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「よっと。これで最後?」
「俺の部屋が空になってたらそれで最後だ」
「忘れ物ぐらい自分で見てきてくれ」
アジトの通路から外に出た先にある建物の一室、そこに堂々と佇むように、その装甲車はあった。正面からの衝撃を逃がすよう、斜めに鋼板がつけられた車体。それを、直径の長いタイヤが押し上げる。既に開いている後部のドアは、横に開く方式だった。
既に溢れんばかりに物が詰まっているそこに、レディは抱えたポリプロピレン樹脂の箱を強引にねじ込む。何かが軋むような音を無視してスペースを作り上げ、弾け飛ばない内にドアを閉めた。
立て掛けていた武器を拾うと、軽く飛んで後部座席へと乗り込む。隣で耳を塞いでいたアメリアが、やっと手を膝に戻した。
外から見れば圧倒的な存在感を誇る装甲車だが、中は随分と窮屈な作りになっている。
「出すぞ。いいな」
「あいよ!」
抱えたライフルの初段を装填しながら、レディは答えた。一度押し下げた安全装置を元に戻すと同時に、装甲を纏う巨体が駆動の雄叫びを上げる。
暴れ回るモーターがタイヤに力を与え、目の前の壁をぶち破った。ガラスを打つコンクリートの破片に、アメリアは肩を跳ねさせて縮こまる。
誰も走っていない車道へと躍り出た装甲車は、そのまま煙を巻き上げて中央を駆け抜け始める。
「ちょ、ちょっと! 静かに行くんじゃ無かったの!?」
困惑の声を上げるアメリアに、レディは笑い混じりの声で答えた。
「はは、ウェインが気を引いている間に、とは言ったけど、誰もコソコソするとは言ってないよ」
「それじゃあ意味が無いじゃない!」
「まぁ、向こうがこっちに構ってくるならそれで良いじゃん。そもそも、装甲車なんてバレる前提だよ」
「だからこれを見たときに本当にこれを使うのって聞いたのよ……!」
「相手が誘ってるのかただの雑魚なのかは知らないけれど、どっちにせよ私達は無視されるかしつこく追われるかのどちらかだ。なら開き直って堂々と行った方が良いって事さ」
頭を抱えているアメリアをよそに、レディはズボンのポケットをまさぐる。目当ての物を見つけて引っ張り出すと、その手をアメリアの方へと伸ばした。
「ほら。これつけて」
アメリアが顔を上げて見ると、広げた手には綿のような物が2つ乗っている。
「なに、これ」
「耳栓だよ。もしかしたら派手なことになるから」
「もう好きにして」
力のない腕でそれを受け取って、人差し指を使って丁寧に詰める。どこか悲しみの漂う姿のその横で、レディは単発式のグレネードランチャーを装填した。その顔には隠しきれない笑みが浮かぶ。スミスがバックミラーを見上げながら、軽く眉間を抑えた。
「あまり張り切っても、敵が必ず来るわけじゃないんだぞ」
「いや、来るよ。予感がする」
「ああそうか。外れると良いな、全く。来たら頼むぜ」
「その為に準備をしてるんじゃないか」
最後にライフルのマガジンを確認した後、レディは首だけを後ろに向ける。荷物の隙間から、微かに高速で流れる景色が見えた。
曲がり角を曲がって2回。激しく滑る視界の奥に、黒塗りのスポーツカーが2台映る。
「後方。車両が2台。多分敵だね」
「多分? お前でも見えねぇのか?」
「いや、確認した。サルヴァトーレのマークだ。撒けそう?」
「チッ、おいでなすったか。掴まっておけよ小娘!」
ヤケクソじみた掛け声で、スミスがアクセルを踏み込む。車内にまで聞こえるほどにモーターが唸り、飛び立つように加速する。か細い悲鳴とともにアメリアが近くの取っ手にしがみついた。
だが、相手との距離が離れたのも数秒。合わせてスピードを上げたスポーツカーに距離を詰められる。笑うように軽い息を吐いて、レディはドアのロックを外した。
同時に、装甲車の後部ガラスが高音と共にひび割れる。それを合図にして、降り注ぐ銃弾が分厚い装甲を叩き始めた。
