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ハードラック・ブラックアウト(旧)  作者: 魚之目 ムニエル
8/12

8

 扉の開く軋んだ音に、ウェインは咄嗟に外へと繋がる方を見上げる。だが音の鳴った方向は、それと真逆の方からだった。


「準備ならできたぞ。小僧」

「おやっさん、アメリア、ここは危ないから」

「いいや、丁度良かった。ここの上ってあんたの店だよな?」


 元の場所へ帰そうとしたウェインの言葉を遮って、レディは招き入れる仕草を取る。不安さを残しながらもウェインが押し黙ったのを見てから、スミスとアメリアは二人に近付いた。


「ああそうだ。それがどうした?」

「上から物音がする。ここに攻め入って来るかと思っていたが、違うかもしれない」


 諦めの籠もったウェインの言葉に、何? とスミスが過剰にも見える反応を示す。


「俺の店に盗っ人が来たってのか?」

「抑えてくれおやっさん、まだそうと決まったわけじゃない」

「けっ、撃てりゃ何でもいいと思ってるお前らは気が楽だな」

「そいつは心外だね。性能は大事だから当てにしてるんだろ?」

「うるせぇ、鉄砲なんか引き金引きゃあ弾出る道具としか思っちゃいねぇんだろ」


 そりゃあそうだね、とレディも交えてぎゃあぎゃあ騒ぎ始める三人を、アメリアは少し離れて見ていた。その眼には、困惑や畏怖の色が見える。

 唐突にレディが両手を上げて、周囲の言葉を遮った。ウェインの早く言葉を聞きたいような、決して聞きたくないような表情と、スミスの胡乱(うろん)な表情が、瞑想して上を見上げるレディに注がれる。


「何かを置き始めたね」

「置き始めた?」

「うん、ついさっきまで家捜ししてたんだけど、今度は床に何か置き始めたみたい」

「何? 家捜しだと? おい」

「今はそれどころじゃない。黙って」


 小さく瞼を上げて、レディは騒ぎ始めたスミスにぴしゃりと言い放つ。静かな気迫に言葉を詰まらせてから、舌打ちを残してスミスは黙った。

 レディの言葉を聞いてから、ウェインは死んだかのように俯いて、考え耽っている。


「置いてる場所、数はわかるか?」

「場所は、多分床に直接。数は今は3つ。多分だけど、小さな四角形に、4つ仕掛けるんだと思う。うん、今4つ目を置いた」

「部屋に4つ、四角形にか」


 情報を追い掛けるように呟き、ウェインは頭をフル回転させる。目を閉じて耳を澄ませているレディも居るため、迂闊に喋れないスミスとアメリアはバツが悪そうにもじもじしていた。


「出口に向かい始めた。一人出たよ」

「レディ、お前がさっき蹴飛ばしたテーブルを持ってきてくれ」

「テーブルを? これまたなんで?」

「なんでもだ。なるべく急げ」


 あいよ、と答えながらものんびりとした動きで、レディはテーブルへと向かう。その途中でおっさんも手伝って、と悪戯っぽく言われ、スミスも文句を垂れながら渋々と続いた。焦りの籠もったウェインの視線は、二人の背中に遮られて届かない。


「私は、どうすればいい?」


 不安さを隠そうとして、だがそれでもあからさまに見えるアメリアの言葉に、ウェインはフッと笑った。


「大丈夫だ。近くに居ろ」

「……わかったわ」


 望む答えじゃなかったのか、アメリアの不安げな様子はより深くなる。バレないように小さくため息を吐いて、ウェインは右手でその背中に触れた。縮こまるように曲がったアメリアの背中が、ピクッと跳ねた。

 そうしてレディがテーブルに辿り着く。伸ばした手が触れ、これをどうするの、と再度ウェインに確認をしようと、口を開こうとして。


 刹那、4人の居た天井が、爆ぜた。


◇◆◇


「う、ぐあ……」


 瓦礫の底でウェインは目を開けた。或いは、覚ましたと言った方がいいだろうか。ウェイン自身、単に目を閉じただけなのか、気を失ってしまったのか、今一区別が付いていない。閉じていたときとそう変わらない暗闇の中で、体の上に何かが乗っかっているのを感じて身を捩った。

 独特の柔らかな感触からして、恐らくは人間が仰向けの自分と向かい合うような状態になっている。抱きつくようにその背中へ両手を回してから、左腕の肘の裏辺りを押し込んだ。

 途端に眼へと飛び込む情報量が増える。左腕の中から漏れ出す光に照らされたのは、既に見慣れたブロンドの髪だった。


「う、んぅ」


 唐突な光に、髪の持ち主が寝苦しそうに呻く。


「アメリア、アメリアか!」

「ん、何。いきなり耳元で叫ばないで」


 ウェインの驚いた声に、アメリアが不愉快そうに目を覚ます。ゆっくり上体を起こそうとして、途中で頭を打った。

 うー、と呻いた後、驚きで固まっているウェインの上を這うようにして退()く。


「なんで、アメリアが」


 意識せずウェインは呟いていた。確かあの時、咄嗟にアメリアを抱き寄せた。アメリアを庇うように。決して、自分が助かるためにアメリアを盾にしようとはしていなかったはずだ。

 信じられない物を見たような顔で、ウェインはアメリアを見やる。当の本人はどこ吹く風で、空間の高さを確かめながら体を起こしていた。今度は頭をぶつけなかった。


「良かった、二人とも助かったみたいね」

「どういう事だ。何をした」

「そんなに怒らないで。怖かったから、思わず飛びついちゃっただけよ」


 それは、つまり。助けられた? こいつに?

