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第二話

ゆれるオレンジ色と、鼻を啜るような音で意識が浮上する。


ゆっくりと目を開けて霞みがかった視界を動かせば涙で潤んだ青色の瞳が俺を覗き込んでおり、まだぼんやりと目を合わせただけの俺を見て心の底から安心したように息をついた。



「よ、よかったあ…おれ、てっきり死んじゃったのかと思って、バラバラにして捨てなきゃいけなくなるかと思って…!うう、よかったよお…」


「バ、バラバラ?……な、泣かないでください…?」



気が抜けたのか途端に涙を流し始めた少年の不穏な言葉は受け流し彼を宥めながらも俺は先ほど人生二度目の後頭部ダイブをキメたことをのんびりと思い出す。



「…別に謝らなくても大丈夫ですよ。俺がびっくりさせたんだし、生きてるならそれでいいし」


「ありがとう…あ、あの、フラフラしたりとか、具合が悪いとかない…?手当てのとき血は出てなかったけど、大分腫れてたから…」



俺が起き上がるのを支えてくれた彼の言われた通り後頭部をさすってみればそこには大きめなコブができており、俺よく死ななかったな…と背筋が寒くなる。

大きさ自体はトップクラスだが頭の下に敷かれていた氷枕が痛みを緩和したらしく、残るのは鈍い重みだけで具合が悪いなんてこともない。



「特にフラフラしたりとかはないです。この氷枕もあなたがやってくれたんですよね、ありがとうございます」



よかったあ、と、また一言呟き涙を拭った白髪の少年は、名をレイルと言った。


名乗られたら名乗り返すのが礼儀だと俺も名前を教えると、『レンって言うんだね、わかった』といきなり下の名前で呼んできたので、おどおどしている割にフランクな人物らしいなんて特に必要もない分析をする。


敬語で話す必要はないと言ってくれたレイルにお礼を言いつつ俺がここはどこなのか、どうして俺はここにいるのか、と質問すると、ここはレイルの生活する小屋の中で、今朝玄関の前に倒れていた俺を看病していたのだと教えてくれた。


一通りの処置を終え俺が明日までは眠っているだろうと思い完全に気を抜いていたのに突然部屋から出てきたことに驚いて反射でハンマーをぶん投げて来たらしく、決して悪気があったわけではないのだと彼は弁明する。


驚いたのは俺の方だと言いたい気もするが、結果よければすべて良しだ。細かいことを考えるのは面倒くさい。



「そうかあ…おかげでここにいる理由はわかったけど、レイルも俺がなんで小屋の前倒れてたのかはわからないのか?」


「うん。おれはレンを引っ張ってここに入れただけだし…力になれなくて申し訳ないけど…」



肩を落としたレイルにそんなことない、とフォローを入れながらも状況を整理する。


俺の記憶が正しければ俺が倒れたのは家のすぐ前のはずで、都会とも田舎ともいえない微妙な場所ではあるものの、こんな年季の入った小屋が近くにあるなんて聞いたこともない。


そうなると、結局ここがどこなのかという疑問は解決しないのだった。



「病院じゃないんだもんなあ…誰かがわざわざ倒れてる俺をこの小屋の前まで運んだのか…?あー!!わからん!!」


「お、おれもよくわからないけど、まだあんまり激しく動かないほうがいいよ。おれ、治癒魔法は使えないから一般的な処置しかしてないし…」



思わず頭をぶんぶんと振ったところで見かねたレイルが静止に入る。

ぐらぐらと揺れる視界に『調子乗ったわ…』と後悔するが、それよりも大事なことを聞いた気がして俺は勢いよくレイルの方へ向き直った。


治癒魔法がどうのとか…一体どういうことだ?



「あのさ、今なんて言ったんだ?」


「え?まだ激しく動かないほうがいいよって…?」


「その後だ後!!」


「ち、治癒魔法は使えないからってところ?でもおれ、星属性持ちじゃないから治癒魔法はどう頑張っても使えなくて…ごめんね?」



………ああ、レイルって、そういう感じか。


俺の邪眼が…とか、俺の封印された右腕が…とか、そういう感じなのか。だから左目を前髪で隠しているのか…?


あまりにも理解不能な言葉の数々にこいつは厨二病なのではないかという結論を出そうとしたが、俺のなんとも言えない視線に気づかず肝心のレイルは『おれが治癒魔法を使えたらもっと早く回復できたんだけど…』としょんぼり下を向いてしまう。


その姿に嘘やからかいなどといった要素は見当たらなくて、魔法が使えるという前提は揺るぎないもののようで、もしかしたら…?なんて、絶対にあり得ないことを考えてしまった。


もし本当に厨二病だったらこんな質問嫌がらせにしかならないと思うが、念のため。念のために聞いておこうと口を開く。



「えっと、治癒魔法?とやらが使えないなら、レイルはなんの魔法を使えるんだ?」


「………おれが主に使ってるのは火属性の魔法だよ。これくらいの炎なら作り出して操れるんだ」


ほら、と言いながらスッと上げられたレイルの手のひらを見て、俺は驚愕する。

そこにあったのは、ゆらゆらと揺らめくオレンジ色のもの。

ランプの中に灯されているものと同じだった。



「ほ、ほんとに、火なのか、それ」


「そうだけど…あっ、触っちゃダメだよ?!火傷しちゃうから」



思わず手を伸ばした俺を見て慌てたように声を上げたレイルに従い、直接は触らずに手をかざしてみれば、じんわりとした熱が伝わりこれが本当に『炎』であるのだということを認めざるを得なくなる。



「マジックか何かなのか?手とか袖に何か仕込んでるとか?」


「そんなことしなくても火属性持ちなら誰だってこれくらいできるよ?……もしかして、見たことなかったの?」



炎に触らないよう袖や手を確認しだした俺に、今度はレイルが首を傾げる。

彼の言葉通り袖や手のひらはもちろん、その他どの部分をみても仕掛けなど存在していない。



「………マジかよ。こんなこと、あるのか?」



ショックと混乱で再びベッドへと体を預けた俺にレイルが心配そうな目を向けてくるが、そんなことを気にしている余裕はない。


現実にこんなことがあるはずないんだ。


だが、そう否定する俺の脳裏にはこれまで俺が見てきた数々のゲームや漫画たちが浮かんでくる。



「こんな凡人を巻き込まないでくれって、さっき言ったばっかなのに…」



最後に残った記憶はアスファルトへの後頭部ダイブ。目の前で見せられた魔法に、俺の住む街にあるはずもない小屋の前で倒れていたという事実。



「こんなのもう…当てはまるの一つしかないだろ…」



ここ最近のアニメや漫画の定番中の定番。


どうしてこうも主人公たちは同じような目に合っているのかと眺めている分には笑い事で済むが、まさか自分がその一人になるとは思っていなかった。違うことといえばきっかけが絶望的ににダサいということくらいか。



「俺…異世界に来たんだなあ…」



しみじみと呟いた言葉は案外俺の中にしんなりと収まってしまう。


凡人中の凡人、佐藤蓮17歳は晴れて異世界入りという必要のない個性を手に入れたらしい。

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