秘薬騒動⑨/白の守護者④
「なに、ちょっとネットで聞いてみるだけさ。
「アタシの名前を使って悪さをする連中にオシオキをしたいんだが、構わないか?」ってね。
もちろん、アタシはこれまで通り森からは出ないし、森の魔女の名を勝手に使わないならアタシと関係ないところで何をしようが目を瞑るさ。それに、アンタらに任せられる範囲はアンタらに任せる。
要は、アタシの名前を勝手に使われるのが嫌ってだけさ」
アズ外交官は、魔女の申し出に思わず息をのんだ。
この場で即答できない案件であるが、魔女の様子を考えると、アズが何を言おうが動き出してしまうような予感があった。
ただ、魔女が動いてくれるというのは非常に魅力的で、戦争を回避できるのであれば、その手を取ってしまいたいという誘惑にかられる。
「それは……私の一存で決めていい話ではありません。
一度話を持ち帰り、明日には返事を決めさせていただき、明後日には回答するという事でどうでしょう?」
アズは魔女の誘惑を何とか振り切りつつも、魔女にとって有利となるような、国の議員らに考える時間を与えないような返事をしてしまう。
思うように事が進む中、魔女は「それでいいよ」と笑顔で答えるのだった。
「期間を1年と限定し、その上で民意を問うようにしたいと思います」
サウノリアの議員は、魔女の申し出に頷いた。
問題となるシーナ大央国はサウノリア王国の隣であり、その影響を直接受けるところにいる。
外国だから関係ない、は通用せず、現状でも政権交代による混乱の最中にあり、経済的な混乱が生じていた。現政権はサウノリアを敵視しているので経済的な締め付けが始まっていたのだ。
つまり現政権の打破はサウノリアにとって有益であるというより必須であると言え、魔女の申し出は非常に助かるものである。
魔女の制裁が、シーナに向かうだけで済めば。
その他の影響、シーナ以外にも制裁を受ける人間が出そうな雰囲気であるが、目先の利益をサウノリアは優先した。
それに、民意を問うという手法はサウノリアの政府にとって助かる申し出だ。
これでサウノリア政府が自分たちだけの判断で魔女を動かせば問題になるが、政府が許可するのは民意を問うまでの部分だ。
その後の決定はすべての人民が背負うべき責任であり、サウノリア政府は結果がどうなろうが責任を負わずに済む。
多少の苦情は出るだろうが、それぐらいは許容範囲であり、許可を出そうが出すまいが変わらない。
魔女の名で悪事を働くテロリストなど、魔女にどうにかしてもらいたい。
そう考える人間は圧倒的多数派だ。
その中にいる、その後について考える事が出来た賢者はとても少ない。
「魔女の名を勝手に使う者」の範囲が分からないのは怖いと、シーナ大央国と名指しで対象を指定するべきだという意見もあった。一部の人間がそのように指摘していたが、「たった1年だけだから」と、リスクから目を逸らした。
大半の人間は魔女の善性を信じてその危険性を考慮することはなく、多数派は勝利する。
こうして魔女は自らが背負った鎖の一つを外す、その第一歩を踏み出した。




