魔女の森①
「北征王の一人勝ちでしたね」
「そうかい? アタシも静かになって万々歳だけどね」
「では、負けはサウノリアだけですか……」
魔女とアズは、事の顛末をまとめていた。
北征王の国まで逃げてきた難民は、結局、国から出て行く事を選んでいる。国内法で、難民のスマホ所持の禁止という法律を作られてしまったので。彼らはスマホの契約を求めて他国に流れ、しかし周辺の国もそれに倣っていたためにさらなる旅を強いられる事になった。
そしてそれが魔女主導で行われたという事実。魔女の評判はずいぶん墜ちた。北征王の国の周辺では逆に上がったが。
北征王を非難する国に対し彼は、「ならばお前達が難民を預かれ。お前達の言うやり方でな」といった趣旨の発言をしたため、あまりうるさく言われていない。
北征王を責められそうだから責めていただけで、難民を本気で心配していた政治家はごくごく少数であった。
そしてその少数は、余計な事を言わないように首輪を付けられ監視されている。難民は要らないと、みんな必死だ。
「難民達は?」
「彼らは最初から負けているので」
そして問題ばかり起こしていた難民だが、そのほとんどが難民である事を止めた。
もう、資金的に難民でいる事が厳しくなったからである。
当たり前だが、難民生活中は収入がない。普通の国ではバイトだってできない。
働くには就労ビザやパスポートが必要なのだ。
近代国家でそこをなぁなぁにした働き先は違法な職場であり、やる方がマイナスとなりかねない。本当に切羽詰まった人以外、誰も行かない。
そうやって難民でいては生きていけないなら、スマホが使えないなら、国に帰って態勢を整えるしかなかった。
故郷で働き、収入を得て、現代人の生活をする。
戦場近くの町だと命の危険はあるし、戦場から離れたとしても安心できないが、それでも難民生活よりは安全だったのだ。
「難民になればいい」と、そんな甘い見通しで生きていけない事を彼らは学んだ。
森で制裁を受け死んだ者はそのまま敗者で人生が終わったが、生き残って故郷で再出発した者たちは勝者だ。現実という厳しい教訓を得て、逞しく生きていくだろう。
そして、中途半端な位置にいたのがサウノリアだ。
彼らは基本的に魔女の協力者であり、外の国からは「魔女の属国」などと言う評価を受けていたりする。
実際に魔女を怒らせる種類の行動を慎んでいるものの、線引きさえ見誤らなければ付き合いやすい魔女とは、一応は互角の間柄と本人達は胸を張っている。
個人と国とが対等である事に誰も突っ込みは入れない。
そんなサウノリアは魔女と同一視される傾向にあり、特にマイナス評価は一緒くたにされる。そしてプラス評価はなぜか魔女個人にのみ適用される。
今回の件で評判を落とした魔女に巻き込まれ、サウノリアも「人権軽視国家」として大いに叩かれた。
北征王の国と違い、こちらは叩かれても難民を送りつけるような真似をしないので、ずいぶん叩きやすかったようだ。
国際的なところにいる政治家というのは、他人の粗など、叩きやすそうな部分があれば容赦しない事が求められる。国際社会とは右手で握手、左手でナイフ、ついでに背景の部下が銃撃戦といった場所なのだ。責められる方が悪い、そんな世界である。
今回の件で得た利益がない事も、サウノリアの政治家達を悩ませている。
結局は国益、それさえどうにかすれば政治家は評価されるというのに、「何も手に入りませんでした」では国民に申し開きができない。
「なら、木を一本持って行くかい?」
「木、ですか? まさか!」
「台風で折れちまった奴だけどね。そっちの都合が付いたら森の外に置いておくよ」
「ありがとうございます!」
そんなサウノリアに、魔女が手を差し伸べた。
伐採許可ではないが、魔女の森の木を一本だけだが、贈呈されるという名誉という形で。ついでに幾ばくかの金銭になりそうなものを渡す事で。
彼らは魔女との繋がりをアピールするという許可を得たのだ。
魔女との繋がりの強化は、使い方を誤れば毒となる。
劇薬のごとき古木を一本。
ソレが最後の後押しとなった。




