異文化交流?
無事ウォーターボアを手に入れて、姉さんが戻った時には、ボクはクタクタになっていた。
野営の場所は、川の対岸にある大岩の窪みに決めた。
窪みの周りに獣除けの薬草をばら撒き、枯れ枝を拾い集め、窪みの中に、獣の皮を敷く。
窪みでは横になることはできないので、座って寝ることになるけれど、結構眠れるもんだ。
手慣れた作業で、さして疲れるものでもないはずなのに、彼が一つずつ、『これは何』『どうやるの』『これは何に使うの』と質問責めで、時間と気力を使った。
しかし、まだまだ甘かった。
夕食を作るのに、生活魔法の着火を使って火を点けるのを見た時の、あのテンションの高さよ……。
「やっぱり魔法ってあるんだ!
オイラも使えるようになる?
何かミッションをクリアしたら使えるのかな?
体を巡る魔力を感じればいいの?
でも元々魔法なんて使えないのに、魔力なんてあるの?」
「生活魔法は皆使えるものだから、その年まで使えないのなら使えないんじゃないのかなあ…よくわからないけど」
一定の年齢になると使えるものだと思っていたから、聞かれてもわかんないよ。
「生活魔法?それなら攻撃魔法とか、回復魔法とかも使えるの?」
「うーん、使える人もいるけれど、生活魔法と違って使える人は少ないよ」
「ならやっぱりオイラも使えないのかなあ。
教会で適正を見てもらったりとかしたらわかるのかな?」
「え?君の居た場所の教会ってそんなことするの?」
「いや、しないけど、異世界の教会ってそんなものじゃないの?」
「そんなこと聞いたことないよ」
「えー、異世界あるあるじゃないんだ」
「君には異世界でも、ボクには現実世界だから」
「なるほど!」
彼の居た世界ってそんなに別の世界へと気軽に行けるのかな?
姉さんが、ウォーターボアのついでに兎を採って来てくれたので、それを捌いて夕食を作る。
三人で分けるには兎は肉が少ないので、焼かずにスープにした。
そのスープを一口飲んで、
「おおー、異世界冒険スープ」
と、またもや意味不明な発言をしているけれど、聞くとまた長くなりそうなので、聞かなかったことにする。
「そう言えば名前聞いていなかったわね。
私の名前はアスファリム、20歳よ。
冒険者をしているわ」
「ボクはマコフォルス、今度の雨季で18歳の冒険者」
「オイラの名前は 大田 小太郎、明日で19歳…ってさっきも言ったか」
彼の名乗りにボクと姉さんは驚いてしまった。
「オオタコタロー?それがあなたの名前なの?」
「?そうだけど」
不思議そうに首をかしげる彼。
「うーん、その名前はこちらではあまり良くない響かな」
ますます首をかしげる。
「あのね、この国では【タロー】って名前は縁起が悪いと言うか…」
首をかしげたままの彼に姉さんが説明をする。
「昔モウモウタローって男が、見知らぬ動物をけしかけて、略奪を働いたり、キンピカタローとか言う男は集団で、角持ち獣人と人属のお見合いパーティに乱入して、獣人を何人も殺して、女性をさらって行ったり…。
そんなどこからか来た凶悪犯罪者の名前に【タロー】って付いてるの」
「桃太郎と金太郎?」
「もしかしてあなたの世界の犯罪者なの?」
「いや……犯罪者と言うか、おとぎ話の英雄と言うか……」
彼が小さな声で何か呟いたけれど、あまりにも小さくて聞こえなかった。
「でも姉さん、見知らぬ場所でいきなり取り囲まれてリンチに会った所を助けてくれたウラヤマシタローとか言う【タロー】もいたじゃないか」
「浦島太郎?」
「うーん、それでもやっぱり【タロー】は良い印象はないわ」
「じゃあ【オオタコ】で止めるのはどう?」
ボクの提案に頷く姉さん。
「そうね、名前を区切るなんて聞いたことないけど、それならいいかもしれないわね。
あなたの事は、【オオタコ】と呼ぶわね」
話が落ち着いたと思ったら、彼から待ったがかかった。
「……いや、たこ焼き屋さんじゃあないから……。
オイラの名前の【オオタ】は名字だからまとめないで。
せめて名前の【コタ】にして」
「名字が有るの?
あなた王族?それとも貴族?」
この国でファミリーネームが有るのは、王族や貴族だけだ。
基本名前だけで、他所に行った時に、自分の名前に村の名前を付けるくらいだ。
ボクなら【マコフォルス・サールバール】ってなるのかな。
「オイラ名字と名前があるのが当たり前の場所から来ただけの、一般的な化け狸だよ」
「へー、名前とファミリーネームがあるのが普通なの。
覚えるの大変そうね」
確かに一人ずつファミリーネームと名前が有るのなら、覚える手間は二倍だ。
物を覚えるのがあまり得意ではないから、名前だけでよかった。
「オイラには二人のカタカタの長い名前が覚え辛い……アス姉さんとマコちゃんでいい?」
「アス姉さん……」
「マコちゃん……」
思わず呟いてしまう。
「なんだろう、姉さんこの気持ち」
「ええ、名前を短くするなんて、普段ならやらないことだからね」
名前短くしただけなのに、なんだかとても新鮮で、ちょっとむず痒い。
「そうね、それ気に入ったわ!
これから私のことはアス姉さんと呼んでくれても結構よ」
ボクも異存はないので、大きく頷いた。