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ハードラック・ブラックアウト(旧)  作者: 魚之目 ムニエル
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「どうぞ。狭いけど、許してね」


 先頭に立ったレディがドアを引き、そのまま中に入っていく。完全な暗闇へ長身のシルエットが飲まれ、取り残されたアメリアがどうするべきかと立ち尽くした。どうぞと言われた以上は入るべきなのだろうが、これでは何が何だかまるでわからない。


「ああそうか、悪かったね」


 微かな音だけが返る中、本当に悪気は無かったといった調子で、レディが謝る。すぐにLEDの昼白色の光が目に飛び込んできて、アメリアは手を掲げた。

 ぐしぐしと擦り、しばたいて慣らした目に映ったのは、こざっぱりとして整った部屋の様子だった。

 幾つもの家具が狭い部屋に押し込まれている。冷蔵庫やキッチンなど、必要な物は最低限の大きさになっており、一般的な大きさなのは部屋の隅に居座るソファベッドだけだった。

 大小幾つもの四角をつなぎ合わせたオープンラックには、コーヒーカップやロックグラス、半径の短いプレートまで置いてある。それの近くに背の高い小さなテーブルと椅子が2つ、使用感の残る形で置いてあった。

 無駄な装飾のない剥き出しのコンクリート壁すら、部屋主のセンスを感じさせた。

 少し予想外の内装に、アメリアは知らず、息を漏らす。


「心配しなくても罠はないよ」


 ハッとして、アメリアは慌てて部屋に入った。恥ずかしそうに素早くドアを閉める。軽くドアが軋んだ。

 レディに促されるままに椅子に座ろうとするが、背の高い椅子に苦戦して、何とか腰だけが乗る形になる。深く座れば爪先すら地面に着きそうになかった。


「何か飲む? 基本的に何でもあるよ」

「いいわ。眠れなくなりそう」

「そう」


 短く答えて、レディはアメリアの対面に座る。自然な形で座った一連の動きに、アメリアの眉が軽く寄った。タイミングを窺うような間があって、レディがゆっくりと机を叩く。


「何から聞けば良いかな?」

「それを私に聞かれても困るわよ」


 そうだよねぇ、と言いながらレディは自嘲気味に笑う。ウェインに対するときとは違う、明らかに距離感を計りかねている様子に、アメリアも軽く困惑していた。


「今までこういうのはアイツの仕事だったからなぁ……そうだね、ご両親の話を聞こうか」

「お父様とお母様の話?」

「うん、壁の中では何の仕事をしていたか、わかるかい?」


 アメリアは数秒考える仕草をとって、ぽつりと呟くように、自信の無さそうに答えた。


「詳しくは知らないわ。ただ、投資家だったことは確かね。特に医療の研究に融資をしていたという話を、聞いていたわね」

「ふーん、医療の研究っていうと?」

「医療の研究っていうと? って、私の一家は研究者じゃないのよ。専門的な話がわかるはず無いわ。ただ、お父さんの融資のお陰で、数え切れないほどの人が救われたと称えられては居たわね」

「なるほどね。こっちに来てからは?」

「こっちに来てからは……わからないわ。お父様は良くどこかに出てるけど、お母様と居る時間は増えたわ」


 都市に居るときから、お母様とはよく遊んだけれど。と言って止まったアメリアに、レディはため息のような息を吐く。


「何、疑ってるの?」

「まぁ。包み隠さず言えば」


 威嚇するようなアメリアに、悪びれずにレディが答える。アメリアの眉が、不機嫌そうに歪む。


「そんなに見つめないでよ。恥ずかしいな」


 対照的に、いつもの調子を取り戻した笑顔でレディは軽く受け流す。嘲る湿った瞳と、警戒する小動物のような瞳が、交差する。


「貴方が知りたいのは、私が誘拐された理由じゃないの?」

「そうだよ」

「それで何故、私の両親を疑うのかわからないわ」

「何もかも疑っちゃうのが性分だからね」

「お里が知れるわね」

「深窓生まれのご令嬢よりかは、まともなところで生まれたよ」


 少しの間睨み合う時間があってから、レディの方が負けましたと言わんばかりに顔を落とす。両手の平を上に向けて首を振ってから、さっきまでと何も変わらない顔でアメリアを見やった。


