大乱のシーナ⑦
「これなら、確かに影響は最低限ですがねぇ!?」
「煩い奴だね。なら、代替案でも出しな」
わざわざ魔女のところで愚痴を叫ぶアズと、それを切り捨てる魔女。
叫ぶアズは事態の深刻さを理解しているからであり、今後の対応をどうすれば良いかと頭を抱えている。
元凶である魔女に何か言ってやりたい気持ちを抑えるためにも、本人の前で自分の苦境を叫んでいるのだ。特に意味が無いとしても、そうせざるを得ないほど心の内面が荒れ狂っていた。
魔女がやったのは、ネットワーク通信の遮断。
難民キャンプに電波が届かないようにしただけである。
いや、実際の実行犯は北征王だ。
そちらに掛け合い、難民キャンプ一体に電波を送信していた基地局を止めさせたのだ。
形の上では、北征王が魔女に脅されてやった事になっている。
ついでとばかりに、北征王は彼らのスマホの契約を強制解除に追い込み、完全に目と耳を塞いでしまった。
これで難民達は情報収集などが一切できなくなり、遠方とのやりとりができなくなった。
仕事を探す事も、逃げるときの連絡手段も断たれたのである。
彼らを助けるNPOなどからは非難声明が出ているが、そもそも魔女や北征王に彼らを支援する理由が無い。
魔女は森を守るだけの存在であり、北征王だって国民を守る事こそ最優先するのであり、どちらも難民は端から救済の対象外だ。そこに慈悲は無い。助けを求める相手が間違っている。
むしろ、難民をどうにかしたい北征王や魔女にしてみれば、彼らは「加害者」でしか無く、「罰するべき相手」なのだ。直接殺さないだけ、慈悲深いと言っていい。
「スマホが使えなくなった事で、彼らは北征王のところから出ていく事を決めたようですよ」
「そうかい、そうかい。良かったねぇ」
スマホが使えなくなる事は、難民達には耐えられない事だったのだ。彼らはスマホを求めて別の国へと渡っていった。
……難民だからと迫害され、殺されるかもしれない状況よりも、スマホのもたらす利便性の方がなぜか優先された。世の中とは、得てしてそういうものである。人間が、命の危険というものを理解できなくなっているだけかもしれない。
リアリティの問題で言うと、スマホと命では、スマホの方が上だった訳だ。
今回の行動で、魔女が政治に強く干渉したと騒がれている。
北征王を脅して動かした事で、より強く魔女を批判する声が上がり始めた。魔女にしてみれば不思議な話だが、難民を殺す事よりも政治に口を挟んだ方が話題性が大きかったのだ。
そのあたりは、しょせん見ず知らずの誰かの命など数字でしかなく、自分に降りかかってくる危険性の高い政治の方がより身近だからだろう。
アズは「人がどれだけ死のうが、遠くの出来事。みんなが話題にしているから乗っかって非難しているだけ」と、「難民が死んで悲しんでいる人などおらず、誰かの死を話題にした事で悲しんでいる気分になっただけ」という分析をしている。
要は、話題に出るぐらい“聞こえてくる情報”になったとしても、物理的にも心情的にも“遠くの出来事”には感情を動かされないと言う事だ。
スマホがどれだけ世界の情報を伝えようが、人にとっての世界は“目に見え、手で触れられ、声を交わせる距離”しかないのである。
どこかで誰かが死んでも自分には関係ないと、三日もニュースに出てこなければ忘れる程度の義憤しか持てない。
もちろん例外もいるが、大多数は百円で救える他国の人の命よりも自販機の飲料を優先する。
それが普通だと、アズはよく知っている。
魔女は自分で触れていない分、現代科学技術による恩恵を上に見過ぎているようだと感じていた。
それよりも。
魔女が魔法を使わずに問題を解決しようとした事が大問題である。
魔法でできる事の上限が一つ、周囲に知れ渡ってしまった事が。
魔女は完全無欠の、神様では無い。
ものすごい魔法を使えるが、限界のある人間だと。
人はそのように見てしまう。
「難民達を殺さずに済む方法」と考えていたアズやサウノリアの高官達は、魔女に手を貸している事を少し後悔する。
魔女と北征王の直接会談をセッティングする前はこんな事になるとは考えていなかったと、見通しが甘かったと思っていた。
魔女が何かやるから、事前に備えておけというと思っていたのだ。
今ではサウノリアも「共犯者」であり、非難の対象になっている。
難民問題が消え、北征王と太いパイプができたので利益が無かった訳ではないが、損失が大きいために喜べない。
魔女を取り巻く環境が、また少し変わった。




