませんから」

 たくさんのスイッチを複雑な手順で押して、博士は装置を起動させた。

 装置の中心の照射機から白い光が伸びて、球ガラスに触れると白い光は紫に変わり、地下室の壁や床に吸い込まれながら数秒間照射される。

「?」

 光が自分の身体を通り過ぎると、青年記者は何が変わったのだろうと身体を見回す。

「ここには私とあなた以外の人はいないので変化が分かりませんね。

 外に出て、優しい人だけになった世界の様子を眺めてきてください。この装置の効果は上昇し続け、一週間で完全になりますから、一週間後またここに来てください」

 博士の言葉に従って青年記者は薄暗い地下室から階段を昇って地上に出ると、世界は大きく変わっていた。

 普段は誰もが無視していた重い荷物を持つ老婆の隣には代わりに荷物を持つ見ず知らずのマフィアがいるのが目に入った。新聞の号外には資産の半分を寄付すれば世界から貧困が無くなると言われる大富豪が資産の全てを寄付すると宣言したと書かれ、ビルの大型ディスプレイでは人民を何百万も処刑した独裁者が自分から牢屋に入った映像が繰り返し流れている。

 青年記者は他にも大小に関わらず多くの優しさを目撃しながら家に帰ると、すぐさまテレビを付け、パソコンのある作業デスクに座り、普段は寝る時でも首に掛けているカメラをパソコンの脇に置いた。

 もはや世界が優しくなって自分が誰かに悲劇を伝える必要もなくなる。

 悲劇のない世界を自分の力で実現できないことは残念だが喜ばしいことだと青年記者はテレビやインターネットに流れる世界の素晴らしい変化に釘付けになっていた。

 しかし、三日目からおかしなことが起こり始めた。

 人死が増え始めたのだ。

 戦争も貧困も飢餓も無くなった世界で増えた死因は自殺だった。

 ある人は頭に被ったビニール袋を首で縛って、顔を真っ赤にしながら窒息死した。

 ある老人は飢え死にしかけた若虎に自分のはらわたを貪り食わせて死んだ。

 青年記者が一番目を疑ったのは、植物用肥料を作るための粉砕機に三人の子供が笑顔で手を繋いで飛び込み、粉微塵に粉砕される映像だった。

 その明らかにおかしい光景の数々に自分以外の誰も疑問を抱いてないようだった。

 それどころか自殺した人々をテレビのコメンテーターや動画サイトのコメントは賞賛し、自分たちも後に続くべきだと言っているのだ。

 これはあの装置の誤作動に違いないと青年記者は博士の下に急ぐ。

 ビルから万歳と飛び降りた死体を啄むカラスを蹴り払いながら走り、地下室への階段を転げ落ちるように駆け下りてそのままの勢いで研究室の扉を開く。

「博士!これはどういうことですか!?

 あの装置は人を優しくして、楽園を作るものではなかったのですか。

 今の世界はまるで地獄だ!」

 息を荒げ、怒鳴る青年記者と対照的に安楽椅子に揺られながらテレビとパソコンで世界の状況を眺めていた博士はゆっくりとココアを啜ってから答える。

「まだ、一週間経っていませんよ。どうかしましたか?」

「どうしたもないでしょう!あなただって今の世界の状況を知っているでしょう」

 青年記者の言葉に博士は不思議そうに答えた。

「知っていますが、何も問題はありません。

 装置は予定通り作動しています。世界のみんなは優しくなっているでしょう?」

「優しくなったのは最初だけですよ!

 みんな自殺しています。どうして、優しくなったら自殺するのですか!!」

 博士は青年記者を落ち着かせ、諭すように話して聞かせる。

「ある人は今自分は誰かの酸素を奪って生きているのだと気付いて、窒息死しました。

 ある老人は虎であっても自分よりも長生きできる者に命を譲りました。

 ある子供たちはこれから自分が生み出す命よりこれから自分が浪費する命の方が多いことに気付いて、せめてはと植物の糧になることを選びました。

 みなさん本当の優しさに気付いただけですよ」

 何も不思議なことはない、と博士は言う。

 博士の言葉に絶句しながら、青年記者は抵抗するように言葉を絞り出す。

「そんな―――そんな優しさ、過剰だ」

 絞り出した青年記者の言葉を理解すると博士は嘲笑うように返す。

「あなたもそんなことを言うのですか‥‥。

 過剰?今まで考えなさすぎだっただけでしょう?」

 博士の言葉に青年記者は世界が揺らぎ、崩れていくような気がした。

 

 ―――1週間後、夢破れた青年記者は大切なカメラを叩き壊した。


他にも短い話を書いています。

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