 いじらしい笑顔のアメリアに、ウェインは絶句する。事実を整理する時間、言葉を選ぶ時間があった。右手でこめかみを押しながら、ウェインも体を起こす。


「いいか、アメリア。俺を助けようとしてくれたのなら嬉しい。けどな、今お前が一番大切にするべきなのは、お前自身の命だ。わかるよな?」

「だから貴方達のことを、都合良く使えって?」

「そうだ。俺達は自分の身ぐらい自分で守ってきた。今更お前ぐらいどうってことねぇ」

「私は貴方達のことを、命令を聞くだけの道具だとも、命のない機械だとも思ってないわ」


 見当違いな、されど確かな意志を持った言葉に、ウェインはまた言葉を失う。気付かず息を呑んでいたのが、ため息として吐き出された。自然と項垂れる頭を何とか右手で支える。


「レディかおやっさんに、何か吹き込まれたのか?」

「さぁね。秘密主義よ」


 あの馬鹿野郎共が、と言うことすらアホらしくなって、ウェインはただ頭を抱える。情けないと嘲笑う自分と、行き場のない気持ちを誰かにぶつけたい自分。その全てを、冷めた目をした一番大きな自分が見下ろしていた。

 不毛だ。今それをするべきじゃない。何よりそれをする権利が、今の俺にはない。

 何度も、飽きるまでため息を繰り返した後、軽くなった頭を上げた。


「1つだけ言わせてくれ」

「聞くわ、何?」

「俺達は確かに道具じゃない。だけどな、言われたことも満足にこなせない、通すべき道理も通せない奴はな、道具以下なんだよ」

「それは、わかったわ。……私からも1つ、いい?」

「なんだ」

「……素直に、謝りたかったの。具体的に何をとは、上手く言えないけれど。それでも」


 必死に紡ごうとする言葉を、ウェインは軽く目を見開いて聞いていた。


「私は、貴女達のことを、真っ直ぐに見ていなかった。ごめんなさい」


 その謝罪とは裏腹の、あまりにも歪みのない眼差し。ウェインは見開いていた目を、眩しそうに細めた。

 都市から来た上流階級という情報、気丈な振る舞いと言葉遣い。真っ直ぐ見ていなかったのはどちらだろうか。言葉の端に前兆は見えていただろうに。

 或いは、絶望の中一筋見えた蜘蛛の糸が、何かを間違えば千切れてしまう頼りないものだとしたら。わかっていながら、それに縋るしかなかったとしたら。

 自分はその苦しみを、そしてそれが千切れたときの痛みを、誰よりも知っている。


「くだらねぇ」

「え?」


 思わず、ウェインは呟いていた。

 アメリアの言葉も、勝手な想像で勝手に感情移入するらしくない自分も、全て。自嘲気味に唇が吊り上がる。


「くだらねぇって言ったんだよ。気にすんな。俺も、悪かった」


 ウェインは右手をアメリアの頭に置いて、乱暴に一度撫でた。


「ええ、ふふ、気安く触るのも、今は許すわ」


 わざとらしく息を吐いて答えて、ウェインは手を離した。機械音が耳を苛んで、通話が繋がったことを教える。軽く手を掲げると、察してアメリアは頷いた。


『よう死に損ない。生きてるか?』

「その死に損ないは、また死に損なったぞ」

『良かった。私も頑張ったかいがある』


 ハッとして、ウェインは辺りを見回す。そこでやっと、自分達が見慣れたテーブルの、見慣れない下側にいることに気付いた。

 あの瞬間こっちに向かって投げたのか、とやっとレディの言葉の意味を察する。アメリアに押し倒されただけで助かるわけがない。自分が冷静さを欠いていたことを手遅れながらに理解した。


「ありがとう。お陰で助かった」

『どういたしまして。お礼は後でゆっくりして貰おうかな』


 言い終わった後に、通信機越しで瓦礫が崩れる音が聞こえる。おっと、と軽いレディの声と、何かが砕け散る音が同時に響いた。


「おい、そっちは大丈夫なのか」

『大丈夫じゃなきゃ通信なんてしない。安全な空間は作った。心配なら後で良いだろ?』


 いつもより饒舌な言葉の合間に、浅い吐息が混じるのが聞こえる。もしかしたら意外とマズい状況なのかもしれない。ウェインは内心の焦りを出さないように話す。


「上が爆破されただけなら通路の方は安全だ。そこまでいけそうか?」

『わかった。ここで待ってても埒が明かないしね。取り敢えずそっちで合流で良いかな』

「オーケー。向こうで会おうな」

『その言葉は、少し不吉に聞こえるね』


 茶化すような言葉を最後に通話が切れる。苦笑いと共にマイクのスイッチを押して、ウェインはジッと待っていたアメリアへ顔を向けた。


「アメリアの部屋があるところまで戻る。危ないかもしれないけど、いいな」

「ええ。エスコートを、お願いするわ」


 気品を隠さない物言いに、ウェインは苦く笑いながら右手を差し出す。

 皮膚の厚いゴツゴツとした褐色の手と、柔らかく華奢な美しい腕が、重なった。

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