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ハードラック・ブラックアウト(旧)  作者: 魚之目 ムニエル
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5

 白いタンクトップに黒く汚れた作業用の手袋。渋い緑色のつなぎに袖を通さず、腰に巻くようにしてズボン代わりにしている。所々汗とオイルで汚れた肌は白く、隆々とした筋肉が光っていた。逆立つような金髪は短く切り揃えられており、彫りの深い顔の奥に碧い眼が据えられている。

 ずん、とタクティカルブーツの靴跡が付きそうな程重厚な一歩を、アメリア達の元に踏み出した。値踏みするかのように不機嫌そうな眼の中央に、アメリアが捉えられる。


「これが例の小娘か」

「は、初めまして」

「待ってたぜ、おやっさん」


 調子の良い声でウェインが答えるとふん、と鼻を鳴らして誰も座っていないベンチの一つにその男性は座る。ふんぞり返るように腕と足を組んでから、会話を進めるように顎をしゃくった。促されたウェインがアメリアに手を振ってから立ち上がり、誰も居ないテーブルの一片に回り込む。

 そのままベンチに座ることなく立ち上がったまま、芝居がかった仕草で視線を一巡させる。多少勿体ぶってからその場を仕切り始めた。


「さて、安全が確保できるまでアメリアには俺達と行動を共にして貰うが、もう異論無いか」

「一応は、ないわ」


 まだ腑に落ちきっていない様子でアメリアは答える。それでもウェインははにかむように、よしと答えた。


「じゃあ先ずは自己紹介からだな。皆さんご存知だと思うが、ウェインだ。よろしくな」


 左手の親指で自分を指さしながら、ラックは自信有りげな笑みを浮かべる。はいはいという声とニヤニヤとした笑み、腕を組んだままつまらなそうに見やるそれぞれの反応が返ってくる。

 ウェインの出番が終わったのを横目で窺ってから、大きく煙を吐き出してレディが続いた。


「次は私かな。レディだよ。よく鉄砲玉を任されている」

「任されてるんじゃなくてお前が勝手に突っ込むんだろ」

「そうとも言うかな」


 ジトッとしたウェインの声を軽く受け流して、レディが涼しく微笑む。流れるようなやり取りにアメリアが乾いた笑いを溢した。

 似たようなやり取りを何度か見たことがある男性は、変わらない様子でウェインをジッと見つめている。幾つかの下らないやり取りがあってから、その視線に親指を上げた拳が返ってきた。


「あー、この強面のおっさんはスミス。俺はおやっさんって呼んでいる。まぁ、好きなように呼んでくれ」

「好きなようにって、スミスは本名じゃないの?」


 貴方もなの? と半ば呆れるような様子の質問に、ウェインは顔を逸らしてからスミスと呼ばれた男性の方へ、促すように手を向ける。凍り付いたような間が一拍あってから、長い間組まれていた腕が(ほど)かれた。


「本当の名前なんか忘れちまった。銃職人(ガンスミス)だからスミスだ。それでいい」


 野太く重い、口からそのまま空気の底に沈んでいくような声が、鉄とコンクリートに反射する。自然と厳粛な雰囲気がその場に満ちていくような気がした。


「壁の中の事は知らんが、ここでは名前なんかに拘るな。そんなもの、クソの役にも立ちはしない」


 そこまで言ってから背もたれに体重を預け直しまた堂々と腕を組んだ。話は終わったといった態度を見届けてから、うるさくならない程度にウェインが両手を合わせる。


「じゃあ最低限、名前だけでも互いのことはわかったと思う。本題に入ろうか」


 再び、勿体ぶったように大きく全員の顔を一巡してから、ウェインが右手の指先を軽くテーブルに着ける。


「よし。まず、これからしていくことだが、大きく分けて2つある」

「2つ? 私が攫われた原因を探すことじゃなくて?」

「ああ。それもやるべきことの1つだ。残った1つは単純、アメリアを取り返しに来る奴らを撃退することだ」


 ピッと順番に指を2本立てたウェインに、なるほどとアメリアが頷いた。


「だが残り一つの方はそんなに急ぎじゃない。つけられている様子は無かったし、レディの方は全滅させてたはずだ。あの被害なら先ずはそこそこに大きな組織か、アメリアの両親を疑うだろう。俺達みたいな烏合の衆が喧嘩を売ってくるとは、毛ほども思ってないだろうからな」

