秘薬騒動①
「構わないよ。入っといで!」
アズ外交官は普段、魔女の家を十四時過ぎに訪ねている。
昼食が終わり、少しゆっくりした後に顔を出すようにしていたのだ。
しかしこの日は飛び込みの仕事が入り、十五時ぐらい、三時のおやつの時間帯に魔女の家を訪ねていた。
すると魔女は何かを作っているようで、小さな竃で何かを煮込んでいた。
家主の許可があったので問題ないのだろうが、アズは魔女が何を作っているのか気になった。
「夕飯の支度でしょうか? 変な時間になってしまって、すみません」
「ふん。普段なら、まだくっちゃべっている時間だろ。変な気遣いは要らないよ」
何を作っているのかを聞いたアズだが、魔女は特にそれが何かを言う事なく、作業を続ける。
しばらくすると魔女は鍋を机に置き、竃の火を消して作業を終えた。
家の中にどこか甘ったるい匂いが漂う。
良い匂いではあるが、常時嗅いでいたい匂いではない。料理や菓子ではないなと思い直し、何かしらの香であるとか薬の類いであると予測を付ける。
鼻をひくつかせたアズに魔女は言う。
「しばらくすれば匂いも落ち着く。それまで我慢しとくれ」
魔女はやはり何をしていたのかを説明しない。
アズは鍋の中身が気になり聞きたいと思うが、魔女の不興を買いたくないと、言葉ではなく笑顔で場を誤魔化す。
そうして二人はしばらく世間話をしていたが、アズの帰り際、魔女は思い出したように小瓶を二つ手渡した。
「古くなっちまったが、まだ一年は持つ“魔女お手製の飲み薬”さ。飲まなきゃ効果は無いが、大抵の傷ならあっという間に治るよ。
欲しいと言われてくれてやる物じゃないが、たまにはいいだろ」
思わぬ“お土産”を渡されたアズは、全身から冷や汗をかいてしまう。
どう考えても、これは特大の爆弾だ。
表に出せば騒動になるのが目に見えている。
やや悪くなった顔色で魔女にお暇を告げたアズの足取りは、とてもとても重かった。
手にした小瓶は栄養ドリンクのそれよりも小さかったが、それでも非常に大きな存在感を醸し出している。
これは何かの罰ゲームなのだろうか?
いっそ秘匿してしまおうか。
サウノリアに端を発する“秘薬騒動”は、こうして幕を開ける事になる。




