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本当の父からの手紙3

 翌日の昼休み、シェリーは郵便局に来ていた。

 アーネストにばかり任せるわけにはいかなくなったからだ。考え抜いた末に、シェリーにできることがこれだった。

 幸いにも窓口は混んでいない。空いているところへ行こうとすると、シェリーは誰かに名前を呼ばれた。辺りを見渡してみると、窓口の向こうに、近所に住む青年がいた。


「ウィリアム」

「よう、シェリー。どうしたんだ? 手紙なら俺が受け付けるぜ」


 ウィリアムは窓口に座っていた新人らしき人を押し退けて、場所を入れ替わる。とても不満そうな目で見られていて、いいのだろうかと思うが、シェリーとしても知り合いがいてくれたのは助かった。


「いえ、違うの。ちょっと聞きたいことがあったのよ」

「ん? 何だ」

「この封蝋印、見たことある?」


 シェリーは例の手紙の封筒をカウンターに置いた。


「ページボーイが持ってきたものなのだけど、配達ミスだったのよ。差出人に返したいのだけど、相手が誰だかわからなくて困っているの」

「へぇ」


 ウィリアムは封筒を手に取って、じっと封蝋を見た。一応、中の手紙は抜いているが、突っ込んだことを聞かれやしないかと少し緊張する。

 貴族は基本的に近場の手紙は使用人に届けさせるが、さすがに遠方は郵便局を使うし、庶民よりも使用頻度が高い。だから郵便局員なら知っているかもしれないと考えて、シェリーはここに来たのだ。


「うーん、とりあえずこの町の子爵様のものじゃあないなぁ」

「そうなの?」

「ああ、やっぱり立派な印璽は目に付くから覚えているんだよ。同じ馬のデザインだけどこれじゃねぇ。男爵家は全員、鷹のデザインだし、準男爵家は何かの花だったかな。この町の貴族ではまずねぇよ。でも貴族以外はあんま覚えてねぇな」

「貴族のはずなのよ」


 手紙には高貴なる血という表現があった。あれは貴族、もしくは王族という意味でしかない。王族は騙るにしてもあり得ないので貴族ということになる。


「じゃあ違うなぁ。隣町の成金準男爵も馬だったけど、もっとでかくてゴテゴテしてたし」


 ウィリアムは目を細めて印璽を見ながら唸った。


「んー、やっぱ思い出せねぇわ。見たことあるかもしれねぇけど」

「ううん。それだけわかれば十分だわ。ありがとう」


 シェリーはウィリアムから封筒を受け取った。


「仕事中にごめんなさい。今度何かお礼をするわ」


 するとウィリアムはカウンターに身を乗り出した。


「マジか。じゃあ、今度の日曜デートしてくれよ!」


 予想もしなかった誘いにシェリーは目を瞬かせた。しかし、考えるより前に、いつも口にしていることがするりと出てくる。


「ええ、父さんがいいって言ってくれたらね」


 途端にウィリアムはがくりと肩を落とした。


「うん……いや、いいよ。これくらい、礼をされるほどのもんじゃないし」


 シェリーの父親の、娘に近づく男への厳しさは有名である。年頃の娘であれば、そんな父親を嫌がるものだが、シェリーは特に気にしていない。やたらといろんな人とデートをしたがる人の気が知れない、という考えの持ち主だ。誘われた時の断り文句も教え込まれている。

 暗い表情のウィリアムにもう一度お礼を言って、シェリーはアーネストが今度いつ店に来るだろうかと考えながら、郵便局を出た。




 週明けには来てくれるかもしれないと思っていたアーネストは、その日の夕方に来店した。

 普段から雑誌を買い占める人なので、よく店に来てくれていたが、今週は半分の日は来店している。非常にありがたいが、貴族ってやっぱり暇なんだなと、シェリーは思ってしまった。遊び呆けることに忙しいよりはいいのだろうが。

 ちなみにシェリーもここ数日は仕事中の私語がやたら多くなっているが、怒る人はいない。この店の店主はシェリーが店番になってから売上が上がったので、大抵のことは見逃してくれるし、話している相手が男爵子息で常連のアーネストでは怒りようがないのだ。


「あの封蝋印は見つからなかったよ。少しは絞れたけれど」

「ありがとうございます。わたしも少しはわかりました」

「どういうことだい?」


 シェリーは郵便局に行って尋ねたことを話した。


「その手があったか。さすがだな、シェリー」

「アーネストさんに褒められましても」

「僕は大したことはやっていないよ。でもこれでおおよその人物像がわかるかもしれない」


 二人は調べたことを突き合わせた。

 この町の貴族ではないことは、アーネストも確認していた。それなら、近隣の町の貴族の中で、紋章に馬を使用している家の者ということになる。フットマンが昼前に手紙を届けられる距離に住んでいるはずだからだ。これについては、アーネストは時間的工作がいくらでもできると言っていたが、殺人事件でもないので、そこまで考える必要はないだろう。

