絶望的な選択 ーDespair, Choiceー
家の立ち並ぶ集落。どうやら先ほどの場所よりは住民がいるようだ。道は整備され空き地や所々明かりの付いている建物がある。そのうちのボロボロとなった空き家の裏に三人は転移していた。
「…、あれが魔法…かよ」
小鳥遊冬也は初めて目視できた『異の力』に絶句してしまう。
「ええ、そうですよ。炎を召喚させて、強引に威力を上げ、無理やり範囲を限界以上にまで広げた攻撃です。だけど詠唱をいくつか省略したから威力とかは軽減されていましたけどね」
もしも詠唱を全て唱えていたとしたらどれだけの威力を発揮し、被害をもたらしていたのか。考えるだけでもゾッとする。*
「ところで、お姉ちゃんあの女性は一体何者なの?」
「待って、お前誰だか分からずにあんなバカみたいな威力の高い魔法を放ったの⁉」
ララさん、恐ろしい子。
「そのことについては後で話すわ。それよりララ、貴方の持っている『禁忌の箱』を私に渡しなさい」
妹は大人しく姉に『禁忌の箱』を手渡す。リラはそれを懐に仕舞い、
「今からララを王宮付近にとばすわ。そして、急いで騎士団長をここへ呼んで来てちょうだい。それまでトウヤを肉壁にしたり囮に使ったりしたりして何とか時間を稼ぐわ」
え、と小鳥遊が最後の一言に反応したと同時にその提案をララが反対する。
「ちょっと待ってよ。なんでお姉ちゃんがここに残らなきゃいけないの。納得できないよ」
「ララはトトのことを何も知らないでしょ。彼女は強い。生半可で挑むと確実に殺されるわ」
「だったら、なおさらその役目は私が負うべきだよ。私はお姉ちゃんより魔力が多いから時間を稼ぐにはうってつけだし…、」
「ララ‼」
リラは叫んだ。
その声でララの体はビクついてしまう。
「ララが私を危険な目に合わせたくないってことは良く分かるわ。でもね、それは私も同じなのよ。貴方を傷つけたくない。失いたくない。だからお願い、私の言うことを聞いて…ね」
リラはララ以上に彼女のことを大切に思っている。かけがえのない妹だから、唯一の血縁者だから。だからこそ、危険な役割を担える覚悟を持つことができる。
「大丈夫。私は強いんだから。死にはしないわ。最悪、トウヤを盾にしてでも生き延びるわ」
俺の扱いマジで酷くね、と喉の奥まで出てきたのを小鳥遊は空気を読んでグッと堪えた。
「…、分かったよ。お姉ちゃんの言う通りにするよ。だけど。何があっても絶対に自分の命を投げ出すようなことはしないでね。すぐに騎士団長を呼んでくるから。それまで絶対に生き延びて。お願いだから…」
ララだって姉を危険な目に合わせたくない、傷つけたくない。失いたくない。でも、姉も自分と同じように思っている。それ以上に思っている。ならば姉の気持ちを尊重するのが妹の役目ではないのか。
「ええ、分かった。約束するわ」
リラはララの髪を撫でて右肩を掴みブツブツと詠唱する。すると、リラの体がだんだん薄くなっていき、唱え終わる頃には完全に居なくなっていた。
「なぁ、なんでララを王宮の内部に移動させなかったんだ?そうすれば、早く騎士団長ってやつを呼べたんじゃないの?」
「無理よ。王宮内部には感知魔法や迎撃魔法が仕掛けられているの。当たり前よね、お偉いさんが住んでいたり、重用機関が設置されていたりするのだから。そんな所へ外野から転移させたら、敵とみなされてそれらの魔法が発動し攻撃されてしまうわ」
「なら、三人とも王宮付近に転移させなかったのはなんでだ?さっき瞬間移動できたんだから余裕だろ」
「店の中で、言ったわよね。生成した魔力は、一度体に取り込まなければならなく、それには許容量があるって。今の私、だとそれがとても少ないのよ。そうね、せいぜい一、二回、魔法を、使える程度かしら。そんな私が、二人を抱えて空間移動を行ったのよ。生成していた、魔力は殆ど無くなったわ。まあ、あの状況だと、それしか方法がなかったら、仕方がなかったのだけど。あそこに、いては助かる見込みは皆無だったと思うし、ララは、空間系の魔法を使えない」
魔力操作や位置設定が難しいのよ、と付け加えて、
「そうね、トウヤのこと、だから、溜めなおせばいいと、考えるかもしれないけど、時間が、圧倒的に足りないわ。残っている魔力を、使えば一人なら転移させる、ことができる。だったら、ララに、応援を呼ばせた方が、良いと、思わないかしら」