「話を変えようか。誘拐された状況とかはもうわかってるし……向こうのアジトとかでなんか聞いてない?」

「特に何も教えてくれなかったわ。自分達がかなり大きな力を持っているって事ぐらい」

「ああ、それは多分私達の方が、十分に解ってるね」


 打って変わって力なく笑うレディに、アメリアは思わず怪訝そうな目を向ける。が、切り替えるように頭を振った。


「相手のボスとは知り合いだって、ウェインの方も言ってたけど」

「まぁ、顔見知り程度ではあるね。飛んだクソ野郎だけど」

「貴方がそんな直接的な言葉を使うなんて、よっぽどなのね」

「まぁね、正直言うと、敵対はしたくなかったかな。色々面倒だ」


 呟いて、またトントンと机を叩き始める。定期的な音が空間を支配した。


「うーん、今の所はもう聞くことはないかな。時間を取って悪かったね」

「別にいいわ。帰っていいわね?」

「いいよ。道順、わかる?」

「迷うほど長くないわ」

「ならいい。明日は結構動くことになるから、覚悟しといてね」


 数度のやり取りを終え、アメリアは足早に部屋を出る。扉の閉まる耳障りな音が終わって、レディはため息を1つ、吐いた。


「まったく、柄じゃないことはしない方が良いね。まぁ、私が聞きたいことがあったからそうしたんだけどさ」


 椅子から立ち上がりながら、考える。

 少し意地悪に聞き過ぎたかもしれないけど、私が間違ったこと言ってるわけではないしね。

 うっすらと、自然に浮かび上がった笑みを抑えず、レディは飾ってある一番下のロックグラスを取った。慣れた動きで下のボトルラックからウイスキーと、小さな冷凍庫から手のひら大のタッパーを引っ張り出す。

 口を使って強引にタッパーの蓋を外し、続けて放り投げるようにグラスとボトルをテーブルに置いた。タッパーの背を叩き、落ちてきた板状の氷をキャッチする。

 そのままの勢いで氷を握り潰し、砕けた氷とボトルの中身をグラスに流し込む。地面に落ちた氷の破片が、テーブルに座る過程で踏み砕かれた。

 琥珀色が屈折するグラスを持ち上げると、氷が心地の良い音を立てる。それに耳を傾けていたところに、ザザッと異音が割り込む。嬉しそうに笑いながら眉を寄せて、軽く耳たぶを押した。


「なんか用? 今からゆっくりしようと思ってたんだけど」


 溢れそうなほどにグラスを揺らして、マイクの向こうに苛立ちを示す。音を拾っているのか、聞こえてくるのは定期的な息づかいだけだった。


『アルコールか。お前は回りやすいんだから控えとけよ』

「知らないようだから教えてあげる。良いワインは良い血を作るんだよ」

『ならオイルでも飲んでみたらどうだ。前やってたみたいに、水タバコに混ぜて』

「いいね。体に悪そうだ」


 楽しそうに笑って、レディは手元のグラスを煽る。浅く注がれたそれはすぐに無くなった。飲み込むのを惜しんで、舌を泳がせる。


『程々にしておけよ。本当に。で、用件だが』

「んっ。どうぞ」


 わざとらしく喉をならして飲み下すと、短いため息が返ってくる。


『アメリアに何か吹き込んだか?』


 不躾な質問に、鼻で笑うつもりの息が口からも吹き出た。軽く声を出して笑ってしまったレディは、咳払いをひとつして、追加の酒を注ぐ。


「随分と勿体ぶって無粋なことを。何か吹き込んだかって話なら、今さっき吹き込んだよ」

『今さっきだと? 何を?』

「別に? 何か有益な情報を持ってないか聞いただけ。特に何かあるわけでもなかったけど、その過程で吹き込んだと言えば吹き込んだかもね」

『そういうのは俺に丸投げだったお前が、らしくないな』

「そりゃあ、女の嫉妬ってやつさ」


 意地悪な言い方をすると、スピーカーから届く声がなくなる。ウェインの分かりやすい反応が容易に想像できて、レディは愉快そうにくつくつと笑う。

 再びグラスを傾けて、今度は勢いよく飲み下した。


『大分酔ってきたみたいだな?』

「まだだよ。ウェインをからかうなら素面じゃないと。面白くない」

『怖いから、やめてくれ』


 ただ笑い声だけを返すと、対照的な深いため息が聞こえてくる。なんとも渋いウェインの顔が、手に取るようにわかった。


『用件は以上だ。切って良いな?』

「あいよ。おやすみ、私のかわいいウェイン」


 言い切る前にマイクを切られた。スピーカーを切ってないのはわかっているので、これ見よがしに高笑う。

 やりたい放題してから、文句を言われる前に、レディはマイクを切った。

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