魔女の恐怖伝説
当たり前だが、魔女の強さは全世界が知っている。
歴史の授業で習うからだ。
いや、歴史の授業以外にも、子供に読み聞かせる本などに彼女が登場するからだ。
……絶対無敵の、暴力の体現者として。
魔女は森を守るだけ。
基本的な行動はそれだけである。
魔女は大規模な開発などを行わないようであれば、実はそう五月蠅く口や手を出すことはしない。
個人レベルで森に入り、その恵みを収穫するぐらいであれば何も言わない。
逆に、そういった事をする人が森で迷子になれば助けをよこすぐらいの親切心もある。
しかし、木々を切り倒すようであれば確実に警告を発するし、警告に従わなければ実力行使をする。
初回であれば≪強制転移≫の魔法で森の外、それもかなり離れた場所に送り返すだけ。しかし二回三回と続けば、最後は殺しにかかるぐらいに容赦がない。
近隣の住民で森にそういった意味で手出しをする者など、勇者ではなく愚か者としか見られない。
また、これは命令した人間にもきっちり制裁が飛ぶため、「自分は直接やっていない」などという逃げが通用しない事も知られている。
そして魔女が森を守るために容赦しないとはっきりしたのは、世界大戦の時だ。
100年前、サウノリアを含む“連合国”が大央国を盟主とする“同盟”と戦った時の記録である。
当時、連合国は同盟側に押されていた。
そこで一部の、森と隣接しない国が「森に対同盟の、連合国の拠点を造る」と言い出したのだ。
地政学的に言えば、確かに森に連合国側の拠点があれば戦局が非常に有利になる。
魔女をまだ知らない連合国の多くの国もそれに賛成した。
反対したのはサウノリア王国だ。
魔女に手出しをした場合、どんな報復があるか分かっていたからだ。
サウノリアは一切手を貸さなかったし、この件で裏切り者と言われようが我関せずという立場をとる。
結果、連合国は同盟に負けた。
森に手を出そうとした国の首相や軍の総司令などが全滅したからだ。
ただでさえ劣勢の時点で国のトップが全滅したのだ。勝てるはずがない。
魔女の呪いは本物で、距離など関係なく届く。しかも凶悪。
防ぐ手段が存在しないため、魔女の森は世界中に禁断の地として扱われるようになったのである。
あれから100年。
たしかに当時の人間はもういない。墓の下だ。
恐怖を忘れるには十分な時間だったかもしれないが。
それでも、魔女の名はいまだ健在。
世界中の誰にも、サウノリアが軍を進めようとする意図が分からなかった。