 そして近隣の町で紋章に馬を使用している家は三つ。ウィリアムが教えてくれた準男爵を除けば二つになる。


「ウィジー子爵家とクロックフォード男爵家だな。あの手紙の意味をそのまま受け取るならば、二人のうちのどちらかということになる。息子ではないはずだ。詳しくはないが、二人とも君くらいの孫娘がいるような年齢ではなかったはずだから。ウィジー子爵の方は夫婦共に社交が派手で、クロックフォード男爵はほとんど表舞台に出ない。知ってるのはこれくらいだな」

「二人に絞れたなら、後はどうにかなるかもしれませんね。でもやっぱり、わたしにこんな手紙を出した理由がわかりませんけど。実の娘がどこかにいて、その人とわたしを間違えたのでしょうか」

「あー、それなんだが、シェリー」


 アーネストは言い辛そうに口ごもる。


「どうしたんですか?」

「ちょっと……考えてしまってね。一応、用心しておいた方がいいと思うんだ」


 シェリーは首を傾げた。何に対する用心だろうか。


「あの手紙の内容についてなんだが、おかしいと思ったんだ」

「どこがですか?」

「君にだけ手紙を渡して、誰にも話してはいけないと書かれていたところだよ」


 ますますわからなかった。シェリーは無表情に近い困り顔でアーネストを見る。どうやら彼には伝わったらしい。


「もし相手が君のことを実の娘だと思っていたのなら、まずは君を育てた両親に話を通さないだろうか。まず君に、と考えたのだとしても、両親に対して不誠実すぎる。あの手紙を出す前に君の身辺を調べていないはずはないからね。君が両親に蔑ろにされていたならあの内容も納得できるが、そうじゃないだろう」


 アーネストの言いたいことはわかったが、シェリーはちょっと賛同しかねる。


「わたしは……貴族が庶民に対して不誠実だとしても、あまり驚きませんけど」

「あー……」


 言われて気がついたのだろう。アーネストは俯いて暗い顔になった。


「アーネストさんは違いますよ!」


 シェリーは慌てて強く否定する。当てこすりでは断じてない。アーネストは別だと、自然に思っていたからこその発言だ。


「ありがとう。……うん、それでだね、言いたいことはそこじゃないんだ。そこまで考えて、ある可能性に気がついたんだよ」

「はぁ」

「詐欺の手口かもしれないって」

「えっ」


 シェリーは固まった。そこまで考えが及ばなかったのだ。


「いや、違う。違うんだ。不安にさせて悪いが、多分それは違う」


 どっちなのだ、と思うが、アーネストもどう言えばいいかわからないのか、困惑している。


「あのブルアーニ服飾店に念のため行ってみたんだよ。レースの購入者は結局判明しなかったけど、あのレースの値段がわかった。あれ、手編みだったよ。あの店の一般的な夜会服と、あまり変わらない値段だった」

「え……」


 シェリーは再び固まった。

 それがいくらなのか、具体的な値段はわからないが、高級店の夜会服など、庶民が一生お金を貯め続けても、買えるかどうかわからないものではないだろうか。


「だからそこまでお金を掛けて、金持ちの家の娘でもない女の子を騙すわけがないだろう? 元が取れないよ。だから詐欺ではないと思う。ただ一度、その考えが浮かんでしまうと、やっぱり心配になってしまってね。シェリーも用心してほしいんだ」

「そうですね」


 レースの値段の衝撃から戻れていないが、シェリーはアーネストが何を言いたかったかは理解した。この状況のはっきりしない中では、あり得ないと思えることでも、用心するに越したことはないだろう。


「今後は絶対に君一人で行動しないでくれ。それと何かあったら必ず僕に知らせてほしいんだ」

「それは……さすがに面倒を掛けすぎではないでしょうか」


 アーネストは貴族らしい傲慢さなどなく、親しみやすい人だが、そこまでさせるのは図々しいような気がした。


「僕が先に首を突っ込んだんだよ。今更、除け者にしないでくれ」


 まるでお願いをする立場のような言い方をする。上手い人だと思いながら、シェリーはありがたく厚意に甘えることにした。やっぱり自分だけで行動するのは心許ない。町娘一人にできることなど、高が知れているのだ。


「では、申し訳ありませんが、よろしくお願いします」

「そんな堅苦しいこと言わないでくれ。僕にできることなら何でもするから」


 朗らかに言うアーネストが、本当に何でもしてくれそうで、シェリーは少しだけ胸が痛くなった。

 

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