たん たん たぬき
「タヌキは食べても美味しくないよ!」
と叫んだのは茶色い髪と、真っ黒な瞳の子供だ。
……子供…なのか?
先程までそこにいたのは、見たことのない生き物だった。
見た目は普通の子供だけど、服装は見たことのない形をしている。
顔つきもこの辺では見かけない、平坦な顔だ。
小さな鼻といい、クリクリしたタレ目といい、髪の色といい、先程の生き物とダブる所はある。
けど動物が人間に変わるか?
獣人は獣の能力や習性を持っているけれど、見た目はミミや尻尾、牙やヒゲが生えていたりするくらいで、動物になるわけではない。
逆にこの子供は、ミミや尻尾は無く、普通の人間だ。
「えーと、ぼくは誰かな?
どこから来たのかな?」
身を屈め、子供と視線を合わせた姉さんが、精一杯優しく問いかけるけど、怯えな子供は、姉さんが近づくと
「ひぃっ!」
と、小さく悲鳴をあげて後ずさる。
「ほら、怖くないよー、君さっきの動物かな?
人に変化できるって事は、もしかして噂に聞く魔物なの?」
魔物かもしれないという考えに行き着いた、姉さんの笑顔の質が変わった。
いつでも使えるように、背中の弓を手に取りさらに近づくと、その分後ずさる子供。
「…………魔物の肉って美味しいのかな?」
怖い笑顔のままボソッと呟く……姉さん、なんでも食べようとしないで…。
「ま…魔物じゃないよ!タヌキだよ!」
後ずさり続けた子供は、背後に立つ大木に行き当たり、それ以上後ろに下がれなくなった。
「タヌキ?聞いたことないわねえ。
マコフォルス、あなた知ってる?」
聞かれても、見たことも聞いたこともない。
ボクが首を振ると、子供が震える声で尋ねてきた。
「タヌキいないの?
じゃあここって日本じゃないの?
西洋にタヌキがいないって聞いたことあるけど、ここって外国?
あの池って地球の裏側まで続いてたの?」
……何を言っているのかさっぱりわからない。
ボクが頭をひねっていると、姉さんは、
「だいたい動物に変化する人がいるなんて聞いたこともないし。
やっぱり魔物じゃないの?
魔物なら捕まえてお城へ連行するか、殺してしまわないといけないんじゃないの?」
このよくわからない子供が、動物から変化したのをしっかり見ているし、もし本当に魔物なら、人の住む村の近くにいるのは危険だから、追い払うだけじゃなくて、捕まえて連行するか、殺してしまうしかないと思うけど…。
「姉さん、冒険者なら、会話ができる相手とは、まず話し合うのが正解だと思うよ」
こんなにプルプル震えてる子供が、変化してもあんな小動物な害のなさそうな生き物なんだし。
ボクの言葉に姉さんは、少し考えて頷く。
「……そうね、自分と違うからっていきなり攻撃したり、捕まえたりするのは、英雄の教えに反するわね。
ひとまず話し合いましょう」
弓を背中に戻し、武器を持っていない証拠に広げた両手を見せながら近づくけれど、怯えきった子供は腰を抜かしてしまった。
「嫌!来るな!来ないで!お父さーん!お母さーーーん!」
とうとうその場にうずくまり泣き出してしまった。
……まあ、捕まえるとか、食べるとか、殺すとか言ったからねえ。
何より姉さんの笑顔が怖い…本人は慈悲深い笑顔だとか思っているみたいだけど……。
「姉さん止まって」
姉さんを立ち止まらせ、二人の間に分け入り、膝をつき子供に話しかける。
「君は何も悪いことしないよね?
さっき怖いこと言ってたけど、悪いことしない相手に何もしないから、ひとまずお互いの事情を話し合おう?
君も聞きたいこととかあるのかな?
ほら、おいで」
両手を差し出すと、泣いていた子供は暫く戸惑い、そっとボクの手を取った。
「大丈夫?立てるかな?」
「……こ…腰が抜けてて立てない」
男の子だけど、小さいし小柄だからなんとかなるかと、背中と膝裏に手をやり抱き上げた。
「!…お……お姫さま抱っこ!」
小さく呟き、ピキンと固まってしまった。
さっきから、この子の言っていることはよくわからない。
「姉さん、とりあえず荷物の場所まで戻ろうか」
ボク達三人……二人と一匹は、荷物を置いた川べりへと歩いていく。