小鳥遊はリラの息が少しずつ上がっていることに疑問を持つ。
「だったら、『禁忌の箱』をなぜララに渡さなかった?そっちの方が確実に守りきれるはずだろ。それにそもそもの話だけど、どうしてトトから逃げるとき、最初から王宮付近に移動しなかったんだ?それ以外にもお前の行動には理解ができないことがあるぞ」
「悪いけど、トウヤの、疑問を解消、している時間が、少し足りないわ。おそらく、ここに私達がいることは、認知されているはず。長居しては、危険だわ。さっさと、逃げるわよ。」
そう言ってリラが一歩踏み込んだ瞬間、彼女の体は崩れるように倒れた。
小鳥遊は慌ててリラのそばに駆け寄る。
「おい、リラ‼どうしたんだ!もしかしてトトってやつから攻撃されたのか⁉」
「落ち、着きなさい。大丈夫、よ」
起き上がろうとするが、体が動かない。
「少し、無理を、させてしまった、ようね。この程度、なら、問題ない、と思ったの、だけれども」
「な、それ、どういう意味だよ。魔法を使うには何かしらのリスクがあるっていうのか?」
「違いますよ。単純な魔力の使い過ぎですね」
答えたのはリラではなかった。
「まったく、何度言えばわかるのですかね。魔力が枯渇している状態で無理に魔法を使ってしまうと、身体的なダメージがその分倍になって返ってくる、と。昔から、口を酸っぱくして注意していましたよね」
足音を鳴らしながらトトは現れた。
「うる、さいわね。私、の、勝手でしょ」
「そうです。貴方の勝手です。私には一切関係のないことです。ですが、多少は昔の同僚の言うことぐらい聞いたらどうなんでしょうかね」
喋りながら、しかし、確実に小鳥遊とリラとの距離を詰めていく。
背筋から嫌な汗が流れ落ち、足が竦んでしまう。
しかし。
小鳥遊冬也は恐怖を振り切って、リラを担ぎトトから全力で逃げる。
「ちょっ、何を、しているのよ」
「何って逃げているんだよ。見れば分かるだろ」
小鳥遊は約十キロちかくある防具を着て部活や試合を行うため、体力作りを基本的に毎日行っている。その成果が発揮されているのか、リラを背負っていても息が乱れることは殆どなく走れていた。
「…、そう、なら、私を今すぐ、降ろしなさい」
「断る」
即答だった。
あまりの返答の速さにリラの頭の中は真っ白となる。
だけどすぐに、
「な、どう、して。トトが、狙っているのは、『禁忌の箱』、を所持して、いる私よ。トウヤ、では、ないわ。なら、貴方、だけでも、助かるべき、よ。共倒れ、しなくて、いいわ」
「だったら、『禁忌の箱』をあいつに渡せよ。そうすれば俺達両方とも助かるはずだ」
細い道を抜けて大通りに出る。そこにはここの住民が歩いていたり、小さな店がちらほら見えたりした。ありふれた風景。平和な日常。そんな場所を小鳥遊は全力で走り抜ける。
「そんなこと、できないわ。どれだけ、これが危険なもの、か、説明したでしょ。私の、命に、代えても、守り抜くわ」
「なら、お前の提案はお断りだ。俺は助けが来るまで全力で逃げる。それに妹と約束しただろ。命を投げ出すなって。約束を破る気か?心配すんな、体力には自信があるし、あの女の姿は見当たらない。何とかなるさ」
確かに小鳥遊の言う通りトトの姿は見えない。しかし、ここは『異の力』が存在する世界。小鳥遊の中の常識が全て通用するとは思えない。例えば対象を追跡しなくても特定できたり、瞬時に場所を割り出したり、そんな方法があっても不思議では無い。
「…、無理、よ、逃げ切れ、ない」
リラが呟いたその一言の意味を小鳥遊が理解するのにそう時間は掛からなかった。
目の前に建っていた複数の空き家が全て吹き飛んだ。慌てて足を止める。
「鬼ごっこは終わりですよ。もうすぐで日が落ちてしまいますし、応援が来たらめんどくさいことになります。どうせ呼んでいるのでしょう。もう一人の少女が見当たらないですよ」
土煙の中からトトが少しずつ姿を見せる。
「ッ、一体どうやって、俺たちを見つけ出したんだ?」
「地面から、伝わる、振動、で見つけ出した、のよ。トトは、四大元素を、最大限、に、まで掌握、することが、できるの。それも、他の魔女や、魔導士以上に。だから、貴方、だけでも、逃げなさい」
それでも小鳥遊は首を縦には振らない。
「お前を置いて逃げれるかよ。一人だけ安全圏に入ってたまるかよ」
一つ、深呼吸をした。
「俺が何とかしてあいつを倒すから、ちょっと待っとけ」