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ハードラック・ブラックアウト(旧)  作者: 魚之目 ムニエル
7/12

7

「ウェイン! 起きろ! ウェイン!」


 激しく肩を揺らされて、ウェインは目を覚ます。軽く掛けていた毛布を剥ぎ取り、音を立てないように地面に足を落とした。真っ暗な部屋の中で、蛍光塗料の塗られた時計の針が、仄暗く3時を示していた。

 最低限すぐに動ける服を着て寝ていたウェインは、レディの様子から非常事態を察して状況を問う。


「どうした。レディ」

「外が騒がしい。ライトを点けた車が4、5台傍を通った。上の格子から光が見えただけだから、実際はもっと居るかもしれない」

「何処に向かっていったかはわかるか」

「詳しくはわからないけど、多分ここに来ると思う」


 いつになく余裕の無い様子のレディに、ただならぬ気配を感じながら、ウェインはベッドのすぐ傍に置いてある黒い外套を羽織る。


「根拠は?」

「勘」

「……わかった。来るとしたらサルヴァトーレの連中だろうな、俺はおやっさんを起こしてくる。アメリアを任せて良いか」

「あいよ。戦闘になったら、ウェインも頼んだよ」

「わかってる。そこら辺を見極められないほど馬鹿じゃねぇ」


 首元を軽く留めて、全身のシルエットが見えないようになる。闇に溶け込むようなそれは、余程夜目が利かない限りは見つけることすら困難だろう。

 二人は部屋をすぐに出て、それぞれの目的地へとすれ違う。ウェインは壁に手を這わせ、辿るようにしてスミスの部屋に向かった。完全に頭の中に入っている道を通ってから、その手がコの字型の出っ張りに触れる。ノックをせずにすぐ部屋の中に入った。

 奥まった位置にある作業台には小さな明かりが灯っている。整備の途中なのだろう、散在する作業道具と部品の中央に、鎧の一部のような合金の板が残っていた。明かりが届くか届かないかという位置にソファーがあり、背もたれからはみ出すようにして、大きな肩が寝息で上下しているのが見える。

 ウェインは駆け寄ってから遠慮無く肩を揺らした。


「おやっさん。おい」

「ん? ああ、小僧か。なんだ」

「敵の襲撃が来そうだ。逃走の準備をしてほしい」

「んー、それは本当か?」


 熊のようにのっそりとした動作で上体を起こし、気怠げに右手で顔を洗う。豪快でのんきな欠伸が1回漏れた。焦りを隠さずに、ウェインがもう一度強く肩を揺する。


「本当だ。急いでくれ、間に合わなくなる」

「よし、わかった。10分ほど時間をくれ」

「駄目だ。5分以内だ」

「チッ、できるだけ急ぐ。またこい」

「ああ。その時までには済ませておいてくれ。俺達が来ないようだったら、アメリアを連れて裏口から脱出を」

「ああわかってる。早く行け」


 シッシッと手を振る動作を受けて、ウェインはわかった、と残してから駆け足で部屋を出る。

 そろそろレディもアメリアを起こした頃だろう。大部屋に戻って様子を見ねぇと、レディの勘が外れてりゃあ良いんだがな。

 静寂と暗闇に包まれた通路で、静かな靴音がリズミカルに響く。自分の寝ていた部屋を通り過ぎようとして、そこで立ち止まった。

 固まってから、自分の右腿へ手を伸ばす。その途中で手が硬い感触に阻まれた。

 充分に整備の行き届いた短めの自動拳銃。バレルやスライド等の各部品の交換によって口径を変えることができ、今は9ミリ用の調整が成されている。マガジンの弾は20発。構えて、安全装置を外せば、狙った位置に正確に飛ぶ愛銃、だが。

