弟子希望⑤
三人の子供はアズ外交官の手により、ホテルのロビーで父親に返却された。
周囲には多くの客がいたが、そんな彼らを何事かと見守っている。
「元に、元に戻るんですよね!?」
「はい。3日後には戻るという話です」
「3日間も……。なんて酷い」
涙を流し、カエルになった子供たちを抱きしめる父親を、アズは冷めた目で見ていた。
魔女のところに子供を連れて行かないようにと言うのは、サウノリアでは当たり前のように聞かれる忠告だったからだ。
実際、空港にも注意書きの冊子が置いてあるし、子連れが魔女の森に入ろうものなら誰かが「連れて行くな」と注意する。
注意を無視して子供を連れて行った男に同情の余地は無い。
と言うのも、魔女は子供嫌いというか、子供を苦手としているのは知られた話だったのだ。
言って大人しくしている子供であれば問題ないが、世の中には好奇心に負けて魔女の家を探索する子供の方が圧倒的に多い。
魔女は己のルールに従って生きているので、子供相手でも容赦できない。
傷つけない為にも子供を遠ざけているのだ。
「この子たちは、魔女様の保管する希少な薬品の入った瓶を勝手に持っていこうとしたそうです。
大事な事なので確認しますが、それは貴方の指示ですか?
もしも嘘を吐いて逃げようとしても、魔女の裁きが貴方に降りかかる事を覚悟してください」
「そんな指示は出していない!
貴方には人の心が無いのか! 子供たちがこんな目に遭ったというのに、今、そんな話をするべきじゃないだろう!!」
「そうですか。失礼しました」
男はアズの質問に、強い否定の言葉をぶつける。
男は感情が高ぶっており、正常な判断が出来そうにもない様子だ。魔女も言っていたが、男は指示を出しておらず、嘘を言っていない。
それに、本当に男が指示していたのであれば子供が盗みを働こうとした時点で男に裁きが下されていただろう。
そうでないという事は、男が無罪という事である。
アズ外交官は泣きじゃくる男と三匹のカエルを見ながら、魔女の悪辣な手段に苦い思いを抱いていた。
男がどうなろうと知った事ではないが、人目の付くところで質問させたその手口には恐怖するしかなかったのである。
「それは許せないですね! 協力者を募りましょう!」
「ありがとうございます!」
人権派の男は民主主義至上主義者でもあったので独裁政権のリーダーを良く思っておらず、そんな独裁者に反旗を翻した政治犯の男を人として好ましく思っていた。
そんな人権派の彼にしてみれば、3日だけとはいえ子供をカエルにされるという被害に遭った男の話は憤慨して余りあるものだった。
正義のために頭を下げたというのに魔女への弟子入りを断られたという共通項もまた、二人が仲良くなる理由としては十分だった。
政治犯の男は同じように弟子入りを断られた人権派の男と合流し、意気投合してすぐに魔女を糾弾し始めた。
自分たちのような正義の味方。その思い通りにならない魔女を危険視した二人は、シビリアンコントロールの一環として魔女を国連の管理下に置くべきだと言い出したのである。
そして魔法を人類の共有財産にしようと、それこそが人類の未来のためになると主張し始めたのだ。
二人は持論をネット上で展開し、同志を募ろうと動き始めた。
組織を作り、魔女を支配する体制を整えようとしたのだ。
だが、ネット住人の反応は辛辣だった。
「子供を使って盗みとか、サイテー」
「人の物を勝手に盗む子供。子供は親を映す鏡と言うけど、そんな親の顔は見たくないですなw」
「そもそも魔女のところに子供を連れて行くなよw 注意事項ちゃんと嫁w」
ホテルという衆人環視の中で行われたアズ外交官の質問。
それがマスコミにより先行して流布されていたからだ。
マスコミは先の失態もあり、魔女に対し頭が上がらない。
魔女は何も言っていないが魔女の報復に怯え、魔女を悪く言う事などできやしない。
魔女関連の情報を魔女に好意的に解釈しやすいように加工して流布するなど、率先して擁護をしている。
二人が何を言おうが、魔女の側に立って発言する方がネット住人にしてみても正義の側で面白い。
二人が必死に燃料を追加するため、魔女よりも彼らの方が叩きやすいというのもあった。
少年法やカエルにする事の正当性の無さを主張しようが「そもそも盗む奴が悪い」「子供を連れて行ってはいけないという忠告を無視したのが悪い」と返され、「自業自得」と叩かれる。
そんな状態で人が集まるはずもなく、彼らの目論見はあえなく潰える事になる。




