魔女の森は守られている
「さて。静かになっちまったね」
これまでは毎日顔を出していたアズ外交官は、もう魔女の家に来られなくなってしまった。
来ないのではない。魔女に出入り禁止を言い渡され、来られないのだ。
未練を断ち切るために、魔女は無法を押し通して、何も悪い事をしていないアズに魔法を使った。
そうしなければ、たとえ魔女でも情に流されてしまうからだ。
魔女の制裁は、そのほとんどが顔も知らない誰かか、顔を合わせても魔女に無茶を言うだけの愚物だった。
どれだけ何をしようと、目の前で死のうと、そんな連中をどれだけ殺すことになろうが、魔女はあまり気にしない。足下にある石ころを蹴り飛ばす程度の感覚だ。
遠方で死んだ誰かの話に悲しみを覚えようと、人は明日にはその悲しみを忘れてしまう。
けれど、何日も何ヶ月も何年も。
言葉を交わし、情を汲み、信頼をし、笑い合った誰かには幸せでいて欲しいと願ってしまう。
魔女はアズの事を、別れた後もちょっとは見守ってやろうと思うぐらい気にしていた。
その程度に、魔女の心はまだ人間だった。
守の魔女の魔法は魔女か森に悪さをしない人間には関係の無い代物である。
だから魔女のところには、また誰かが来るだろう。
だけど、魔女はもう今のサウノリアとは距離を置くつもりだった。
数十年かそこらは没交渉で構わないと思っている。
サウノリアはほんの数年で、大統領がやらかしたときの恐怖を忘れつつあったし、民衆などそもそも信用する方が間違っている。
今は互いに距離を取り、落ち着く事こそ重要な時期だ。
国も守も動かせないので離れる事はできないが、話さず、近付かず、侵さずに。いつかまた、話し合える日が来る事を願う。
それで良かった。
森から西のシーナはまだ騒がしいが、シーナのみならず世界中が大騒ぎのため、しばらく森にちょっかいをかける事はないだろう。
ちょっかいをかけようとしたところで、返り討ちだが。
サウノリアは魔女の庇護を失った事で騒ぎになるかもしれないが、自業自得だ。魔女は何度も助けたりはしない。
しばらくは世界中を混乱させた魔女を畏れ、手を出せないはず。
他の国は地続きでは無いので、何を恐れるものなのか。
魔女に責任を問う声も届きやしない。
ここまでやった魔女の評判は、十年持てば御の字のお守りだが、きっと森はしばらく静かである。
魔女の森は守られている。
人を寄せ付けず、ただ孤高を貫き。
けれどいつか誰かが訪れ、魔女の守を拓くだろう。
 