 防弾チョッキを着込んでるのは勿論、何人か調整された(・・・・・)奴もいるだろう。

 数秒の思考の末、先程より急いだ様子で部屋に飛び込む。ベッドの側にある机の上で、金属色が鈍く存在感を放っていた。

 少し短めのグリップをラバーが包む、5発装填のリボルバーだった。通常のものより長いシリンダーとバレルが、少し異質な印象を持つ。ショットシェルや大口径弾が撃てる、マルチショットリボルバーと呼ばれる系統のもの。静かに右手で握り込む。


「頼むぜ」


 5つある穴の全てがしっかりと埋まっていることを確認して、左手で包むように元の位置に戻す。

 元から安全装置はかかっていない。

 一通りの確認を終えて、ウェインは軽く外套をめくってから、右脇の下にあるホルスターへリボルバーを入れた。

 ゆったりと過ぎた時間を取り戻すように、真っ直ぐ大部屋へと掛けていく。狭い通路はすぐに終わり、大きな部屋へと出た。私も今来た、といった様子でレディがウェインを待っている。


「ただいま。先程ぶりだな」

「アメリアは起こしたよ。じいさんの所に向かうように言っといた。すれ違わなかった?」

「いや。迷ってないと良いがな。おやっさんは準備に5分ほどかかるらしい」

「紳士淑女じゃあるまいし、随分とおめかしに時間がかかるみたいだね」

「知らねぇ。でもまぁ、いざとなったらアメリアと二人で逃げてもらうことになるだろうな」

「その時はウェインと私もバイクでデートだね。ダブルでドライブデートなんて、なかなかいいんじゃない?」

「それが地獄行きじゃないことを祈るぜ」


 軽いやり取りを経てから、二人は同時に顔を上げて、一つしか無い入り口を見やる。静かな空間には何の音が届いていないにも関わらず、何となく、数多の気配が近付いてくることを感じていた。

 ウェインが静かに拳銃を抜く。左手で軽くスライドを引き、中で真鍮が鈍く輝いたのを確認してから元に戻した。レディは両手に拳銃を構えてから、腿に叩きつけるようにして乱暴にスライドを引いた。初弾を装填するガシャッという音が二つ響いてから、片方を腰の後ろに吊る。

 二人の視線が一度交わって、頷いてからそれぞれの行動を開始する。ウェインは入り口からは死角となる柱の陰に身を移し、レディは中央の大きなテーブルをけたぐって倒した。錆びた金属が軋む嫌な音が、何度も倉庫の中を反響する。


「オートマグだけでいいのか?」


 ウェインののんきとも言える声に、レディはひらひらと手を振って答えた。


「良いんだよ。最終的には殴ればいい。まさか『奥の手』を使うほどの相手は出てこないだろう」

「そうだといいんだがな」

「私が居ながら、心配症が過ぎるんじゃない?」

「アジトを勘付かれただけで十分まずいんだ。少しは危機感を感じてくれ」

「その時はウェインがなんとかするから、なんとかなるさ」

「それは願望か? 遠回しな依頼か?」

「じゃあ、依頼の方で」

「高くつくぜ」

「今に返すよ」


 自然と会話は終わり、震えていた空気は静かに張り詰めた。2人は動かずに、ただじっと敵の動きを待つ。一色の闇の中では、時間の動きがなくなってしまったかのようだった。

 どれほど待っただろうか、いつまで経とうと敵が入ってくる気配はない。代わりに、頭上から籠もった足音が聞こえてきた。ウェインは怪訝そうに見上げ、レディは声を上げて立ち上がる。


「レディ、迂闊だぞ」

「だってこれは流石に……拍子抜けってもんだろ。人数は2、3人。いや、まだ来そうだな」

「妙ではあるな。音、拾えるか」

「もう十分やってる。ここの上って、確かおっさんが趣味でやってる銃器店とどっかの詐欺グループの偽事務所しかないだろ?」

「あとは向かいの店の倉庫だな。使ってるとこを見たことねぇが」

「大層な集団で何用なんだ? はた迷惑な」


 苛立ちを隠さない声でレディが言うと、ウェインは腕を組んで考える仕草を取る。何度目かの静寂を、今度はすぐに、新しい音が塗り替えた。

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