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本当の父からの手紙2

 次にアーネストが店に来たのは、二日後の昼前だった。

 彼は店に入って来る時、だいたい機嫌がいい。新刊が読めることが嬉しいからだろう。シェリーと違ってわかりやすい。

 しかしその日はどことなく元気がなかった。


「いらっしゃいませ、アーネストさん」

「やあ、シェリー。全部の本屋を回って来たよ」

「えっ、もうですか?」


 大きな町とはっきり言えるほどの規模の町ではないが、小さい町ではないはずだ。全ての本屋があと二、三軒しかなかったのだとしても、探し出して足を運ぶのは、馬車を使ってももう少しかかるとシェリーは思っていた。顔が広いアーネストだから成せる業だろう。


「残念ながら他の本屋にシェリーという名の店員はいなかったよ。以前働いていたということもないらしい」

「そう……ですか」


 そう簡単に解決するとは思っていなかったが、やはり落胆はしてしまう。


「ありがとうございます。お手を煩わせてしまって申し訳ありません」

「いや、力になれなくて悪かったね。しかし、だとすると、どういうことなのか」

「わかりません……」


 シェリーは手紙を見て嫌な気持ちにしかならないので、あまりこのことについて深く考えたくないのだ。放っておくわけにはいかないのはわかっているのだが。


「ミステリーのよくあるパターンとしては、母上に双子の姉妹がいて、勘違いされている、というのがあるが」

「そんなパターンがよくあるんですか? いませんよ。父も母も天涯孤独の身だったはずです」

「祖父母はいらっしゃらないのかい?」

「はい。一人も」


 アーネストはまたうーんと唸って考え出す。やけに真剣で、シェリーはなんとなくその横顔を見つめてしまった。


「こうなるともう、差出人が何かを勘違いしているとしか考えられないな」

「え……はい、そうですね」


 シェリーは反射的に返事をしてから、眉をひそめた。


「それは仮定がいくらでも存在するということでしょうか」

「そうなるね」


 ミステリー好きとして納得がいかない答えなのか、アーネストは不満そうだ。


「だから、この手紙が君の元へ来た理由を探るのではなくて、まずは差出人を突き止めるというのはどうだろう。シェリー、どうする? 君がもう関わりたくないのならやめるけど、なぜこんな手紙を渡されたのか知りたいのなら全力で協力するよ」


 シェリーが手紙に嫌悪感を持っているのがわかるからだろう。わざわざ確認を取ってくれる。相変わらず貴族なのに気遣いのできる人だ。


「わたしもやはり、差出人の勘違いなのだと思います。だとすると、これはわたしには何の関係もないことなんですよね。放っておいても、相手の落ち度のせいなので、問題ないはずです」

「シビアだなぁ」


 可笑しそうにアーネストは目を細める。


「アーネストさんは気になりますか?」

「そうだね。君が嫌じゃなければ、勝手に調べさせてもらってもいいかい?」

「ええ、どうぞ」


 シェリーは快く承諾した。

 彼女の中で父は一人しかいないので、勘違いで送られた手紙のことなどもうどうでもいいが、アーネストはやはり気になるのだろう。調べようというのを止める気持ちはまったくない。

 手紙についての話はまとまり、アーネストがいつものように雑誌を物色している時だった。


「どうも、ブルアーニ服飾店です」


 配達人らしい若い男性が店内に入って来た。

 本屋に来る業者など本の問屋しかいない。シェリーが疑問に思っていると、彼はすぐにシェリーに向かってきた。


「シェリー嬢ですか?」

「はい、そうですが」

「お届けものです」


 男性が小さな箱を恭しく差し出した。ひとまずシェリーは受け取ってしまったが、告げられた店名に覚えがない。


「それでは」

「えっ」

「ちょっと待て」


 さっさと帰ろうとする男性の腕をアーネストが掴んだ。


「シェリー、この店で買い物したのか?」

「いいえ」

「なぜ彼女に届けものがあるんだ?」


 アーネストが配達人に問い詰めると、彼は肩を竦めた。


「そりゃ、プレゼントだからですよ」

「シェリー、開けてみてくれ」

「えっ」

「ブルアーニ服飾店は高級店だ」


 配達人の腕を掴んだままのアーネストが、何を危惧しているのか理解して、シェリーは慌てて箱を開けた。

 中に入っていたのは、精緻な模様のレースのリボンだった。一見して庶民が手の出せる代物ではない。単純ではない模様はバラをかたどっているらしく、幅も太く長く、どうやったらこんなものが作れるのかと不思議なくらいだ。