「ふふ。まぁね」


 美味そうに煙草を咥えるレディを何処か忌々しげな目で見てから、ウェインは続ける。


「だから当分はこの場所に潜伏して良さそうだ。と言っても、相手は大きなコミュニティを持っている。1つ目の目的――アメリアを攫う目的について調べようと動けば、いずれは俺達やったことだとバレる危険性がある」

「ええ、それって、大丈夫なの?」

「上手くやる。と言いたいところだが、わからんな。少なくともこの隠れ家はすぐにはバレないと思うが、アイツのことだ。何を何処まで、どういう手を打ってくるかも、申し訳ないがわからない」


 唖然としたアメリアと、眉を寄せて額に皺を増やしたスミスの視線が、ウェインに絡みつく。レディはウェインの味方をするように、難しそうな顔でその二人を見ていた。


「少なくとも今日一日はここで過ごす。明日から行動を開始するが、危ない気配を感じたらすぐ別の隠れ家に移動する。おやっさん、移動の準備は?」

「粗方すませてある。今すぐにと言われれば難しいがな」

「わかった。いつでもすぐに行けるようにしておいてくれ」


 ウェインの指示にスミスは深く頷くが、すぐに動く気配はなかった。話を全て聞いてから行動するつもりなのだろう、深く下ろした腰を軽く上げ、ベンチに座り直す。


「準備は今日の内にすませて貰いたい。レディ、調子はどんなもんだ? 激しい戦闘があったが」

「好調だよ。掠った程度しか被弾してないからね」

「『奥の手』は?」

「出すまでもなかったと言っただろう。まぁ、それならいつでも大丈夫さ。いざという時使えないようじゃ、奥の手とは呼べないからね」

「オーケー。本当に、本当にどうしようもないときだけは、惜しまず使ってくれよ」

「ご心配及ばす」


 負い目を感じることがあるのか、申し訳なさそうな声音でウェインが言う。レディはうざったそうに顔を逸らして、ひらひらと手を振りながら答えた。

 身内話について行けないのか、アメリアは発言者が変わる度にそちらへと顔を向けていた。何かしら指示が欲しいのだろう、構って欲しい小動物のような仕草である。残酷にもそれを気付きながら無視をして、ウェインは会話を続けた。


「じゃあ奥の手の方は大丈夫として、バイクとアタッチメントの方は?」

「私の愛馬ならいつでも答えてくれるだろうさ。最後のは私の管轄じゃないね」

「調整中だ。できればボディの方も使って最終調整したいところだが、使うだけ程度になら仕上げてやろう」


 感情の振り幅を最低限にした答え方に、レディが両手の平を上に向ける。下を向いた煙草から、大きな燃え滓の塊がぽとりと落ちた。ボディの方も調整するとしてどれぐらいかかる? と二人だけの会話を進めていく。

 横目でそれを見届けてから、ずっとウェインの顔を見ていたアメリアへ、やっと視線を向けた。


「アメリアは」

「ええ」

「あそこの扉の奥に空き部屋がある。前に居た部屋より小汚いとは思うが、ゆっくりしててくれ」

「ええっ」

「お前は依頼主であり客人だ。流石に何かを頼むようなことはしない。自由にしててくれ」

「ええ……」


 胸の前でバツを作って薄く笑うウェインに、アメリアが残念そうに肩を落とす。これまでのやり取りがどことなく琴線に触れたのだろう。気分の高まりが、その様子から感じ取れていた。

 まったく、と言葉にすることなく息と共に感情を吐き出して、ウェインはベンチに腰を下ろす。服の内側から1本の細長い棒を出して、右手の人差し指と中指の間に挟んだ。火を使わない、低温煙草と呼ばれる類いの物である。

 ゆっくりと吸い込むと、冷えた煙が喉から肺へと落ちてくる。それは全身を巡る血に乗って、力を抜き取っていくようだった。

 取り敢えずは大丈夫だ。明日からまた動くことになるだろうが、今は休む方が先決だろう。

 思考と共に溜まる漠然とした感情を、肺に残った物と共に吐き出す。最後の仕事を片付けるか、と両膝を叩いてから再び立ち上がった。


「俺は依頼主へ再度連絡を入れてくる」

「あいよ。私も念のために愛馬の確認でもするかね」


 四人の内二人が席を立ちそれぞれの行動を始める。連絡するなら私も、と残った内一人も続こうとしたが、必要ならまた呼ぶさ、と断られてしまった。そうして、所在なさげな様子で元居た場所に座り直す。

 会話の無い、息を吸うことにすら気を使うような、重い雰囲気が場を支配した。

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