魔女の森⑦
「なるほど。アリかナシかで言えば、アリですね」
これまでにない、極度のストレスにさらされるアズに、魔女は一つの提案をしてみた。
それは、魔女とサウノリアの不仲を理由に、一度アズが魔女のところに来ることを止めるというもの。魔女と粘り強く交渉をした結果、魔女から嫌われてしまったというポーズをとるというものだった。
魔女と会えなくなってしまったと言えば、運が良ければコレクターの制裁が止まるかもしれない。
それでも制裁が続くようであれば、また別な手を考えるだけだが、打つ手がない状態では藁にも縋る想いで魔女の提案は採用された。
何も考えずそのままこんな事をすればサウノリア側も反対したが、魔女側はスマホを使い、アズと連絡を取り合う約束をした。
スマホを使う事で回線の秘匿、情報漏洩の危険はあるが、一時的な措置であれば大きな問題にならない。
頑なに電子機器を拒んできた魔女の“妥協”に、アズは諸手を上げて喜んだ。
もしかするとこれでスマホに興味を持ち、他の電子機器も導入してもらえるかもしれないからだ。
今回の話を受け入れた理由の中には、そういう下心も存在する。
「使えない連中め!」
希少生物コレクターの男は、サウノリアが失敗したことに大いに腹を立てていた。
親から莫大な財産を受け継ぎ、生まれた時から成功者と呼ばれる人生を歩いてきたこの男は、大きな失敗をした経験というものが無い。
親の教育と周囲のサポートが良かったのだろう、特に苦労することも無く大概の事は上手くできたし、欲しい物はいつも手に入れてきた。
企業の力を使えばどんな国だって自分には逆らえない。大統領にならないのは、政治は表ではなく裏から操るだけで十分だからだ。そんなふうに思うようになっていた。
それが小さな発展途上国でしかないサウノリアが自分に逆らい、つまらない小細工で逆らっている。それが男には許せなかった。
魔女の提案、サウノリアとの密約は、コレクターの男には筒抜けだったのだ。
サウノリアの高官の一部はすでにコレクターの男に買収されており、秘密は秘密でなくなっていたのである。
「役立たずの嘘つきどもはお仕置きが必要だな」
新種の蝶。
それを最初に入手するという名誉は、男にとって絶対に譲れないものだった。
だからサウノリアを矢面に立たせて魔女と交渉するようにと命じていた。
自分の命の危険については、魔女は一回目は警告で済ませるという話であったし、今のところ魔女という言葉を使わず「蝶を入手しろ」としか言っていないので大丈夫であるはず。
経済制裁だって魔女の用意したルールに引っ掛かっていないだろうと、男は考えていた。
だから、油断した。
部下と連絡を取り合う時。
部下の言った台詞を。
「このままでは魔女の禁忌に触れるかもしれませんよ? お仕置きは止めておきませんか?」
男は怒鳴り散らしてやるように言ったが、それは本当に部下の言った台詞だったのだろうか?