甲高い音が車内を跳ねて埋め尽くす。こらえきれなくなったアメリアが耳を押さえてうずくまった。
「う、撃たれてるわよね! これ!」
「あんまりしゃべるな、舌を噛むぞ!」
「いやー、あいつら車の天井ぶち抜いて、そこから立って撃ってるみたいだ。高級車なのに無茶しやがる」
「分析してる暇あったら仕事しやがれ!」
「あいよー」
気の抜けた返事を返して、レディがドアを開け放つ。前からくる風圧に閉じかけたそれは、身を乗り出したレディの体で止まった。
眉間へと直進する弾丸を、首をかしげてかわす。楽しげに口笛を吹いて、片腕だけでライフルを構えた。安全装置を、装甲の縁に引っ掛けて外す。
一定の距離感を保って2台。装甲車を追いかけるスポーツカーの上には、上半身だけを出してライフルを構える男がいる。細かい揺れを調整して、そのうちの一人へと、レディは照準を定める。
が、相手の方が早かった。
激しいマズルフラッシュを伴って、7mmのライフル弾が撃ち出される。風を切る回転を伴って進むそれは、レディのこめかみを掠めた。
「良い腕だ」
嬉しそうに呟くと共に、レディは引き金を引いた。フルオートに暴れる銃身を、右腕の膂力で強引に抑える。短い間隔で飛ぶ十数発の弾丸は、その大半が正しい役目を全うして、人肉に風穴を空けた。
すぐ近くで鳴り響いた銃声に驚いたアメリアは、お行儀など関係ないと言わんばかりに足を抱え込む。
「な、何が起きてるの!?」
「あはは、お嬢さんは気にせずそこで座っときなー」
右手のライフルを車内に投げ込みながらレディが答える。この状況では対抗心すら起きないアメリアは、素直になるべく小さくなって座った。
レディは自由になった右手を背中に回して、掛けていたグレネードランチャーを前に回す。
視界の先では、射手を失った車はどこかに逸れて行ったらしく、車道の中央を残った一台が追いすがる。
今度は素早く、相手が狙いを定める前にレディがランチャーぶっ放した。膨らみの薄い放物線を描いて飛んだ弾頭は、スポーツカーの目の前で爆ぜる。
フッと鼻で笑ったレディが、中に戻ろうと身を捻る。
その瞬間、装甲車の巨大な車体が大きく跳ねた。
「う、おおおっ!」
スミスは咄嗟にブレーキを踏んで、ハンドルを取り戻そうとする。
「ダメだ! アクセルを踏め! おっさん!!」
それを、レディが鋭い声で制した。反射的にその声に従って、スミスはアクセルを踏み抜く。空を這っていた装甲車は、やっと地面を取り戻し、その上を滑る。空回るタイヤが耳障りな音を立てて、溶けたゴムが煙を上げた。
再び地面を掴んだタイヤが、重い車体を押し出し始める。
「何があった」
車内に戻ったレディが、ため息と共に言葉を吐いた。
「恐らく敵の車両が飛び出してきてな、踏み越えたんだ」
「なるほど、スピードが出ていたからああなったと」
悪態じみたスミスの言葉に、レディは顎に手を添えて考え込む仕草をとる。
「……よく生きてたわね、あなた」
「この程度じゃ死なないさ。そっちも、よく叫ばなかったね」
「叫ぶ余裕すら無かっただけよ。生きた心地がしないわ」
抱えた足の隙間に顔を埋めるアメリアを、レディが乾いた調子で笑う。そして、深く息を吐いて喋り始めた。
「いや、思ったよりも敵の抵抗が本格的だね」
「全くだ。後ろを見ろ、追加でお出ましだ」
レディが後ろを振り向くと、スポーツカーが3台追ってきているのが見える。今度は少し距離が近い。
「いや、一台は私が仕留め損ねた奴だね。よく生き残ったな」
「お前の不始末なら、お前が処理してくれよ」
「わかってるけども、この中じゃあ少し窮屈だね。いつ横を取られて包囲されるかわからない」
「じゃあどうするってんだ」
苛立ちの滲むスミスの声に、レディは余裕の笑みで答える。
「単純だ。窮屈に感じるなら、出ていけば良い」




