秘薬騒動②
「魔女の薬作りと言えば、大鍋で煮込むものと思っていました」
「人が入れそうな大きな鍋かい? 馬鹿を言わないでおくれ。この森にいるのはアタシ一人なんだ。そんな馬鹿でかい鍋で作る物なんて無いさ」
魔女お手製の薬は、アズ外交官にとって幸いかどうかは知らないが、すぐに出番があった。
高官の息子の一人がテロにより負傷、生死の境を彷徨っていたからだ。あと、対テロ部隊からも一人。
薬はすぐに治療に使われ、二人の生還を以てその効果の高さを証明する事になったのである。
「ただ、ネットで大騒ぎになりました」
「仕方ないさね。そのまま二人が死んでも面白くなかっただろう?」
「ええ。二人分の命の対価と言えば安い物ですが……辛いです」
「カカカ! そいつが“生きている”って事だよ。精々苦労すると良いさ」
もちろん、死の淵に追い込まれた人間が元通りになれば大騒ぎだ。
魔女の手柄である事は明白で、魔女からもっと薬をせしめようとする意見が多く集った。
ネットでも「魔女に薬を」と求める声がかなりある。
「作り方を」でないのは、どうせ作れないから聞くだけ無駄という意見が大半だからだ。
魔法も使えない人間が怪我を一瞬で治す薬を作れる訳がない。
「息子を助けて頂いた方が、魔女の森への入場規制を発令しました。現在は政府の許可がある方以外が入れない状態です。
反発もありましたが、森を荒らす者が出かねないからと、国民には理解を求めています。
……我が国の側だけですが」
「ま。それでも馬鹿どもは諦めないだろうがね。煩いのが少ない事は良い事さ」
魔女の森はサウノリアとシーナという二つの国の間にある。ついでに、ちょっと海に面している。
魔女は制海権を主張しないので、海に関してはこの二国が勝手に縄張り争いをしているが、海の上について魔女は何も言わない。
魔女の家はそこそこサウノリア側に近いので、客はサウノリア側から来るのが常だが、今後はシーナ側からも人が来るかもしれない。
アズが警戒するのはそちら側からの客だ。
魔女の森はどちらの領土でもないので、魔女が手を貸すようにと頼めば話は別だが、アズには口を挟む権利がない。
そして魔女がアズに助けを求める可能性はゼロである。ゼロに近いではなくゼロである。よってどうにもならない。
「魔女様。良かったのですか?」
「何がだい?」
「我が国に、薬を譲った事です。
それが無ければ騒ぎは起きず、森の平和は保てたのですから」
この一件。騒ぎになる事が予見できないほど複雑な話ではない。こうなる事は魔女にも分かっていたはずだ。
だからアズは、魔女に真意を問う事にした。
そして魔女の考えは非常に簡単だった。
「馬鹿だねぇ。これぐらい、昔からやってたことだよ。
一々他人を気にして自分の生き方を変えるなんて、アタシはごめんだ。好きにやらせて貰うだけさ」
世界など眼中に無い。
強者が強者として胸を張って生きるだけ。
傲岸不遜な女傑がそこに居ただけだったのだ。




