狂信者③
家族を標的にされそうであった為、アズ外交官は冷静さを失っていた。
だが魔女の言葉を聞き、徐々に冷静さを取り戻すと、再び怒りの炎が燃え上がる。
「それにしても、疫病を安易に流行らせようとするとは。まさに邪教徒ですね。これは取り締まらねばなりません」
「ま、自分のやりたい事ができればそれで良い人間なんだろうね。自分が満足するんだから、それが世界にとっても正しい事なんだと。
実際は神様なんざ信じちゃいない。狂信者なんてそんなもんさ」
サウノリアは魔女の森に隣接しており、もう一つの隣国であるシーナ大央国よりも魔女の家に近い。
もしも魔女を病に冒させたいなら、間違いなくサウノリアが標的になっただろう。
母国をそんな目に遭わせようとする連中は、まさに怨敵だ。
怒りを抱くのは、一国民として間違っていない。愛国者でなくとも、それが正常な感覚である。
アズは魔女と少し話をすると、この件を本国に持ち帰る事にした。
魔女が何か制裁を加えるかもしれないが、魔女に頼りすぎるのは良くない。自分たちでできる事をするべきだと、魔女より早く狂信者をどうにかしようと動き出す。
どちらかと言えば、魔女に制裁されて終わりでは怒りの収め方がなく、自らの手で裁いてやりたいと思っていた。
「馬鹿かね、君は。これでは魔女に借り一つではないか」
「はい。このような情報を頂けたのであれば、それも仕方在りません。
我々は一刻も早く、この犯罪者どもを捕まえねばなりませんので」
本国に戻ったアズは、まず対テロ組織である公安に話を持って行った。
正確には公安へ情報を回すだろう警察組織の人間だが、彼らの存在は秘匿されているのでただの外交官でしかないアズには伝手がない。
迂遠ではあるが、知り合いの刑事に情報を流すぐらいしかできなかった。
ただ、その刑事はアズの行動に対し苦言を呈する。
「違う。情報を共有した事は彼女にとって貸しでもなんでもない。
貸しとなったのは、“狂信者達を裁く権利を譲って貰った”事だ。魔女は動けないんじゃない。動かないんだ」
外交という分野ではアズは専門家である。
しかし、その専門家が素人である自分にも分かる行動でアズに貸しを一つ作ったのに、それに気が付かない様子なので一言言いたくなったのだ。
「しかし、魔女様は動かないと」
「考えろ。あの魔女だぞ。動こうと思えばいくらでも手が打てる。これまでだってそうだっただろうが。
今回は、お前の感情に配慮してこんな迂遠な事をしているんだよ」
「あ」
「あ、じゃない。しっかりしたまえ、外交官」
そう言えば、と、アズも魔女の行動と発言の違和感を把握する。
これまでの魔女は、相手が動かないなら何らかの干渉を行い、都合の良い場を用意していた。
それをしないという事は、こちらにそれだけの猶予があるという事。
「それに、信用してくれたという見方もあるな。これは我々だけで解決できる問題だと。
ならば我らがやる事は分かるな?」
「信用に応える。ですね?」
「ああ。サウノリアを狙う賊どもは、我らの手で捕まえてみせる!」
今回の森の敵は、魔女ではなく、サウノリアの国民が戦うようであった。




