姉さんのやりたいこと、ボクのやりたいこと
しばらくお互いの世界のことを話しあい、明日は昼までに村に戻りたいので、休むことにした。
火の番は、いつものように先に姉さんで、白大星が山脈の真ん中辺りに来たら、ボクと交代だ。
流石にコタまで火の番をさせるのはかわいそうなので、ゆっくり寝てもらうことにしたんだけど、流石に見知らぬ世界に来て、グースカ眠れるほど神経は太くなかったみたいだ。
窪みの奥で眠る姉さんを起こさないよう、小声でコタが眠くなるまで話をした。
「オイラみたいに異世界から来た転移者っていないの?」
「聞いたこと無いよ。
異世界どころか、この国によそから来たのって、二百年前の英雄の冒険者だけだから」
「他の国と行き来はないの?」
「そうだねえ、あっちに見える山脈を越えた向こうに冒険者が暮らしていた国や、他にも沢山の国があるって言い伝えだけど、本当なのかな。
英雄のパーティでさえ山脈越えるのに二ヶ月かかったって伝えられてるのに、わざわざ行こうなんて普通思わないよ」
コタはボクの指差した山脈を見て、「凄く高そうな山だねえ」と呟く。
「だいたい皆それぞれ生まれた村で一生過ごすのが普通なんじゃないかな。
畑で作物作って、山で狩をして、自分の村に無いものは、たまに来る行商人から手に入れるから、生活に不自由はないな。
それに楽しいことだって多いんだよ。
建国の祭りの時期になると、領主さんの住む町で大きなお祭りがあるし、畑が暇になる雨期には、テーマ毎のお見合いパーティがあったり、年明けは近辺の村と合同でお祝いしたり。
……うん、わざわざ遠い山脈まで行って、あーんな高くて険しそうな山越えて、あるかどうかわからないよその国に行くこと無いと思う」
そう、どの家でも家族は多いけれど、畑仕事や狩で食べ物を入手したり、薬草で簡単な薬を作ったり、機織りして布を作って服や小物を作ったり、行商人から手に入れた鞣し革で靴や鞄作ったり、家の壊れた箇所を補強したり、村で飼っている馬の世話も順番に回ってくるしで、やる事は多い。
それでも仕事が無ければ、領主の住む町へ行けば、村では無いような仕事…飲み屋や食事処、宿屋や色んなお店、村々を回る行商人など、働き口はいくらでもある。
この国の人々は、皆やりたい仕事に就いていて、日々満足して過ごしていると言っていいと思う。
やりたい仕事をする生活、それが満足できる生き方というのがこの国に暮らす人々の共通の考え方だ。
だからこそ姉さんが「冒険者になりたい」と言っても、条件は付けられたけれど、反対はされなかった。
「マコちゃんのやりたい仕事は何なの?」
ポツポツと話していたボクに、コタが尋ねてきた。
「ボクのやりたい仕事……」
言われてみてちょっと考え込んだ。
小さな頃から「冒険者になる」と言ってた姉さんが、子供ながら心配で、鍛錬しては怪我をする姉さんの傷を治療したり、山の奥に一人で行こうとするのについて行ったり、星読みは苦手だから、覚えるために手伝ってと言われて、ボクの方が先に覚えたり……。
自分のやりたい仕事より、姉さんの心配の方が先で、今まで【やりたいこと】と言うものを考えたことがない。
自分のことより姉さん優先で、「一緒に冒険者になろう」と言われた時も、「ああ、それなら安心だ」と思っただけで、【冒険者】が自分のやりたい仕事なのかはよくわからない。
「うん、考えてもよくわかんないや。
とりあえず自分のやりたいことより、姉さんの方が心配で……。
いや、姉さんのことを守るのがボクのやりたいことかな」
コタに聞かれて、今までぼんやりだった自分の気持ちが理解できた。
そうだよ、姉さんを守ることがボクのやりたい事だ。
「へー、マコちゃんってシスコ……お姉さん思いなんだね」
「とりあえず今の話は恥ずかしいから、他の人には内緒ね。
それに姉さんが心配だとか知られたら、弟のくせにとか言って怒られそうだから」
笑いながらボクが言うと、コタも笑いながら頷いてくれた。