東海王①
『森の人』は、新生十字軍にテロ行為をした事で滅ぼされた。一般の、テロをしない人々は生き残っているが、実際は活動休止状態である。
テロ行為に走ったのだから、彼らは殺されても仕方がないと言える。
これを放置した場合、善良な一般人が殺されていただろうから、テロリストの方を処分する方が社会的に正しい事はどの国でも明らかな事である。
国家に対して反旗を翻したテロリストの命と、善良な一般市民の命。
どちらに重きを置くかなど、考えるまでもない。
命の重さとは、公平に扱われるが、同じではないのである。
ただ、制裁で身内を失った側に理屈は通用しない。
感情任せに魔女を責め立てるものが増加しつつあった。
「放っておけばいいさ。
何でもかんでもアタシが面倒を見られる訳じゃぁない。そこまでの面倒は見切れないね」
森の人は魔女信仰を表の看板として掲げている。
そのため、「自分の信者を殺すのか」という的外れな意見が噴出していた。
信者というなら、魔女の警告に従いテロを止めれば済む話だ。信仰対象の命令を聞かない時点で、彼らは信者でもなんでもない。ただのテロリストである。
魔女は処置無しと反対意見を無視してお茶を飲む。
一々相手にする価値を見出せないのだ。
なお、一般の反応は「トカゲの尻尾切り」などという意見はほぼ存在せず、森の人が何故魔女の言葉を無視してまでテロを行ったのか、その真相究明に意識が向いている。
中には「魔女信仰集団を内部から崩す為にテロリストが潜入していた」という意見もある。
魔女のテロを嫌う姿勢はちゃんと評価されていた。
……マスコミが魔女を恐れて忖度しているのも、世論が大人しい理由であるが。
「そういえば、『東海王』から親書が届いていますが」
「やれやれだね。不可侵を維持してくれるだけ、こいつらの方がまだマシか」
東海王というのは、旧シーナ大央国の中で、魔女の森に面する土地を持った小国の王様である。
彼は魔女の森に侵入しない事を早い段階で宣言しており、だから自分に敵対しないでくれとアズを経由して依頼してきた。
それだけなら良かったのだが、「我が国の役職を与える」「薬をくれ」「弟子は要らないか?」など、たびたび魔女に親書を送って自分の要求を伝えている。
どれだけ断られても次の要求をしてくるが、無理強いをしないし高圧的な態度も取らない。
魔女にとっては排除するとまではいかないが、相手をしたくない、面倒な相手で、ある意味では、魔女が怒らないラインをしっかり見極めて交渉してくる慎重な男でもあるのだ。
魔女はこういった男を嫌っているが、嫌いだからと何かする気は無いのである。
魔女は渡された親書を見て、思わず口に含んだお茶を吹き出した。
「ゲホッ! ああ、東海王は何を考えているんだい! 思わず茶を吹いちまったじゃないか!!」
「すぐに机を拭きます」
不意打ちのごとく魔女を驚かせたその親書には、「婚姻届」が同封されていた。
東海王は魔女にプロポーズをしたのである。
政略結婚は政治の世界では王道な手段と言っていいのだが、相手の魔女は五百歳以上。子供を望めない事は明々白々。普通にあり得ない話である。
付け加えると、本名を公開していない。
成立の余地など無く、もちろんこの話は断られるのだが。
あの魔女にプロポーズした男として、“勇者”東海王は大いに名を高めるのであった。
そして裏では、魔女がかなり怒ったのは言うまでもない。
 