 シェリーは他に何か入っていないか探り、小さなカードを見つけた。


「何が書いてある?」

「……いいえ、何も」


 シェリーはカードをアーネストに見せた。そこには封蝋があるだけだった。二日前に届いた奇妙な手紙と同じ印璽を押してある封蝋が。


「あのぉ」


 戸惑い気味の配達人の呼び掛けを無視して、アーネストは詰問する。


「このレースを購入した人物は誰だ?」

「ええ? お客様のことはお話できませんよ。お嬢様は心当たりがおありでしょう?」

「いいえ、ありません」

「いや、しかしですねぇ」


 困惑する配達人の上着のポケットに、アーネストがさりげなく何かを入れた。


「誰が送ったものなのかわからないと、お礼もできないだろう?」

「いやぁ」


 配達人はポケットの中身をチラリと覗いた。


「それはまあ、うん、そうですね。しかし名前はわかりませんよ。初めて来られたお客様らしいですし、珍しく現金でお支払いになったそうなので。私はその場にいなかったので、わかるのはそれくらいで……あとはそうですね、若くはない男性だったようです」

「そうか。ありがとう」


 アーネストが配達人の腕を放すと、彼は帽子を取って会釈してから店を出て行った。


「大したことはわからなかったな。しかしその封蝋印からして、あの手紙の差出人と同一人物だろう」

「そうですね。でもメッセージもないし、どういうつもりなのでしょう?」

「そりゃあ、君の心象をよくするためだろう。ドレスでも宝石でもなく、レースのリボンというところが憎たらしいな」


 なぜか顔をしかめるアーネストに、シェリーは首を傾げる。


「見ず知らずの人にいきなりこんな高価なものを贈られたって、心象なんて良くなりませんよ?」

「そういうものかい? ねだればもっといいものをくれるかもしれないよ」


 シェリーはとても嫌そうな顔をした。


「いりませんよ。これだって、こんないいもの、返さなくてはいけなくなりましたし、迷惑極まりません」

「あー、関わらなくてはいけなくなったわけか」


 手紙だけなら放っておくが、高価な物を貰ってしまったら、返すために相手を探す、というのはシェリーらしいとアーネストは思った。


「とりあえずその封蝋のカードは借りていっていいかい? 同じものが家にないか探してみるよ」

「あっ、はい、お願いします」

「どうかした?」


 シェリーはレースの入った箱を見て、何か考え込んでいた。


「……いえ、ただの偶然だと思うのですが、少し気になることがあるんです」

「話してみてくれ」

「本当に偶然なんだと思いますよ。ただこの店の常連の紳士に、いつも現金で本を買われる方がいらっしゃるんです」

「へえ、何ていう人だい?」

「知らないんです。他の本屋で配達中に本を紛失されたとかで、いつも持ち帰りされるので、名前をお伺いする機会がないんです」


 シェリーとアーネストは顔を見合わせた。二人して、怪しいがそれだけで疑うのはどうかと考えているのがわかる。


「その人は高価な本を買っているのかい? 身なりは立派?」

「はい、貴族だと言われてもおかしくないくらい、立派な身なりをされていますし、高い買い物をされます」

「それならやっぱり現金というのはおかしいな。借金で小切手が切れないというならともかく、紳士の格好をした人が、安くない買い物を現金でするなんて」

「借金はないと思いますよ。わたしがここで働くようになった一年前から、ずっと高価な本を買っていらっしゃいますし」


 話していくうちにどんどん怪しさが増していく。シェリーもあの紳士が現金で買うのは、小切手を切ることで、身元がわかることを避けるためではないかと思えてきた。


「その人は君に対して、どんな風に接してくるんだい?」

「どうって……とても上品で優しそうな人です。この前は、君は本を丁寧に扱ってくれるって褒めてくださって……」


 シェリーは言葉に詰まった。


「やっぱり、怪しいな」

「でもこの店でしか会ったことはないですよ?」

「ともかく、その人に関しては、一度はっきりさせておいた方がいいんじゃないか?」


 アーネストに説得されて、シェリーは頷いた。


「わかりました。今度来られた時に聞いてみます。ただ月に一度ほどしか来られなくて、つい最近来店されたので、次は早くて三週間後になると思いますが」

「そんなに後か。ならその間にもっとプレゼントか手紙が増えているかもしれないな。それはそれとして、他にも手掛かりを探しておくか」

「そうですね……」


 現状では封蝋印ぐらいしか手掛かりがないが、何もしないよりはいいだろう。

 シェリーはより一層憂鬱な気持ちでため息を吐いた。

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